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第七章―梅雨時のたはむれ
と
しおりを挟む草刈りと収穫の交代の合図とした寺の鐘が里中に響き渡る。
場所を交代し、左近達は民家の裏手にある畑へとやって来た。
前半の子供達が収穫してまわった畑とはまた別の所で、掻きちしゃや春菊などの葉物野菜が植わっている。
以之竹の三人組はここでも左近を連れ回した。
「わぁ! おっきい!」
「さこんせんせぇ! みてみてぇ!」
「これ、ぼくがとったんだよっ」
「「……っ」」
左近も左近で以之梅達の様子には気づいているだろうが、採った野菜を自分に見せようと持ってきた以之竹の子供達の勢いに押され、そのまま頭を撫でてやっている。
その結果、以之梅の子供達の機嫌はますます悪くなるという、負の連鎖は止まることを知らない。
「あー。……ほら、早く野菜収穫するぞ。お菊にいっぱい持って帰るって約束してただろ?」
「そうだけどー」
「あっ、さぶろう! どこいくの!?」
左近がその場を離れ、どこかへ去ると、とうとう三郎が以之竹の子供達に向かって走り出していった。
そして、いまだ畑の中で楽しそうに話し続けている以之竹の三人の中でも、一番左近に話しかけていた子供の肩を突き飛ばした。そのままその子は体勢を崩し、地面に強かに尻餅をついてしまった。
「いったぁっ! な、なにするんだよっ!」
「せんせいはおれたちの!」
「このぉー!」
「やれやれーっ!」
体を起こしたその子は、すぐに三郎と二人で取っ組み合いの喧嘩を始め、周りにいた残りの二人も自分達の友が倒されたとあって、場を囃し立てる。
隼人が止めに入った頃には、そこに植わっていた野菜は無残にも踏み荒らされた後だった。
そこへ収穫用の籠を借りに行っていた左近が戻ってきて、辺りをゆっくりと見渡した。隼人が二人を取り押さえているのを見て、大体の状況は理解したらしい。
「二人とも。僕は皆で仲良く協力するようにって言わなかったっけ?」
「「……」」
「野菜も生物と一緒で生きてるんだよ。それをこんなにして」
「ご、ごめんなさい」
「三郎は?」
「……お、おれ、わるくない」
「三郎」
「……っ」
一人だけ反省をしない三郎に、左近も少し強めの声で名を呼ぶ。
三郎は顔を歪め、踵を返して走り去っていった。その後を以之梅の四人と宮彦が追いかけていく。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
「隼人はいいよ。厳太夫、様子を見といて」
「分かりました」
後を追いかけようとする隼人の代わりに、厳太夫がその場から抜けた。
先を行く子供達を見つけたのは、里の周囲に沿って流れる川の川原でであった。そこで皆が三郎を取り囲むようにして座っている。三郎は頭を膝に埋め、顔を隠していた。
ここでひとつ大事なのは、厳太夫が左近から命じられたのは、あくまでも様子見であるということだ。割って入って慰めることでも、代わりに叱ることでもない。
だから、彼は少し離れたところで文字通り様子見に徹することにした。
「……ひっ。ひっく……ずずっ」
「さっきのは、おまえもわるかったぞ?」
「おで、わるぐないっ!」
「でも、つきとばすのはかわいそうだよ。やさいもつぶれちゃったし」
藤兵衛の一言に、厳太夫は思わず、先輩の怒りの原因はそこじゃないだろうけどなぁーと、口に出してしまいそうになった。
今回の場合、左近の性格上、彼が怒っている原因は自分の言いつけを三郎達が守らなかったからだろう。
大事に育てられた野菜を滅茶苦茶にしてしまったり、相手を突き飛ばしたという点ももちろん悪いが、今回はそこではないと、厳太夫は密かに確信している。
厳太夫が一人自分の考えに耽っているうちにも、子供達は話を進めていた。
「いやかもしれないけど、あやまったほうがいいよ」
「……やだ!」
「さぶろーぉ」
「おっ、おまえたちだって、いやだったくせに」
「それはそうだけど」
「おまえだって、いきなりつきとばされたらいやだろう?」
「わるいことしたら、ごめんなさいってだいじだよ?」
「おまえなら、できるよな?」
「ぼくたちもいっしょにあやまってあげるから」
「うぅ……わかった」
友の再三に渡る説得に、三郎もようやく頷いた。
大体、同じ代で皆仲が良いというのも左近達の代が飛びぬけて良いだけで、そうでない代もないこともない。
結束は固くお互い信頼もしているが、それならば仲も良いのかと聞かれると、それは違う、話は別、というやつだ。
割と仲が良いのではと思う厳太夫の代にとて、自分とは合わないなと思う奴もいる。最も、それを誰かに明かすことはこの先も絶対にないだろう。
子供達が左近達の所へ戻っていくのに後ろから隠れてついて行きながら、厳太夫は任務続きで最近会うことも減った友たちの顔を思い浮かべた。
あいつらは元気にしているだろうか。
便りがないのは無事な証拠というが、自分たちの場合はそうもいかない。
だからこそ、面と向かって喧嘩でもなんでもできている内が花だ。
厳太夫は目を細め、僅かに頭を振った。
一方、畑では左近と隼人、以之竹の三人組が彼らの帰りを待ち侘びていた。
「ごめん、ねぇっ」
「……おれたちも、ごめん」
以之竹の三人組も、こちらはこちらで誰かに絞られていたのか、目元が若干赤い。
互いが謝り、この喧嘩の場はこれで仕舞いとなった。
「はい、これで仲直りだね。ほらほら、三郎もいつまでも鼻水垂らしてないで。皆は収穫に戻って」
「「はぁーい」」
子供達を畑の中へ戻した後、左近が三郎の鼻をかんでやりながら名前を呼ぶ。
三郎が僅かに首を傾げつつ左近の顔を見上げると、左近は困ったように眉を下げていた。
「僕は八咫烏だから、雛は皆大事なんだよ。でもね、僕個人としては、やっぱり担当してる以之梅の皆が一等好きだよ。これじゃあ駄目かな?」
「……だめじゃない、けど」
「けど?」
「はやとせんせいもそれとおんなじがいい」
「それ?……この欲張りめ」
左近は鼻をかみ終えた三郎に、仕置きだと少し強めに鼻を摘まむ。
その手を、三郎は嬉しそうに両手で掴んで笑った。
そんな中、二人のその微笑ましい様子を離れた所で見せつけられる後輩達がいる。その後輩達たる厳太夫と勘助は、生温かい目でその様子を――特に、自分達には一切向けられない眼差しをする左近を眺めていた。
「ほんと、どうやったらあそこまで手懐けられるのか」
「だよなぁ。でも、あいつら、あの人が生粋の刹那主義者だってこと知らないから」
「あと、加虐趣味……あ、いや、これは与一先輩か」
「……でもよ、考えてみれば、あいつらが犠牲者側に来る未来、想像できるか?」
「……いや。……羨ましいことこの上ない気持ちって、こんなんなんだろうな」
「ははっ。……だな」
乾いた笑みを浮かべる後輩達に、その会話を聞いてしまった隼人は思わず目を逸らし、耳を塞いでおきたい衝動にかられる。仲が良いとはいえ、誰かの趣味嗜好にとやかく言うつもりはない。だが、これはさすがに。
友が目に見えぬ心労に堪える中、その原因はといえば、楽し気に子供達と戯れつつ野菜を収穫している。
与一から頼まれた薬草を無事分けてもらってきた瀧右衛門が、その三者三様なさまを見て、不思議そうに目を瞬かせても仕方のない光景であった。
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