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第八章―納涼を求めんが為
ろ
しおりを挟むそして、それから遅れること数瞬。
今度は倫太郎がやってきた。もちろん、再び厳太夫がすぐに駆けていってお縄にする。彼こそ憐れ。発言の自由を一切与えられず、狼狽える彼は問答無用で輪に連れ込まれた。
新之丞に、準備してもらった膳の礼を述べ、倫太郎はこのよく分からない――分かりたくない先輩と後輩の輪を不安そうに見渡しながら、湯気の立つ汁椀に口をつけた。
倫太郎が食べ終わるのを待つ間、意を決したように右京がそろそろと手を上げた。
「あの、先輩方」
「なぁに?」
「前々からずっと思ってたんですけど」
「何を?」
「もし、もしもですよ? 仮に、万が一、小声で話していたとして、その内容が先輩方には分かるんですか?」
「えー? 分かるけど、それ、種明かししたら駄目なやつ」
「強いて言うなら、鍛錬の賜物、かなー」
「た、鍛錬……?」
「「……」」
元からの地獄耳ではなかったのかと、ふと皆の頭を過ぎる言葉があるが、もちろん誰も口に出さない。
そして、鍛錬の賜物と聞けば、習得したいと思うのが忍びの性である。しかも、小声で話す内容が聞こえるなど、任務達成が各段にはかどる場合もあるだろう。
どうやって聞き出そうかと各々頭を捻っていると、再び食堂の戸が開かれた。
今度は自分達がと主水達が腰を浮かしかけるが、今度ばかりは勝手が違った。
「おっ? お前達も食事、ここで取ったのか!」
「「出たっ!」」
つい揃ってしまった後輩達の一声に、食堂に入ってきた彦四郎が首を傾げる。
「しかもしかも!」
その後ろには、隼人、蝶と続き、源太が戸を閉めた。
「あー、やっぱり! この代の良心や比較的無害と言われる先輩方が揃っていらっしゃらない!」
「あ? なんだ? 左近達のお気に入りの勢揃いじゃねーか」
「なー、そこ、もうちょい詰めてくれへん?」
彦四郎達が腰を下ろすよりも先に、右京と主水が立ち上がり、お菊に四人分の膳を用意してもらって運んでくる。
空腹か疲れか、そのどちらもか。厳太夫の心からの叫びもとい先輩に対する失言を聞き流した彼らは、用意してくれた二人とお菊に礼を言い、それぞれ箸を握って早々に食べ始めた。
集まった面子の悪さに、厳太夫はさらに身体を縮こまらせた。
隼人は厳太夫達を左近達のお気に入りというが、こんなに嬉しくないお気に入りがあろうものか。
そして、さらに厳太夫を震え上がらせたのが、その言葉を聞いた彦四郎が、厳太夫は俺も目をかけているぞ!とわざわざ名指しで申告してきたことだ。
彦四郎も二人とはまた別の方面、主に鍛錬面で後輩達の体力気力をこれでもかと削ってくる。もしかすると、自分の体力気力が彼に吸い取られているのかもしれないと思ったことが、これまでに数えること星の数ほど。
そんな彼からの実質お気に入り発言。ぞわりと肌が粟立つ。
「だ、大丈夫。俺は空気、俺は空気」
「何言ってんだ? 空気は言葉、喋らないだろ? お前、相っ変わらず面白い奴だな!」
「……っつぅ」
彦四郎にバンッと背中を叩かれ、厳太夫は思わず背中をピンと伸ばして痛む背を押さえた。
それを見た隼人が箸を動かす手を止め、ここにいない吾妻や伊織の代わりに彦四郎の頭を無言で叩く。彦四郎も自分が叩かれた理由が分かるので、それについては文句を言わず、ごめんと厳太夫に素直に謝った。
それを見て、後輩達は改めて猛獣使いの凄さを思い知る。
言わずもがな、ここで言う猛獣とは左近、与一、彦四郎のことである。隼人が目付け役についている左近はもちろん、与一と彦四郎も彼らの目付け役達からたまに委任されているほどだ。
この場に一筋の光明が、と、期待に満ちた目を厳太夫達が隼人に向ける。
「まったく。……お前ら、また左近達にちょっかい出されてんのか?」
「は、隼人先輩っ」
「そ、そうな……」
「あー悪いな。こいつら飽きるのも早いから、それまで頑張ってくれ」
「「……っ」」
そうだった、と。後輩達の全員が座ったまま床に伏した。
隼人の場合、尊敬はするが、この代の良心や比較的無害という枠に入っていない。何故ならば、彼が左近にとことん甘いという理由一つに尽きる。彼が甘やかしたがために、今の左近が出来上がったという話が、隼人達よりも上の代の一部から出てくるほど。
そんな彼が止めに入るのは、雛達が関わった時くらいだろう。それも、必要に迫られた場合のみ。同じ目付け役の慎太郎や吾妻が未然防止型なのに対し、彼が後始末型だということもある。
つまり、この場において、隼人の助けはない。
期待して浮上した分、落とされる悲しみも一入であった。
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