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第八章―納涼を求めんが為
ほ
しおりを挟むそれからどれくらい経っただろうか。
先程女が消えていった方から、逆にこちらへやって来る人影が見えた。
「お前達、ここにいたのか」
「……っ! は、隼人先輩っ」
「脅かさないでください!」
「脅かしたつもりはさらさらないんだが。で? なんで夜営地を離れてここにいたんだ?」
「それが、悲鳴のような声が聞こえて、三人で向かったところに人形が置いてあったんです。そしたら、急にその人形が動き始めて。その……僕達その場から逃げてしまって」
不思議そうにする隼人に、瀧右衛門がここへ辿り着くまでの経緯を聞かせた。
すると、隼人は瀧右衛門の話も半ばに数度頷く。まるで、納得したとでも言いたげな様子に、瀧右衛門達は首を僅かに傾げた。
「あぁ、いや。お前達が一番手だったんだな、と」
「一番手?」
「今回の山中耐久訓練で、お前達の胆力の底を見ようとだな。左近と与一が肝試しを計画して、俺らや厳太夫達を巻き込んで、お前達全員に試しているところだ」
「……そんなぁー」
「だからって、あんな手の込んだ……」
やはり左近達の仕業と解り、ほっと一安心した半蔵が何かを言いかけ、やめた。
何事か考え始めた彼の顔つきは酷く強張っている。
狼達の背を片手間に撫でてやっていた隼人が、半蔵へついと目を向けた。
「どうした?」
「あの、一つ、聞いてもいいですか?」
「あぁ」
「左近先輩達って、絡繰りや薬とかで影を消せたりするんですか?」
「はぁ? そんなのできるわけないだろ。与一も、さすがに罠がこんなに大量にある山中で幻覚見せる薬は使わないだろうし」
この山中で何も考えず歩き回っても大丈夫なのは、唯一この高台くらいだ。それとは対照的に、ここに来るまでの山道にはここを守るように色々と罠を仕掛けてある。
薬も今回使うことが許されているのは眠剤だけ。幻覚を見せる効果などはない。
隼人がそう言うと、瀧右衛門と因幡の顔も強張り始めた。
「でも、人形の後に会った女の人の影は……」
「そ、そうだ! さっきの声! 僕達をここまで誘導してくれた! あの人に聞けば」
「女? 声? 俺がお前達を見つけるまで、この辺りには俺達以外にはいなかったぞ?」
「……は、ははっ。先輩ったら、さすが左近先輩達と同じ代でいらっしゃる。俺達を脅かそうったって」
すると、隼人が連れている狼達が、山道へと続く入り口の方に向かって低く唸り声をあげ始めた。この高台に出るまでの唯一の入り口にして、先程女がこちらを睨みつけていたのもそこだ。
しかし、そこには何もいない。いる気配もない。
今回連れている狼達はもうだいぶ年嵩で、厳しく躾られている。そんな彼らは、自然界で仲間と共に暮らしている時ならばいざ知らず、隼人と共にいる時に無駄な声は上げない。
俄然、隼人の眼光が厳しいものになった。
狼達にソレを蹴散らしてくるように指示を出す。一匹を残し、狼達は隼人の指示通りそちらへ駆けていった。
彼らの姿が見えなくなるまで見送った後、隼人が再び三人に向き直る。
「お前達、何を見た?」
「え?」
「混乱しているようなら教えてやるが、この山中にこんな夜中、八咫烏や賊以外で登ってくる奴なんかいない。ましてや女だって? お菊とて夜間の移動は止められているというのに、なおさらあり得ない」
「……じゃ、じゃあ、あの影がない女の人って」
――本物。
そう口に出すことも憚られた。
全身が総毛立つとはこのことだろう。思わず抱き込んだ腕の肌が、着物の上からでもざらりとしているのが分かる。
隼人は墓石代わりに積まれた石塔の前に膝をついた。
「とりあえず、ここに呼ばれて助かったってことだろう? 礼を言っておけ」
「は、はいっ。助けていただき、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
三人は隼人の隣に並び、感謝の言葉を心の底から述べた。
幽霊や化生物が怖いなど、以や呂の年でもないというのに。
けれど、あの声がなければ、今頃自分達は……。
久々に感じた人外のモノに対しての恐怖に、半蔵達はすっかり身を竦ませていた。
ガサリ、と。
草が踏みしめられる音がして、皆、一斉にそちらを向く。茂みの向こうから顔を出したのは、先程見送った狼達だった。
隼人は寄ってきた狼達の口元を一匹ずつ検めた。当たり前のように、狼達の口元が赤くなっていなければ、狼達自身が傷つけられた様子もない。
「……夜営地に戻るぞ。ついて来い」
「「はいっ」」
隼人が立ち上がると、三人もそれに続いた。
傍には隼人と狼達。これほど安心できるものはない。
三人はもう一度石塔に向かって頭を下げ、隼人と狼達の後を追いかけた。
夜営地に戻ると、そこには残る三人だけでなく、厳太夫と勘助もいた。なにやらこちらはこちらで怪談を語るように言われていたらしい。
すぐに中断させ、隼人は厳太夫に左近達をここに連れてくるよう指示を出した。
彼らの代の中でも、足の速さを誇る彦四郎にもついて行けるほどの脚力を持つ厳太夫のこと。それから幾分も待たずに連れて戻ってきた。
愉しみを邪魔された形の左近と与一は最初不満げだったが、隼人が語って聞かせた話に目を軽く見張った。
「ありゃー。まさか本物がお出ましとはねー」
「与一、左近。お前達、本当に何もしてないんだな?」
「してないよ。第一、女装させたって、顔が知られてる者ばかりしか使ってないし」
「右に同じくー」
「……」
二人の様子に、誤魔化しは感じられない。
隼人は傍で黙って聞いていた厳太夫を再び呼び寄せた。
「団次先輩ですか?」
「あぁ。たぶん、すぐ来ていただけるだろう」
「分かりました」
厳太夫はすぐさま踵を返し、山道を駆け下りていった。
「しっかし、夏に怪談ものやると本物が出るって本当だったんだねー」
「でも、今まで一度もそんなことなかったよ?」
事実、今まで幾度となく肝試しは行われてきたし、哨戒任務中にその手の輩と遭遇したという話も聞かない。
左近は納得がいかないと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「……今までは、団次先輩がいらっしゃっただろう?」
「「……」」
ぽつりと隼人が発した言葉が全ての答えである。
それを皆、瞬時に理解したのか、狼達を部之竹の守りに残し、左近達は残る部之松や部之梅のいる夜営地まで彼らを迎えに走った。
雛を一か所に集め、厳太夫の帰りを待つ。
厳太夫が団次を連れて戻ってくると、すぐさま団次は呪法を唱え始めた。経文一巻分ほど読み上げた頃、団次がいつもの笑みを浮かべて振り返った。
「もう大丈夫ですよ。もう二度とここに現れることはないでしょう」
「ありがとうございました」
「急にお呼びたてしてしまって、本当にすみませんでした」
「いえ。アレは通り魔的なものですから、致し方ありませんよ」
そのまま肝試しを含めた山中耐久訓練は中止。
今日は館に泊っていくという団次と共に、学び舎まで戻る山中を歩いた。
いまだあの女の顔が頭から消しきれない瀧右衛門が団次の横につく。そして、固い表情のまま、団次の名を呼んだ。
「なんです?」
「あれは、あの女の人は、一体何だったのですか?」
「……この世には、知らなくていいことがたくさんあるのですよ」
寸の間意味ありげに黙りこみ、そう言って仄かに口元に笑みを浮かべる団次に、瀧右衛門はそれ以上を聞かなかった。聞けなかった。
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