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第十章―貴方の生まれた日
と
しおりを挟むそして、再び十日目の朝がやって来た。
まだ陽が昇るかどうかのうちから、そっと部屋から顔を出したのは宗右衛門と三郎である。二人は顔を見合わせてこくりと頷き、抜き足差し足で、目星をつけていた自分達がやっと通れるくらいの塀が崩れているところを目指す。
そこまであと少しのところで、背後から二人の肩をぽんと誰かが叩いた。嫌な予感がして、ぎぎぎっと後ろを振り返ると、案の定、笑みを浮かべた彼らの師――左近が二人を見下ろしていた。
「君達、どこに行くの?」
「あ、えっと、その」
三郎が問いの答えに言い淀む。代わりに宗右衛門が言葉を引き継いだ。
「せんせい。おれたち、ちょっとみやこまでいってきてもいいですか?」
「都に? 何で?」
「あ、えっと、ちょっと」
「その、ほしいものがあって」
じいっと見上げてくる二人の視線の中に、左近は二人の真意を探る。
とはいえ、二人の目的は例の鑿を手に入れてくることである。欲しいものであることには間違いないので、嘘をついているわけでもない。
やましいことといえば、黙って出て行こうとしたことくらい。それさえも見つかってしまえば、後は心苦しいことなど何もない。
左近もじきに二人の反応から嘘をついているわけではないと判断した。しかし、同時に、何やら誤魔化そうとしているとも。
例の青年のこともあり、このまま放っておけるはずもない。
「……なら、僕もついて行こうかな」
「えっ!」
「いやっ! あのっ!」
「は、はやとせんせいといっしょにいきますっ!」
狼を数頭従えた姿を視界の端に捉えた二人が、慌ててそちらを指差す。もちろん、日課の朝の散歩から帰ってきた隼人である。
どうやら、子飼いの狼達と行っていたらしい。それで、今帰ってきて、丁度狼達を小屋に戻すところだったようだ。
三人分の声と視線が自分に向けられているのを、隼人も早々に勘付いた。
「ん? お前達、早いな。どうした?」
「隼人。この子達が、欲しいものがあるから隼人と都に行きたいんだって」
「あぁ、いいぞ。ちょっと待ってろ。狼達に餌をやってくる」
「はいっ」
「ここでまってます!」
心底ほっとしている様子の子供達に、左近としては少し面白くない。
「……」
子供達のことを黙って見下ろし、隼人が来るまで二人が再び抜け出さないよう見張っていた。
それから、ニ刻半後。
都に出てきた三人は、隼人を真ん中に、皆で手を繋いで歩いていた。道を覚えている宗右衛門が先導し、たまに見覚えのあるものがあると、三郎も逆側から隼人の手を引く。
気分としては、たまの休みの父親と子のそれであろうか。生憎と、隼人に浮いた話はないので、そうなる予定は当分ない。だが、すれ違う人達の視線が微笑ましいものだから、少なくとも周りからはそう見えるのだろう。
「あっ! あった!」
「あそこです」
まず三郎が駆け出し、僅かに遅れて宗右衛門も。そうなると、隼人もそうせざるを得ない。二人の歩幅に合わせ、小走りで店へと向かった。
店先で、三郎が息を吸う。
「おじさーん! かいにきましたー!」
「おー。待っとったわ」
「あれ、くださーい!」
「おぉ。中入って、待っといてや。危のぅないよう、端切れで包んで持たせたる」
「ありがとうございます!」
「まってまーす!」
「えーと、端切れはどこになおしたやろか」
店主の老人は奥の戸棚をごそごそと探り始めた。宗右衛門と三郎は勝手知ったるとばかりに上がり框に腰かけ、店主が戻ってくるのを大人しく待っている。隼人もそんな二人の隣に腰かけた。
ここに子供達が以前にも来ていたことは、隼人も当日のうちに厳太夫達から聞いて知っている。しかし、隼人は知らぬふりを通すことにした。
「何を買ったんだ?」
「せんせいがからくりをつくるときにつかうのみです!」
「みんなでおかねをだしあって、ね?」
左近が子供達に一月毎に十文ずつ渡していたのは隼人も知っていた。里から出ることすら稀な子供達に渡す理由がなんなのか、明確に聞いたことはなかったが、彼としては、将来の小遣い銭のつもりなのだろう。よもや、自分にこういう形で戻ってくるとは思っていまい。
「だから、まだひみつにしておいてください!」
「おねがいします!」
「わ、分かった分かった」
まるで将棋倒しのようにしな垂れかかってくる二人分の体重を支え、押し戻す。そうしていると、店主も端切れを見つけ、刃先を端切れで包んで持ってきてくれた。子供達は代金と引き換えに、それを喜んで受け取った。
隼人が二人が支払った代金が如何ほどか、ちらりと見たところ、店においてある他のものよりもだいぶ値が抑えられていた。しかし、柄などを見る限り、それらと比べても遜色ない出来である。これは本当にだいぶ勉強してくれたのだろう。
二人はせっかく包んでもらった端切れを一度解き、鑿の全体を嬉しそうに見ている。その隙に、隼人は店主に本当にあの値でいいのか小声で尋ねた。他ならぬ、大親友の左近に贈る物である。自分もこっそりと差額を出しておくことにやぶさかではない。
しかし、店主は見たことのない男と子供達が一緒にいたからか、少し怪訝そうにした後、表情を緩め、首を縦に振った。
「ほんま、師想いの良い教え子はんらですなぁ」
「えぇ、まぁ」
左近の教え子であると共に、自分の教え子でもある二人。当然、彼らが褒められて嬉しいのは隼人とて同じである。こそばゆい気持ちになり、照れくさい時の彼の癖である鼻の下を擦った。
それから、そうそうと何かを思い出した店主が、再び奥へと引っ込んでいく。今度はすぐに何か箱を持って戻ってきた。
「これはお前さん達に、六日前にお使いしてもろたお礼や」
「六日前?」
六日前といえば、臨時で講義や鍛錬がなくなった日でもある。隼人は店主の言葉に引っかかりを覚え、みるみるうちに眉を寄せる。
「あわわっ。おじさん、しー!」
「ち、ちがうんです! これは、その!」
俄かに慌てだす二人に、隼人の目がすうっと細められた。三郎が持っている鑿を端切れと共に奪い、上がり框の板間の上に置く。二人の手を取り、心配そうに三人を見てくる店主に隼人が早口で声をかけた。
「ご主人、ちょっと外に出ます。それは頂いて帰るので、よそに避けといて頂けると助かります」
「あ、あぁ」
「いやあぁあぁぁっ!」
まるで人買いに連れて行かれるような子供の悲鳴に、なんだなんだと行き交う人々の視線が集まる。
急いで人気のない店の裏手に回り、隼人は三郎の頭を叩いた。
「いてっ」
「変な叫び声を大声で上げるんじゃない」
「ご、ごめんなさい」
隼人は腕を組み、二人を見下ろした。一方、二人も学び舎を勝手に抜け出していたことで怒られることは既に分かっているので、しゅんと頭を下げている。
「お前達だけで外に出るのは危険だと教わっているだろう?」
「でもぉ」
「今は先生としてではなく、先輩として注意する。お前達はまだまだ自覚も経験も知識も何もかも足りない、ぴぃとも鳴けぬ雛だろう? それなのに、好き勝手に外に出てみろ。敵の格好の餌食だ」
「はいぃ」
「ごめんなさい」
「それに山中にはお前達も知っての通り、学び舎の中とはまた違う種類の罠がわんさか仕掛けられている。お前達だけでここまで無事に来れていたのが、半ば奇跡みたいなものなんだぞ?」
すると、子供達の背側から砂を蹴る草履の音がする。
「それは奇跡なんかじゃないよ」
ふと皆でそちらを見ると、忍び装束から農夫の格好に着替えた左近が、隼人と同じように腕を組んで立っていた。
「せんせぇ!」
「なんで!?」
「皆でお出かけなんてずるいじゃないか。ぼくもさそってくれないとさびしい」
「そんな口調で言うなよな」
見事な棒読み発言に、隼人も肩を竦め、呆れて見せる。左近が子供達の前にやって来て、二人を見下ろす。
「君達が僕や隼人の許可を取らず、先日の急な休みの日にこっそり抜け出していたことは、一部の先生や先輩達は知っていたよ。一番最初に見つけてついて行ったのが正蔵で良かったね。他の人だったら、その場で止められてお説教と罰の走り込みだよ」
「しょーぞーせんせいが」
「しっておられたんですか」
今回使おうとしていた抜け道を使い、二人としては上手い事いったと思っていただけに、がくりと気落ちする。店主の翁の口からばれ、それよりも先に先生達にも見つかっていたとは。悪いことはできないものだ。
「今は見ないフリをしてあげるから、戻ったら僕の部屋に揃って来ること」
「そ、そんな」
「返事は?」
「……はい」
「わかりました」
左近の反論を許さぬといった口調に、子供達も頷くしかない。
「じゃあ、帰ろうか」
怒られて悲しいのか、学び舎に戻った後の説教が怖いのか、二人はつい鑿を受け取るのを忘れそうになっていた。隼人が声をかけ、ようやく慌てて店へ戻って受け取ってきた。
今回の左近の怒りは大きそうだが、今回ばかりは彼の怒りはもっともであるため、隼人も庇いだてはできない。
来る時は浮き浮きと高揚した心持ちでいたが、今は今までで一番、二人にとって気が重い道中となった。
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