戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第十一章―碧眼の使者

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 子供達を主上や宮様方の御前に連れて行くにあたり、大変だったのが短期間での宮中での身の振舞い方を教え込むことであった。まだ幼い彼らは身分というものを漠然ばくぜんとしか理解できていない。

 宮彦という前例はいたのだが、いかんせん状況が状況だけに、子供達に彼の本来の身分を明かすことはできなかった。ゆえに、子供達としては少し早い後輩を持った先輩気分にひたっているだけである。

 つまり、ここ数日で徹底的に叩き込まざるを得なかった。ここでもし目をつけられるようなことがあれば、それは自分達の失態であるだけでなく、ひいては里や学び舎全体の失態、そして長である翁が勘気を被ることもある。そう考えると、自然と指導にも力がこもるというもの。

 着ていく物もお菊に頼み、御前にはべるにおかしくない新しいものを人数分あつらえてもらった。

 そして、今日。

 百八十対の貝殻が畳の上に並べられているのを前にして、一番年嵩としかさの少年が退屈そうに息を吐いた。


貝覆かいおおいには飽きられましたか」
「あい」


 少年――主上の孫である一ノ宮は、やはりおのこ。最初のうちは初めてやって来た子供達と一緒に楽しそうに遊んでいたが、段々と飽きてしまったらしい。さもありなん。彼らに許される楽しみと言えば、大概のことはやりつくしていた。
 
 どうしたものかと左近が考えていると、傍で脇息にもたれかかりながら見ていた主上が口を開いた。


「左近といったか」
「さようにございます」


 左近は主上の方へ向き直り、頭を下げる。


「弓の腕が立つそうやなぁ。一つ、見せてくれへんやろか」
「ご覧いただけるとは大変光栄なことでございます。ですが、生憎と弓矢を持ってきておらず」
「なに、そないなこと。これ、誰かある」


 傍にいた蔵人頭から指示を受けた雑色が、すかさず準備に走る。すぐに長弓と矢筒に入った矢が数本用意された。

 左近はそれを受け取り、弓のつるの張り具合などを確かめる。そののち、再び主上の方へ向き直った。
 
 その頃には、参内中の貴族達も話を聞きつけ、ひさしの間へとつどっていた。


「的はどちらになさいましょう」
「ふむ。……あれを」


 主上が扇で指し示したのは、内裏の東、高倉通りに面した塀の一区画に植えられた一本の松の木であった。


「あちらの木の幹ですね。では、地面から一尺ほどのところを」


 そう言って、左近はその場から退き、的とは逆の方角へと歩き始めた。足を止めたのは、内裏の西、東洞院通り側の塀の少し前。その間、およそ一町。

 矢筒の矢の数を正確に数えること、十本。そこからまずは・・・二本抜き取る。弓にそのうちの一本をつがえ、まずは一射。ひゅんっと高い音を立てて放たれた矢は、見事、宣言通りの場所に命中した。


「すごい! 的中した!」
「さすがせんせい!」


 離れたところで女房達と一緒に見ていた宮様達や以之梅の五人、宮彦からは口々に驚きと称賛の声があがる。

 しかし、左近の本領はここからであった。

 持っていたもう一本の矢をつがえ、さらにもう一射。それだけでなく、矢筒に入っていた矢の全てを次々と取り出し、連射した。その間、百も数えることはない。全ての矢を射終わり、左近は弓を下ろして主上の方へ一礼した。

 興味をひかれた子供達と一ノ宮が庭に下り、的であった松の木に駆け寄っていく。その後に、弓の心得のある者も続いた。

 その心得のある者が、皆中であるどころか、ほぼ同じ場所を射抜いていると告げると、周りで見ていた貴族達もどよめいた。三十三間堂での通し矢の観覧が貴族達の間で流行っているだけのことはあり、皆中であるだけでもすごい事が分かる。それなのに、その上あの速さでほぼ同じ場所にあてるとは。

 あの青年はどこの家の者かと、八咫烏の存在を知らないと思しき貴族達の間で密やかに話が行われる。その話が主上の耳にも入り、いたくご満悦である。

 主上はわざわざ庭まで降り、左近の元へと歩をゆっくりと進める。蔵人頭も数歩下がり、主上の後についてきた。左近の傍に立っていた雑色がさっと左近に近づいてきて、手を差し伸べてくる。その手に持っていた弓矢を返し、左近はその場に片膝をついて二人を待った。


「見事や」
「いえ。まだまだでございます」
「そう謙遜けんそんせずともよいわ」


 すると、左近の服の袖が引っ張られた。左近がそちらを見ると、一ノ宮が目を輝かせ、自分よりも低い位置にある左近の顔を見下ろしている。


「宮もしてみたい」
「何事も挑戦なさろうとするお気持ちは、大変素晴らしゅうございます。ですが、あの弓では少々御身体の大きさに合わないかと」
「では、雀小弓をご用意いたしましょう」


 一ノ宮付きの女官が、すぐに用意するよう雑色に言いつける。

 一ノ宮以外の宮様達や子供達も左近の傍に戻ってきた。そして、三郎が左近の肩をとんとんと叩いてくる。


「せんせ、すずめこゆみって?」
「子供用の弓矢だよ。それで的を射て遊ぶんだ」
「へー」


 そういえば、と、左近はふと考えた。

 以之梅の子供達にはまだ弓矢を持たせたことがない。学び舎には以や呂など下の年でも練習ができるよう子供用の弓矢も用意はされている。しかし、以之梅の五人には、武術よりも忍びの本分である情報収集力を早々に身につけさせるべく、脚力と忍術を優先して仕込んでいる。

 誤ってあらぬ方に飛ばさねばいいのだがと、この観客の多さにそこそこ心配になってしまう。

 そして、男はどうしてもこういう事をすると、互いに競ってしまうのが常。だが、今、この場でそれはまずい。相手は主家筋。しかし、わざと負けろとは言えないし、言いたくないので、左近は一計を案じた。


「こちらです」
「ありがとうございます」


 雀小弓を雑色から受け取り、左近は子供達に向き直った。

 いつの間にか主上はきざはしに腰を下ろし、こちらを眺めている。傍には随身達も控えているので、万が一のことがあっても大丈夫だろう。


「では、競射ではなく、皆で継いでいくやり方にしましょう」
「皆で継ぐ?」
「はい。一人射るたびに的の距離を段々遠くへ動かすのです。なので、弓を引く力の関係上、まずは三ノ宮様、宮彦、二之宮様、そして、お前達五人、締めとして一ノ宮様の順番で射ていただきます」
「楽しそう!」


 一ノ宮に一番最後は嫌だとごねられるかと思ったが、そんなことはなく、あの辺りがいいなぁと女官達と楽しそうに話している。

 立ち上がって的の用意を始める左近に、今度は宗右衛門が口を開いた。


「でも、せんせ、ぼくたちまだ、ゆみやをならっていません」
「宮が教えてあげる!」
「えっ!」
「やったぁ!」
「まずね、構えはこう」


 一ノ宮が他の子供達につたないながら指導し始める。

 先程の以之梅の歓声には頭を抱えさせられたが、それ以外の言葉遣いはきちんとしていた。‟誰かと話す時は、相手が誰であろうと吾妻や団次の話し方を思い出しながら話せ”という隼人の教えは、彼らに合っていたようである。所々普段の口調に戻った時もあるが、それも咄嗟とっさに口をついて出た言葉くらいであった。

 そうして、左近が言った順番通り、順調に進んでいく。順調とはいっても、一発では皆当然のように当たらない。左近が一緒に構えてやって、合図を出して打たせるということを繰り返した。そして、ようやく当てることができたのだ。それでも、子供達としては達成感で大興奮である。

 四半刻もすると、とうとう一ノ宮の番が回ってきた。一本、二本と弓を射かけるが、後少しのところで的に当たらない。


「んーっ。もう少しなのに」
「手を離す時に、やや弓手のぶれが大きいようです。よろしいですか?」
「え?」


 左近が一ノ宮の背後に回り、一ノ宮の弓手に下から左手を添えた。


「これで射てみてください」
「……っ! 当たった!」
「お見事でございます」


 左近の方を振り返り、驚きに目を見開く一ノ宮に、左近もにこりと笑って見せた。


「ご覧になりましたか!?」
「あぁ。皆、見事や。褒美ほうびの菓子をこれへ」


 女官達によって唐菓子が漆器に乗せられ、主上の元に運ばれてくる。宮様方と子供達は主上手づから菓子を渡され、子供らしい元気の良さで礼を述べた。

 それからもう一巡りすると、今度は蹴鞠をと一ノ宮にねだられる。蹴鞠は左近の得意ではなかったのだが、そこは持前の運動神経がものを言った。足首だけでなく、太腿、背中を通しての踵を使って身体の前に戻すというのを見せると、もう子供達皆が大はしゃぎであった。

 最終的には、蹴鞠の宗家である飛鳥井家の子息である青年が主上に請われ、左近と共に蹴鞠を行うまでに至るほど。さらには、あと二月もしないうちに訪れる新年の際の蹴鞠初めに参加しないかと打診が来る始末。さすがに謹んで辞退したが、その青年は酷く残念がっていた。

 以之梅の子供達も初めてであったが、日頃の鍛錬もあって、なかなか皆上手いものである。今度は子供達だけで楽しく遊び始めた。

 そして、半刻もした頃。


「おや。寝てしもたんか」
「はい。お疲れにならはったのでしょう」


 廂の間で女官に膝を貸され、一番幼い三ノ宮が寝入っていた。

 階から立ち上がって廂の間へ足を向けた主上が、あどけない寝顔の孫を目を細めて見下ろす。そして、子供達の傍で様子を見ていた左近を廂の下に呼びつけた。


「堪忍なぁ。あまり乗り気やあらへんかったのやろ?」
「とんでもないことでございます。お傍に参れましたこと、この上なきほまれにございます」
「そうか」


 左近が恐縮して頭を下げると、主上は軽く数度頷いて見せた。


 そうこうしていると、辺りは夕暮れの茜色に染まっていった。秋の暮れは早い。あっという間に退出する刻限となっていたのである。

 子供達は遊びに夢中になっていたが、左近はそこで終わらせ、以之梅の五人と宮彦を後ろに並ばせる。


「では、御前を失礼いたします」
「また参れ」
「はっ」


 左近は再び頭を下げ、子供達を連れて主上の御前から退出する。

 ようやく一息つけたのは、内裏がある区画から数町離れたところまでやってきた時であった。

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