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第十三章―年が明けた先
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しおりを挟む新年の挨拶を翁や榊、そして貴船や鞍馬で済ませると、ようやく年が明けたという実感が湧いてくる。歳も一つとり、子供達は呂の年に、部の年であった子供達は全員が無事に八咫烏へと上がった。
しばらくの間、宗右衛門達はそこそこの確率で館の部屋を間違えていたが、段々と新しい部屋にも慣れてきたところだ。最初のうちは、窓の外から見える光景が変わったことに興奮していたが、じきに新しい興味の対象ができた。というより、接触した。
子供達の指導内容を提出するよう榊に言われていた左近は、新しく宗右衛門達に割り当てられた部屋で書き物をしていた。本来ならば長屋の部屋でも良かったが、今、長屋の部屋の机には設計図が広がっている。つまり、余分に紙を広げる場がないのである。だから、講義が終わった後、わざわざ残って頭を捻らせているというわけだ。
そこへ、子供達が戸を開け、顔だけを差し込んで中を覗き込んでくる。
「せんせー」
「んー?」
左近が彼らの方へ顔を向けてようやく全員で中に入ってきた。しめて十一人。宗右衛門達と、宮彦、そして、新顔の五人組である。
「どうしたの? その子達」
「ぼくたちの、こうはいですっ!」
「うん、知ってるよ」
「ぼくたちの! こうはいですっ!」
「え?」
宗右衛門達は、今年学び舎に入ってきたばかりの新しい以之梅の五人をずいっと前に押し出し、左近に見せてくる。
やけに念を押してくるものだから、左近も首を傾げるしかない。もしかすると、人の顔を覚えるのが苦手だとでも思われているのだろうかと不安になってくる。しかし、後輩ももちろんだが、先輩になった自分達も見て欲しいのだと、すぐに分かった。
思い返せば、左近達も厳太夫達が入って早々連れ回していた。それも、あの頃の代全員、つまり十七人で、新しく入った後輩全員を。左近達梅組の師であった榊には、どこぞの国の祭り行列かと言われたものである。
(あの頃はまだ、先輩先輩と可愛かったのに)
今では言うことはよく聞くものの、一言文句も垂れる生意気な子に育ってしまった、と、左近は昔を思い出し、子供達を生温かい目で見上げた。
とはいえ、‟あの代”という括りで考えることをやめれば、特に正蔵や吾妻、伊織は下に慕われている。つまり、その状況が遠い過去のものになったのは、左近の自業自得に他ならなかった。
しかし、そんな指摘をするものはもちろん誰一人おらず、左近は別のところへ意識がいった。宗右衛門達よりもさらに背の低い子供の一人が、壁に貼られた例の紙を見て指さしたのである。
「そうえもんせんぱい、あれ、なんですか?」
「……あれはねー」
宮彦も年下とはいえ、先輩後輩の関係性ではない。お互いを呼ぶ時は普通に名前で呼び合うため、その呼称つきで呼ばれた宗右衛門は、一瞬その言葉を噛みしめるように溜め、言葉を返した。
後輩達の手を引き、部屋の後方にある壁の前に連れて行く。
すると、再び部屋の戸が開かれた。顔を出したのは、宗右衛門達が連れ回している新・以之梅の子供達を担当する師で、去年までは部の年の担当をしていた男である。
「ここにいたか」
「あれ? 探されてましたか? すみません。今」
「あぁ、いい、いい。そのままで。呂の年に上がって初めての後輩で、呂の年の奴らはどこも同じような感じだからな。手が空いたらでいいから、そいつらと一緒にお菊のところへ忍び装束を取りに行ってくれるか? まだ行ってないんだ」
「いいですよ。丁度あの子達もまだ行ってないので」
「助かる。まだ準備が終わってなくてな」
男は、指導内容を決めるための材料なのか、巻物やら何やらが詰め込まれた箱を持っていた。それを僅かに掲げて見せてくる。
部の年から以の年へ巻き戻りとは、なかなか上手くいかないことも多いだろう。
左近とて、一年には満たないが相当の日数を子供達と過ごしてきた。その中で、自分達の時の榊の苦労を想像し、頭の中で謝罪しようとしたことが多々あった。
雛への教育は慣れているとはいえ、子供に限らず人にはそれぞれ個性というものがある。慣れだけでは通用しないからこそ、師側もそれだけの面子を揃えているのだ。
「……以の年は大変ですよ」
「分かってるさ。しかし、なにせずっとあいつらについていたから、こんな幼い子供達は久々すぎてな。色々準備に忙しい」
「そういうことなら、学び舎内の案内も引き受けますよ。どうせしばらくはあぁでしょうから」
左近からそのような申し出が出てくるとは思っておらず、男はしばし迷った。
「……あぁ。そうしてくれ。また様子を見に来る」
「分かりました」
しかし、忙しいのも事実であったので、その申し出は渡りに船。妙なことは教えるなよと、男は左近に念のための釘をさしておき、元々宗右衛門達が使っていた以之梅用に用意された部屋へと歩いて行った。
左近は先輩の頼みとあらばと、先にお菊の所へ行くことにした。持っていた筆を筆置きに置き、立ち上がる。
「みんなー。菊のところに服を取りに行くよー」
「「はーい」」
紙に書かれた文字を見ていた子供達が一斉に振り向きつつ、大きく返事をした。
皆で廊下に出て、左近が戸を閉める。そして、お菊がいるだろう食堂の方へと向かった。
「せんぱい」
「んふふふふ。なぁに?」
「きくのところって?」
「きくっていうのは、おきくさんのこと。ぼくたちのごはんつくってくれたり、いろいろしてくれるひと。とってもやさしいんだよ」
「おれたちもだいすきなんだ!」
食堂までの道を歩いていると、後輩に服の袖を引かれた小太朗がその問いに答える。すると、三郎もひょっこりと顔を覗き込むようにして答えを重ねた。
そんな子供達からも好かれているお菊はといえば、食堂の奥にある自分の小部屋で繕い物をしていたようだ。食堂に入って声をかけると、縫いかけらしき布を持ったまま奥から出てきた。
「あら、勢揃いじゃない」
「この子達の忍び装束取りに来たんだけど」
「待ってて。えーっと」
お菊が奥の小部屋に戻ると、なにやらがさごそと漁る音が聞こえてくる。
それを待つ間、宗右衛門がきょろきょろと周囲を見渡す後輩達にこの場の説明をし始めた。
「ここがしょくどうで、ごはんはいちにちさんかい。おきてからと、こうぎがおわってからと、たんれんがおわってからのさんかい」
「しばらくはぼくたちがむかえにいってあげるよ」
「「ありがとうございます!」」
その声は奥までしっかりと聞こえていたらしい。
全員分の忍び装束を手に、お菊が小部屋から戻ってきた。そして、微笑ましいものを見る目をして、子供達へ一人一人手渡していく。
「もうすっかり先輩ね」
「はい!」
「せんぱい……せんぱいかぁ」
忍び装束を両手で抱きしめ、三郎は大層なご満悦顔で左右に身体を振って喜びを表している。しかも、それが三郎だけではなく、五人の中では比較的冷静に物事を見る方である利助や宗右衛門も似たような反応なのだから、この喜びようはしばらく続くだろう。
お菊が左近の方をちらりと見ると、左近は肩を竦めた。それに苦笑したお菊は、膝を折り、別に小袖を作った宮彦の身体にあて、寸法を確かめ始めた。
「皆も寸法があってるか確かめてくれる? 簡単に直せるようならこの場でちゃちゃっと直してしまいたいから」
宮彦の小袖に手直しをしたい箇所が見つかったのか、お菊は小袖を宮彦の身体から一旦離した。膝の上にその小袖を置き、隣に置いておいた濃紺の忍び装束を左近に差し出した。
「これ、貴方の分ね」
「え? まだ着られるのがあるからいいって言ったのに。……ありがとう」
左近はお菊に差し出された真新しい忍び装束を見て目を瞬かせ、少し目を細めて礼を言い、それを受け取った。
その様子に、お菊は宮彦の小袖を脇に退け、左近の耳元へ顔を近づけた。
「……どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ」
「……ちょっとこっちに来て」
お菊は奥の小部屋へと左近の手を引いていく。
子供達はその二人の背を不思議そうに目で追いかけた。が、閉じられた戸を前にして、すぐに逸らされ、自分達だけで寸法を確かめようと着替え始めた。
戸の向こうでは、左近とお菊が向かい合っていた。
「で? どうしたの?」
「何が?」
「貴方達の代、みんなそう。着られるのがあるからいいって、みんな口を揃えたように」
「ほら、僕達みんな物持ちがいいから」
「彦四郎も? そんなわけないわよね?」
なかなかに鋭いところをついてくるお菊に、左近は頭の中で彦四郎の頭を叩いた。しかし、最初に悟らせたのは左近の表情や仕草。その自覚が左近にもあるがゆえに、これ以上子供達のように表情や仕草で分かりやすく悟らせるわけにはいかない。
いつもの微笑を口元に浮かべ、無言を貫いた。
そして、天の助けとは善人ではなくともあるものらしい。
「おきくさーん」
「ほら、呼ばれてるよ?」
「……」
宗右衛門達が彼女を呼ぶ声に便乗し、左近は戸を指さす。
お菊はそれに眉を顰めたが、それも一瞬のこと。納得はしていないだろうが、子供達を待たせるのも可哀想と思ったのか、戸を開き、子供達の元へと戻った。
お菊が子供達の相手をしていると、食堂の入り口から隼人が顔を出した。子供達や左近の姿を見つけ、中に入ってくる。
「お前達、さっそく連れ回してるのか?」
「「はい!」」
口角をあげて笑う隼人が、手近にいた小太朗の頭を撫で回した。そんな隼人に、お菊は左近と同じように新しい忍び装束を差し出した。
「隼人も、いるわよね?」
「ん? んー、いや、俺はいらないって……あー、いや、もらうよ。ありがとな」
「どういたしまして。左近と一緒にそっちの小部屋で寸法確かめてくれる?」
「おー」
隼人は左近と一緒に小部屋に行き、戸を閉めた。そして、すぐに外の様子が僅かに分かるくらいに戸を薄く開き、お菊の様子を上下に別れて観察し始める。
しばらくそうした後、顔を離し、隼人が戸を完全に閉めた。
「どうしたんだ? 菊のやつ」
「なんか勘付いてるみたい。僕達の代が皆、まだ着られるのがあるから着物の新調はいいって言ったから」
「あ、あー。彦四郎がその言い訳じゃ通用しないだろうなぁ。吾妻は何やってんだ」
「一緒じゃない時に遭遇したんじゃない?」
「遭遇ってお前」
人間にはふつう使わないだろう言葉選びに、左近の中での彦四郎の待遇が想像できるというもの。隼人は思わず小さく笑みを漏らした。
確かに、年柄年中動き回る彦四郎が新調しなくてもいいと言うのは、誰が聞いてもおかしいと感じるだろう。むしろ、もう二、三枚欲しいと言い出しても全く不思議ではない。
「とりあえず、ここはあいつらと一緒に退散しよう」
「うん。皆にも気をつけるよう言っておかないと」
「あぁ。その時が来るまで、俺達がしようとしていることは絶対に知られちゃならないからな」
「……そうだね」
二人は適当に時間を見計らい、小部屋から出ていく。
そして、案内をしなければいけないからと子供達を連れ、食堂を後にするまで、お菊の不審がる視線をびしばしと全身で感じ取っていた。
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