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第十三章―年が明けた先
は
しおりを挟む年末まであと十日。年末恒例の片付けと掃除が至るところで行われている。
左近と隼人、そして以之梅の子供達と宮彦も、館内にある自分達の部屋を掃除すべく集まっていた。定期的に掃除してきたとはいえ、一年の締めとなる大掃除に、子供達はやる気は十分のようだ。埃を大量に吸い込まないよう、口と鼻を布で覆っている。
長机を隅に寄せ、部屋の中央に立つ左近を子供達が取り囲んだ。
「じゃあ、大掃除を開始しようか。あと十日で部屋移動だから、しっかりしておくんだよ?」
「「はーい」」
子供達は箒や雑巾、水桶などの掃除用具を持ってきて、それぞれ左近に割り当てられた通りにやり始めた。
掃除は最初こそ順調に思えたものの、段々と性格が如実に現れるようになった。
「ちょっと、さぶろー。ちゃんとみずしぼって」
「しぼってるよ」
「しぼってない。だって、みずびたしじゃん」
「えー?」
むっと顔をしかめる利助に、三郎も同じように顔をしかめる。
利助が指さす床を左近が見てみると、確かに床は水拭きされているというより、水浸しになっている。これだと、長く放置すれば水を吸い、床の板が腐ってしまうだろう。それはまずいと、乾いた布を持ってきて、その水を布に吸い取らせた。
そして、二人の諍いを止めるべく、間に入った。
「ほら、喧嘩しない」
「この後、小屋の掃除手伝ってくれるんだろー?」
「そうだ! そうだった!」
「いそがなきゃ!」
「しらぬいたちがまってる!」
隼人が事前に取り付けていた約束を思い出させると、二人は慌てて手を動かし始めた。すっかり忘れてしまっていたのだろう。その様子を見て、隼人はおいおいと苦笑した。
というのも、最初に小屋の掃除をすると言い出したのは子供達の方であったのだ。本当は隼人は一人で片付けるつもりだったが、自分達もやりたいと言うのでやらずにおいたのに、それはない。つい苦笑いが漏れるのも無理はなかった。
急げ急げと言いながら水桶の前に膝をつき、雑巾を絞る三郎の手元を、左近が前かがみになって覗き込む。
「三郎。前に水の切り方、教えたよね?」
「えっと……むふっ」
「そうそう。できるじゃない」
左近が褒めてやると、三郎は左近を見上げ、にへらっと笑う。そのまま床を端から端まで走って拭き始めた。
そして、左近が戸棚の片付けに戻ろうとすると、宮彦が左近の服をくいくいっと引っ張ってきた。
宮彦といえば、最近、自分から行動した時のみではあるが、ようやく大人に対しての拒絶反応がでなくなった。とはいえ、それはまだ、左近達などよくよく見知った者達だけに留まっている。しかし、これから里で八咫烏以外の人とも交流をもつようになれば、また元のように過ごすことができるようになるだろう。
その宮彦が、子供達の名前が書かれた例の紙を指差している。紙を継ぎ足しながらやっていたので、最初に比べると随分と大きくなっていた。
「これは?」
「それももう剥がしておこうか」
「んっ。……や、やぶれっ!」
宮彦も皆がこの紙を大事にしていたのは知っている。いつの間にか、宮彦の名も傍にあった。きっと藤兵衛あたりが書き添えてやったのだろう。その大事な紙を自分の不注意で破いてしまったことに、大きな罪悪感を感じていた。
しかし、糊付けしていた紙を剥がすとなると、大抵そうなるものである。それに、小さな子供の手だと力加減を誤るのもよくあることだ。
「大丈夫だよ。剥がそうとするとそうなるから」
「後で裏に紙をあてて補修作業すればいいから、そう泣きそうな顔すんな」
「……ん」
丁度傍に来た隼人にも慰められ、目に涙を溜めた宮彦はごしごしと目元を拭った。それから、今度はさらに用心してゆっくりと少しずつ剥がし始める。
ようやく剥がし終わると、左近にそれを持ってきた。紙あて、みやがする、と言うので、また後でね、と言っておいた。破いたといってもそう広範囲に広がるものではない。すぐに終わるだろう。
「たくさん書いたね」
「あぁ。……ほんとだな」
「せんせい?」
「どうかしたんですか?」
左近と隼人がそれを広げて眺めていると、子供達が手を止め、わらわらと傍に寄ってきた。感傷に浸る暇もないとはこのことである。
「ううん。何でもないよ」
それぞれ頭を撫でてやると、子供達はここの掃除は終わりだと言い、あっという間に道具を片づけ、外へと駆け出していった。
やはり、同じ掃除をするにも、いつもはさせてもらえない小屋の掃除の方が退屈しない。なにより、動物が傍にいるというのは、子供にとって大層魅力的である。それが、いつも遊んでもらっている不知火達ならなおさら。
そして、小屋の掃除もすったもんだありながらも無事に終え、今度は八咫烏の墓がある高台へと向かった。
子供達は隼人の子飼いの狼である不知火と陽炎も一緒に連れだし、掃除に行くというより、散歩に行くような気分になっているに違いない。
「はやくはやくー!」
「前を見ないと転ぶよ」
「だいじょーぶー! ……うわっ!」
「ほら、言わんこっちゃない」
「ありがとー。しらぬい」
前方不注意で転びそうになった三郎の身体を、不知火が自分の身体を滑り込ませて受け止めた。
隼人ほどではないが、不知火は三郎によく懐いている。起き上がった三郎が頭を撫でてやると、不知火は三郎の腹に前脚をかけ、三郎の顔をペロペロと舐め回した。それに対して、やめろよーと三郎は言うが、その顔のにやけ具合からして、まんざらでもない様子。
「しらぬいのほうがりこうだな」
「なんだってー?」
「利助、三郎? ここで喧嘩するのは駄目だよ」
「「はーい」」
仕方なしといった風で返事はしたものの、二人はぷいっとそっぽを向く。とはいえ、そう長くは続かないからと、左近もそれ以上は放っておくことにした。
そして、周囲を見渡した後、子供達へと視線を落とした。
「ここは定期的に掃除してるけど、一応ね。皆は雑草を取って。僕と隼人でそれ以外をするから」
「「はーい」」
左近は持ってきた水桶から柄杓で水を汲み、石塔の汚れを落とし、布で磨く。隼人も、わら箒で落ち葉をかき集めていく。前に掃除してからそんなに経っていないと思うが、一山できるくらいの枯れ葉がもう落ちていた。
一方、子供達は言われたとおり、周りの雑草を引き抜いていく。不知火達も子供達の周りで土の臭いを嗅いだり、子供達がやっていることをじっと見つめていた。
「みて! こんなながいのとれた!」
「ほんとだっ! ながい!」
「こっちも!」
「みやも! みやもみて!」
次第に、皆で穏便に草の根の長さで競争をし始めた。左近の予想通り、先程まで喧嘩していたはずの三郎と利助もすっかり仲直りして楽しんでいる。
「すっかり遊んでやがるな?」
隼人は動かしていた手を止め、箒の柄の頭に手を重ね、顎を乗せた。そして、目を細め、子供達の背を眺めている。仕方ないなと呆れながらも、その瞳は温かい。
すると、不知火と陽炎が隼人の足元にすり寄ってきた。
「お前らは散歩に行ってもいいぞ?」
隼人はそう言うが、不知火達は子供達の元へ戻り、彼らの背後で腰を下ろした。その姿はまるで見守っているようでもある。
実際、子供達のことを自分達よりも下、弟分的に思っていてもおかしくない。
「……利助じゃないけど、ほんと、どっちが面倒見てるのか分かんないね」
「あいつらを誰が育ててると思ってんだ?」
「あぁ、そうでした」
隼人はにやりと笑う。左近も隼人の方をみて、同じように笑い返した。
すると、隼人は笑いを引っ込め、改めて左近に向き直った。その表情は真剣さを帯びている。左近の目元を覗き込み、首を軽く傾げた。
「……お前、最近寝てないだろ」
「え?」
「夜中に何書いてるんだ?」
「あぁ、罠とかの地図や仕掛けの設計図をね。残しておかなきゃ」
山中の罠はほとんどが左近が仕掛けたもの。残しておかなければならない図案は山ほどある。
それに、寝ずの作業は左近だけではない。
「隼人だって」
「……準備は早いに越したことないからな」
そう言って、隼人は子供達の方へと目をやった。
「……ねぇ、やっぱり」
「やっぱりお前、寝ぼけてんな。これは、俺が選んだんだ。何を言われても覆りはしねぇよ。お前でもな」
「……だよね。ごめん」
左近は本人の選択を何よりも重じている。だからこそ、隼人にそう言われると、それ以上言えることはない。続けようとした言葉は、左近の胸の内で消えた。
その間、子供達は雑草の山を着々と積み上げていた。しかも、どこから持ってきたのか、木の枝で雑草が生えている周りを掘り返している。
「草を取れとは言ったが、ありゃもはや穴を掘ってるだろ」
「僕が育ててるからね」
穴を掘るのは左近の得意とするところである。先程隼人が言った不知火達との関係になぞらえて言葉を返す左近に、隼人もふっと笑みを溢す。
子供達と不知火達、一緒に楽しげに雑草取りをしている姿を、二人はしばし、何も考えないようにして眺めていた。
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