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第十三章―年が明けた先
ろ
しおりを挟む年が変わるまであとひと月と少しとなった、ある日の午後。
ここのところ、左近は雛達の講義の時間以外、山中の仕掛け罠の地図作りと設計図の見直しに精を出している。
今日もまた、山中へと繰り出し、今まで頭の中に組み立てていた罠の所在を地図に落とし込むということを繰り返していた。
黄昏時になり、左近が学び舎の門を潜ると、途端に周りを固められた。
「先輩、失礼します」
「は? ちょっと」
取り囲んだのは、半蔵達、部の年の者達であった。今まで、遠巻きにされることはあれど、こうして取り囲まれることは滅多にない。
そんな彼らにいきなり拘束されたので、左近はつい抵抗してしまった。といっても、捻り返したり、地面に叩きつけたりと通常の鍛錬の範疇ではある。すると、今度は土下座せんばかりの勢いで懇願されたものだから、左近は呆れかえりながらも彼らの言うことに従った。
彼らが左近を連れて向かったのは、学び舎内にある人気のない倉庫の一つであった。
「で? 僕も忙しいんだけど」
左近は腕を組み、立ったまま柱にもたれかかった。その前で、部の年の子供達が正座して左近の方を見上げている。
「すみません。ちょっと相談にのって欲しくて」
「相談? 相手を間違えてるんじゃない? 君達の師か、それか主水達とか、よく知っている代にしたら?」
「いえ、こういう相談は客観的に見てくれる人じゃないと」
「客観的にだなんて、誰でも見てくれるよ。庄八郎なんかいいんじゃない?」
どうでもいいことならば聞きようはあるが、彼らの真剣な表情を見る限り、相談事は至極真面目なものである。そういったことを聞くのは左近の得手ではない。
さらりと後輩を引き合いに出してこの場から逃れようとしたが、半蔵達もそう簡単には相談相手を変えようとしなかった。
しばし押し問答が続くと、何を言ってものらりくらりと拒否されると気づいたようで、彼らは説得を諦めた。しかし、説得を諦めたからといって、自分達の目的を果たさないというわけではない。むしろ、逆である。
「先輩は人を殺めたことってありますか?」
「……あるよ。それが?」
説得せず、因幡はそのまま問いかけてきた。左近はその問いに僅かに目を細め、そう答えた。
「あの、その……」
「なに? はっきりしなよ」
左近は交差していた足を組み替え、小首を傾げた。
なかなか二の句をつごうとしない彼らに、若干のいらつきが見え始めた時、ようやく半蔵が口を開いた。
「その、もしそういう任務にあたった時、どうしたらいいのかなって」
「どうしたらって……あたった時に考えればいいだけだと思うけど?」
「……最初は? いつ頃でした?」
「悪いけど、やっぱり相談相手は僕じゃない。僕達の代でそれを一番こなしているのは蝶だよ」
「本当に? 蝶先輩が?」
左近が教えた情報に、部の年の子供達の目が見開かれる。
確かに、普段の彼のおちゃらけた様子からはとても想像できない役割である。しかし、事実は事実。彼が受ける任務が全てそうというわけではないが、大体そういう任務を割り当てる際は名が挙がる。
「嘘ついてどうすんのさ。そう見えないって言うんなら、それはとんだ見当違いだよ。暗殺者が暗殺者ですって分かりやすくしてていいわけないでしょ。本物って言うのは、誰にもそれと悟られずに任務を遂行できるような者のことだよ」
「……確かに」
ようやく彼らが納得をみせたところで、左近は言葉を続けた。
「それに、本来、僕達忍びの役目は人を殺めることじゃない。正確な情報を大量に集め、自らの主人の利になるように動くこと。それこそが僕達の役目。一度は適性を見るためにあるけど、適さないと分かったら、翁も次からは別のやつに割り当てるよ」
「……その一度は?」
「どうしたらいいですか?」
よほど参っているらしい。質問がどんどん出てくる。
確かに、内容が内容だけにそう大っぴらに聞きまわることはできない。そうでなければ、左近はもっと早くこの小屋から立ち去っている。この状況を甘んじて受け入れているのは、自分達の代にも同じような時期があったからである。
しかし、自分達と彼らは違う。時勢が時勢であったし、それを早々に受け入れる他なかった。
「……仕事だからと割り切る。なにせ、この乱世が終わらない限り、皆、一度は経験することだし。……だから、皆で支え合うしかないよ」
思い返せば、その任務を自分達の代で一番最初にこなしたのが蝶だった。
だが、今のようになんの問題もなく終わらせたわけではなく、他にも八咫烏がついていたにもかかわらず、深い傷を負って帰ってきた。任務の内容は話さなかったが、皆、それとなく悟ってしまうものである。
気を失っていた蝶が目を覚ますのを、皆が部屋の前で寝ずに待ち、その後、無事に目を覚ました蝶を代わる代わる抱きしめた。その時の彼は、今にも泣き出しそうな顔を必死でこらえていた。ただ、その顔を見たのは、それが最初で最後。それ以降はそんな顔を見せまいとしていた。
「その、僕達、できると思いますか?」
「精神面抜きで考えれば、八咫烏でその任務をこなせない人間はいないよ。ただ、精神面を含めて考えれば、瀧、お前は難しいかもね。お前は与一と違って、本当に人を助けようと思って医術や薬のことを学んでいるから」
「そう、ですよね」
一人、名指しを受けた瀧右衛門は目を伏せる。自分自身でもその矛盾は自覚があったのだろう。人を助けるために医術や薬のことを身につけているはずの自分が、その知識をもってして人を殺めることになるとは。なかなかに受け入れ難くもあろう。
「でも、心優しい者だからってできないわけじゃない」
「え?」
だからこそ、左近が続けて言った言葉に、ぱっと顔を上げた。
「今、生き残っているうちの代で一番心優しい正蔵も、暗殺に躊躇はない。何故か分かる?」
「……いえ」
「瀧は?」
「……躊躇すれば、その分、結果として長く苦しませることになるかもしれないから」
「そう。優しいからこそ、どうせやらなければいけないなら、せめてもの救いとして、鉄扇に仕込んだ即効性の毒で殺す。苦痛が長引かないようにね。お互いに」
含ませた言葉に、部の年の面々も気づいたらしい。なかなか優秀な代である。
左近は再び足を組み替え、一息ついた。
「こんなに質問攻めにあったんだから、僕も逆に聞こうかな」
「……なんですか?」
「雛でいられた六年間、どうだった?」
左近から向けられた問いは思ってもいなかったもので、部の年の子供達はそれぞれお互いに顔を見合わせた。そして、先程までの厳しい表情をやわらげ、笑みを見せる。
「とても充実してました。とても」
「早く八咫烏に上がりたいと思ってるのは事実です。でも、いざその時期が近づくと」
「淋しい?」
「はい。……ちょっとだけ」
「そう。僕達の里の強みはそこだよね。よほど離れた代同士でもない限り、皆が顔見知りで、信頼できるからこそ結束が固い。……裏切りもないから、内部瓦解もない」
最後の一言は本当に小さく呟かれ、誰の耳にも届かない。彼らに分かったのは、何かを言われたということだけ。
「左近先輩?」
「ううん。なんでもないよ」
左近は言外にその言葉を問うてくる彼らに笑みを見せ、その問いを封じた。それから、もたれかかっていた柱から背を離し、この相談はここで終了と小屋の出入り口の戸へと歩き出す。
「とにかく。そういう精神面的なことは蝶に聞いて。僕が今までに直接手を下した事は数えるほどしかないから」
「はい」
「その、お忙しいのにすみませんでした」
左近は戸を開け、その戸を掴み、まだ座ったままでいる子供達の方を振り向いた。
「あとひと月。雛でいられる残りの時間を楽しんで」
彼らの覚悟の在り様は、あの襲撃事件の日の晩に正蔵から聞いて知っている。だから、不安に思って尻込みしているのも暗殺任務のことだけであろう。
雛として迎える最後のひと月が、彼らにとって淋しくなるだけの期間でないように、左近は柄にもなくそう願い、その場を後にした。
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