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第十三章―年が明けた先
い
しおりを挟む屋敷からの雛の拐かしがあったこと、年末を控え、学び舎へ戻らねばならないことなど、様々な要因が重なり、左近達は内裏への参内の任務を解かれた。
久々に戻ってきた学び舎に、子供達は門を潜るやいなや、自分の長屋の部屋へと早々に駆けだしていく。
一方、左近は先に戻っていた与一と吾妻に笑顔で出迎えられた。長屋の部屋へ行こうとすると、二人に両脇を抱えられ、問答無用で山中へと連れ出されてしまった。
辺りには哨戒中の八咫烏の姿もない。木の葉が風に吹かれる音だけで、本当に静寂だけが場を占めている。しばらくすると、木陰から二人以外の同じ代の面子が姿を見せた。
「ここまで来れば大丈夫だろ」
「そうだね」
腕を回しても指がつかない程の大木の幹に、左近と伊織は他の面子から追い詰められた。その筆頭は、左近をこの場へと連れて来た二人。
二人とも顔に笑みこそ浮かべているが、目は正直である。本人の感情を如実に表していた。
「で? 僕、二人の言い訳ってやつが聞きたいなぁー」
「言い訳って?」
「そう聞くってことは、二人で計画して、二人で実行しようとしてることに、何の言い訳も必要もないって思ってるってこと? あ、そう。これから戻って僕の新薬の検体になってもらおうかな。うん、大丈夫。寝たきりになるけど、君達が得意な策立てはこれからも好きなだけできるよ」
「与一。落ち着け」
「やだなぁー。落ち着いてるよ。ただちょっと、腸煮えくり返ってるだけ」
「それは落ち着いてるとは言わない」
左近の脚の横、木の幹に足の裏をつけた与一は、あははと笑う。腕を組み、傍の木の幹に背をもたれかけている慎太郎が窘めるが、まったく聞く耳を持たない。彼のいつもの間延びした話し方もいつの間にか消え去り、早口でまくし立ててくる。これは冗談抜きの本気の怒気だ。それも、相当の。
そして、与一だけではない。隣にいた吾妻も口を開いた。
「左近、貴方が間者のフリをして潜入し、後始末をつけたいという気持ちは分かりました。本来、私情で動くことはよろしくないことですが、私は翁でも榊先生でもないので、そこについては何も言いません。ただ、後始末のつけ方、その相手を潰す方法が問題だと言っているんです。正直、伊織がよく許したものだと、そこを疑います。それも、自分も加担するくせに、我々には何の相談もなしに決めるなど」
吾妻の糾弾はもっともなものだった。というのも、二人の策があまりにも自分達本位なものであったからである。
二人が練った策とは、大まかにいえば、間者として入り込んだ左近の粛清。元は同朋であっても手心を加えることなく粛清の対象であると、皇家への忠誠を示すとともに、周囲への見せしめにもできる。
そして、伊織の役目は、飯母呂一族の背後にいる人物の名を様々な大名や皇家公家に流し、本来皇家の持ち物である忍びを取り入れようとした、皇家への反意ある者としての制裁検討を訴える書状をばらまくこと。そして、なにより友一人に裏切り者の謗りは受けさせぬと自らもそれに続くこと。
これに、完全に蚊帳の外にされた友らは激怒したというわけだ。
伊織は隣にいる左近に肩を竦めて見せた。
「そら、見ろ。だから言っただろう?」
「……流したね?」
「さぁ? 何のことだか?」
左近は伊織を軽く睨めつけた。伊織はすっとぼけているが、この話は左近と伊織の二人きりしか知らない。左近が自分で漏らしたわけでない以上、漏洩の犯人は伊織しかいない。
しかし、吾妻が言っている策は左近が最初に練った策ではない。伊織が練り直したものである。当初の予定でいえば、さらに左近自身の扱いが酷かった。伊織も加担すると吾妻が言っているからには、そちらは知らされていないのだろう。それだけは救いだったのかもしれない。もし、知られていれば、今頃、数発どころじゃなく殴られている。
「……本当は僕一人でやるつもりだったんだよ。まぁ、それには一人だけ協力者がいるから、仕方なく伊織には言ったんだけど。……人選間違えたかな」
「俺はその人選には入ってなかったってのか?」
「うん。隼人は駄目」
「なんで?」
「隼人には、あの子達についててもらわなきゃいけないから」
「それはっ! お前も同じだろうがっ!」
「隼人っ!」
左近に掴みかかろうとした隼人が、背後から源太に羽交い絞めにされ、止められた。
左近のことは誰よりも理解しており、目付け役として何をするにも共にとの自負があっただけに、隼人にとって、この状況はどうしても受け入れ難いものであった。
別に、組んだ相手が伊織で、それが駄目だというわけではない。彼の憤りの一番の理由は、子供達についているという左近自身にも同じことが言えることで誤魔化そうとする、誤魔化すことができると左近に判断されたことである。
怒りをわざと煽っているのではないかと思うくらいの淡々とした左近の態度に、伊織は大きく溜息をついた。
「……お前達も気づいているだろうが、翁や榊先生は俺達の代が目立ちすぎることを危惧されてきた。全員が呼び戻されたのも、学び舎の人手不足という理由も確かにあるが、本来は任務に出るのを最低限にして外に触れる機会を減らすためだ」
翁や榊から直接言われたわけではないが、それは皆も薄々感じていた。でなければ、たまに任務に出るとはいえ、働き盛りの自分達の代が全員学び舎に留められることはない。
その中でも、左近に対しては組を一つ持たせるなど、徹底していた。おそらく、一番余所も手に入れたい技量を持ち合わせているからだろう。仕掛け罠に必中の投擲術。そして、通詞いらずの語学力。策謀とて伊織や吾妻には劣るものの、見事に組み立てられる。戦にも政にも、如何様にも使える人材は、この戦の世ではどこも喉から手が出るほど欲しているのだ。
「これは本来秘匿すべき情報だから、俺の独り言として聞いてくれ。翁の元に、俺達の代から数人八咫烏を召し抱えたいという話が舞い込んできている。もちろん、皇家からの依頼ではない。だから、俺はその話を持ってきた奴が飯母呂一族の背後にいたのではと睨んでる」
伊織がずいぶんとはっきりとした独り言を漏らすと、皆の眉間が寄っていく。
隼人を羽交い絞めにしていた源太は、その手をそっと離した。隼人から少し離れて立ち、腕組みをする。伊織の見当が外れていたことは今までほとんどないので、そうなのだろうと思うが、その動機が彼には理解できなかった。
「すでに飯母呂と手を結んでいるなら、新たに忍びを召し抱える必要はないはずだろ?」
「その飯母呂一族とて、今や大部分が鉢屋衆と風魔に分かれています。特に風魔は里として確立している。すでに主家をそれぞれ持っていますし、そう簡単にどこぞの家へと寝返ることもないでしょう」
「なるほど。それで、情報戦も城落としもどちらもできる僕達に目をつけた。でも、僕達八咫烏が皇家についているのは、公ではなくとも暗黙の了解事なんだけどね」
「それを知るのは大名達の中でも主家筋と、その筆頭家臣筋のみ。もしかすると、伊賀者のように定まった主を持たないと思われているのかもしれません」
吾妻と正蔵の話に、源太もふむと顎を引いた。
そして、吾妻はもう一度左近へと目を向けた。
「左近、貴方の策はもうここにいる皆に知れ渡っているのです。止めたってどうせ留めのように貴方の後に続けて行うだけですよ? それなら、一度で終わらせた方がいいでしょう? 誰にとっても」
「……本気?」
ぽつりと呟く左近に、皆も頷いて返す。決意は固いと、長く一緒に過ごしたからこそすぐに分かった。
「……策を練り直さなきゃね。自分一人で行動する用だったから」
「もちろんだ。そう来ると思って、もうすでに練ってある」
「とびっきり完璧なのにしなきゃねー」
今の案を土台にし、皆を策に引き入れることで練られた策は至って簡単な修正であった。ただ、襲撃者の数が増えただけ。裏切り者と謗られる数が増えただけである。
しかし、それでいいと皆は譲らなかった。
「……ごめん。巻き込む形になっちゃって」
伊織とは逆隣に来た隼人に、左近は目を伏せたままで謝った。隼人の憤りは完全に覚めたわけではないが、いつまでも諍いを続けるつもりもない。続いた例もない。
――ただ。
「今度言ったら、本気で殴るからな?」
「……もう言わないよ」
左近は隼人の方をちらりと見て、仄かに笑った。
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