老婆でも異世界生活堪能してやります!

綾織 茅

文字の大きさ
6 / 7
非常識なのはあちらかこちらか

4

しおりを挟む


「コトハ様、おはようございます」
「……おはようございます。あの、様付けはいいのよ」
「えっ!? とんでもない!」


 そんなの無理だと言わんばかりに首を左右に振るのは、琴葉の世話役としてつけられたまだ年若い女官であるメリッサである。天然ものだというフワリとした髪を三つ編みにして眼鏡をかけている彼女は、見た目よりもずっと幼く見えてしまう。もし妹がいたならば、こういう子が良かったと思うくらい純情ないい子だ。

 そんなメリッサの慌てっぷりに琴葉は苦笑いを返し、ベッドから立ち上がった。

 本当はもっと早く起きていたけれど、この国のマナーというか、貴族のマナーというか、身分が高い人は使用人が起こしに来るまでベッドから起き上がってはいけないのだそうだ。もちろんそうなると朝早くから仕事がある貴人の使用人はさらに早く起きなければいけなくなる。

 一度それを知らないままいつも通り早く目が覚め、身支度をしていた途中でメリッサが来た時の彼女の顔を思い出せば、ゆっくりベッドの背にもたれかかって簡単な本を読みながら待つのも有意義な時間の過ごし方だと琴葉は思うことにしている。それくらい悲壮な顔つきだったのだ。


「コトハ様はジン様達と同じ精霊様でいらっしゃいますから」
「あー……えぇっと」


 この純粋な子に嘘をつくのは気がひけるが、この国での琴葉の立ち位置としてシアンに用意されたのは、ジン達同様‟シアンに召喚された精霊”だった。

 この国は初代皇帝が精霊達と共に建国したらしく、各地で聖堂が建てられ、現在はそこにそれぞれ祀られているらしい。故に精霊はこの国にとって敬うべきものとされてきた。

 琴葉もそれを聞いた瞬間、それはない、と言いたい気持ちに駆られた。けれど、現実問題、どこの誰だか分らぬ老婆を宮殿に留め置く理由としてこれ以上いい隠れ蓑は存在しないと、懇々と当の精霊であるサミュエル達に説得されれば納得するほかない。

 毎日メリッサの畏敬の念溢れる眼差しに耐えきれず、何度も脳内で土下座して謝り倒しているところだ。

 今日も今日とてメリッサはキラキラとした目で見てくるものだから、罪悪感にまみれて音をあげた琴葉が着替えに袖を急いで通し終え、そらした視線の先に、もう見慣れた人影がフッと三人分現れた。


「コトハ、おはようございます」
「おはようございます。ジンさん、ルスランさん、サミュエル君」
「おっはよー!」
「おはよう」


 メリッサはバタバタと部屋の隅に寄り、頭を下げて四人の朝の挨拶が済むのを待っている。

 部屋の中を見渡したジンが何か気に入らないことでもあったのか、形の良い細眉をひそめた。


「エヴラールにも、今日は貴女に用意された離宮の庭園に一緒に行くようにと伝えていたはずですが」
「あ、でも、今日は見に行くだけだから大丈夫ですよ」
「いえ。私達はシアン様から貴女の仕事が滞りなく進むために手助けするよう命じられているのです。それをこのように我を通すなど、シアン様の意に添わぬ背信行為でしかありません」
「そ、そこまで……」


 ジンの怒りがこれ以上酷いものにならないようにと空気を読んだルスランがいち早く姿を消した。きっとこの場にいないエヴラールを探しに行ったのだろう。

 一方で、サミュエルはそれを横眼で見て、フワァと大きな欠伸をしている。部屋の端に寄ってしまったメリッサにねぇねぇと声をかけに行く自由っぷりだ。


「朝食を食べ終えたら行けますか?」
「えぇ。大丈夫です。よろしくお願いします」
「いえ。……ようやくお出ましですか?」


 冷ややかな視線を部屋の一角に向けたジンは、琴葉に対して発していた声音から何オクターブも下げて声をかけた。
 琴葉もつられてそちらに目を向けると、先ほどと同様、二人分の姿が何もない宙から現れる。


「痛いだろ! この馬鹿力!」
「でも、エヴ、こうしないと、逃げる」
「逃げないよ! そもそも、なんでこの僕が逃げないといけないのさ!」
「ジンの呼び出し、無視した」
「そんなのシアン様の側にいることよりも大事なことじゃないだろ!?」

「エヴラール」


 パタパタと部屋のカーテンが音を立て始める。あまり酷いことにはならないよう意識してはいるのだろうけれど、風の発生源がジンであることは間違いない。


「……な、なに?」
「なにではありません。貴方はまだ自分の我儘を通す気ですか?」
「我儘なんかじゃ……ないよ!」
「いいえ。我儘です。貴方はシアン様の側にありたいだけかもしれませんが、シアン様は私達に彼女を頼むとおっしゃったのです。この意味が分からないほど貴方はおろかなのですか?」


(あ、随分と直接的に言った……)


 愚かと言われたのが悔しかったのか、それともシアンの言葉の意味を考え葛藤しているのか、エヴラールの表情はみるみるうちに歪んでいく。

 面と向かって仲良くする気はない発言をされた琴葉も、さすがに可哀想に思えてきた。


「あの、そこまで無理強いしてまで手伝ってもらうようなことじゃないので……。せいぜい重い土とか肥料を運んでもらうとか、その程度だと思いますから」
「その程度だけのことではないのですよ」


 怒り狂うジンになんとか怒りを鎮めてもらおうと、琴葉が二人の視線の間に入って言うと、ジンは首を静かに振った。

 その意味を問うよりも先に、後ろからグイと腕が引かれる。


「エヴラール! 待ちなさい!」


 ジンが慌てたように手を伸ばしてくるけれど、それよりも早く琴葉の体は腕を引いてきたエヴラールと共に宙に消えた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

処理中です...