6 / 27
魔王よりも
4
しおりを挟む「で? なんで私の部屋に皆さん集まっておいでで?」
「そんなに邪険にすることないだろう? 暇だったからさ」
(こちとらこれから怪我人の治療諸々仕事に追われるんですがねぇ!?)
翁の話が終わり、皆自分達の舎館に戻るのかと思いきや、全然そんなことはなかった。あれよあれよという間にカミーユ、様が、セレイル様が、そして、今回は行政一般諸々を司る第二課の潮様まで着いて来られるではないか。
第五課長、レオン様に声をかけられ、振り向いたのが運の尽き。いや、あの場合、振り向かないもしくは無視をするという選択肢は私にははなから用意されていない。だから、やむを得なかったのだ。そんなことをできようものならこの人が元老院で一番ヤバいとは言われてなどいない。
正直、私の執務室は談話室ではない。薬草庫の方に専ら入り浸っているとはいえ、ここは立派な私の執務室。私室とも言える。談笑ならばこの元老院は広大な敷地を誇るのだから、ここにこだわらず、是非とも他でやってもらいたい。なんなら場所を代わりに提供すべく探しだしてもいい。
「ごめんね、星鈴。僕が作ったもので悪いけど、お詫びに焼き菓子を後で持ってくるよ」
「……ありがとうございます」
人外の戸籍など生活に関する諸々のことを一括して管理する第二課の長、潮様。悪事を働いた人外の捕縛から反乱までを鎮圧するなど戦に関することを管理する第三課の長、カミーユ、様。人外間の些細な諍いから第三課に捕縛されるような人外の裁きなど司法に関することを管理する第四課の長、セレイル様。そして、表は神よ仏よとあらゆる上位の存在に仕える祭祀事の管理、裏ではありとあらゆる世界における監視諜報を職務とする第五課の長、レオン様。この四人は皆同じ時期に課長に就任している。
悪夢の代替わりと謳われる代の唯一の良心と元老院内外の呼び声高い潮様に申し訳なさそうにされるとそれ以上何も言えない。
しかも、潮様が作る料理はプロに劣らない腕前と言われるだけあって、その競争率は高い。それを持って来てもらえるのであればイーブンにはならないけれど、ここでお茶とお菓子を提供するくらいの価値はある。後はもう諦念だ。慣れともいう。
観念して壁につけていた休憩用のティーワゴンを引っ張って来て、完全に寛ぎながら心待ちにしておられるレオン様のために良い茶葉の袋を開けた。
「そういえば、どうなったんだろうねぇ?」
「どうなったとは?」
丁度背後で準備をする形となった私に、カミーユ様は座ったまま首を後ろにそらして問うてきた。
この男はもういっそ清々しいまでに享楽主義で刹那主義、自己中心主義。そんな男が気にすることなどどうせロクなことでないとは分かっているけれど、情報が何もない状態では皆目見当もつかない。
けれど、付き合いの長い他の三人には分かったらしい。
「ふん。どうせまた我々への苦言を呈してきたのだろう。そんなに口出しするならば有能な者を潮の元に寄越せばいいものを」
「併設の学園でも元老院への直接雇用を目指してはいるんだけど。……君の所の業務過多には耐えられそうになくって。なかなか補充できなくて悪いね」
「お前が謝罪する必要がどこにある。私にもそれを受ける謂れはない」
「それにさぁ、棺桶に片足どころか両足、それも前屈姿勢で入りかけてる老害達の言うことなんか気にすることなんかないって。調停三査の職務は僕らの仕事の監視とか言ってるけど、実際のところ、僕たちの仕事にケチつけて自分達の存在意義に必死にしがみついてるだけの無能もいいところの集団なんだから。……まったく、どんな神経してるんだろうね。多忙な翁の時間をそんな無駄な話に使うなんて。これだから使えないゴミは早く消しておくに限るのに」
どうやら翁が先程戻ってくるまでに行っていた調停三査との会合のことだったらしい。
そして、怖い。めっちゃ怖い。何がって、潮様を除いた三人の顔が。セレイル様は同業者である地獄の閻魔王ですら優しい裁判官に映るほどだし、レオン様に至っては神も見惚れるほどの笑顔なのに目が笑っていない。氷点下のような、とよく表現されるものですら生易しい。そして、カミーユといえば、自分の腰に下がる剣の鞘をすうっと恍惚の笑みでなぞっている。きっとその剣が赤く染まる瞬間を想像でもしているんだろう。マジでヤバい。
人外の美しさとはよく言ったもので、確かに皆容貌は整っている。ただし、顔が良いのに比例するように性格の問題性にも拍車がかかっているのだから神様とはある意味平等だ。
そしてもっと恐ろしいのは。
そんな三人のスイッチが入った瞬間であろうと流してしまうほどそれに慣れ切ってしまったことだ。
「お茶入りましたので。どうぞ」
「ありがとう。星鈴が淹れてくれたお茶はいつも美味しいから、楽しみにしてたんだ」
「お褒めいただいて、ありがとうございます」
お茶会を続行する私と潮様。
お茶が入ったと聞いていち早くこちら側に戻ってきたレオン様にも紅茶を注ぐ。カップに顔を寄せ、香りを嗅いでほぅと息をつく彼の顔はさっきまでの悪魔の笑みとは似ても似つかない天使の微笑みが浮かべられている。
全員分のお茶を出し終わったと一息ついたと同時に、見計らっていたかのように部屋のドアがノックされた。
「あ、あのぅ。怪我人の手当てで」
「よし来た。すぐ行こう」
「あ、いえ! 薬草を」
「皆さま、私、仕事が入りましたので。これで失礼いたします。飲み終わったカップはそのままにしていただいて構いませんので」
「し、星鈴様!?」
怪我人の治療に使う薬草をもらいに来たとおぼしき第六課の新人である青年の言葉を遮り席を立った。そのまま部屋のドアまで青年の背をグイグイと押して歩く。
戸惑ったのは青年の方だ。
上司に言われたのは私の元から必要な薬草を手に入れてくることのみ。決して元老院三大魔王同席のお茶会参加時の救出なんて高尚なものではない。なんなら、このとんでもなく忙しい事態の時、面倒な存在は一か所に集めておくに限る。それもお茶会なんてのんびりしている場ならよっぽどのことがない限り今よりひどいことにはならないと、周りは私を体のいい人身御供に考えてすらいるかもしれない。いや、いる。何を隠そう、私だって自分がこの位置じゃなければ間違いなく誰かを差し出す。それが紛うことなき実情だ。
「それでは、皆さま、ごゆっくり」
「あ、ちょっと!」
部屋の入口の横の壁にかけておいた白衣を引っ掴み、一礼をする。
思わず顔がにやけてしまいそうになるのを必死に隠し、部屋のドアを閉めた。
「よろしいのですか?」
「じゃあ、君があの中へ戻るか?」
そう聞くと、青年は首を左右へブンブンと勢いよく振る。顔には絶対に嫌だの五文字が浮かんで見える気がしてくるのだから相当必死だ。
そうだろうそうだろうと頷き、私は青年と共に薬草園へと足を向けた。
私が本来の職務に戻り、三人目の治療が終わった直後、爆音が少し離れたところまで轟いてきた。敵の侵入などではもちろんない。それならば第三課が迅速に対処して全て鎮圧済みだと報告もあった。
ならば、これは。
目を向けた先、丁度私の部屋の辺りから火煙があがっている。私の部屋には何日間もかけてまとめている途中だった大量の報告書の束。
ひらりひらりと空から降ってくる燃えカスを見た瞬間、泣けた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる