24 / 27
不正は絶対許すまじ
3
しおりを挟むこの学園長室、普段はほとんど使われていない。
というのも、この学園の長は元老院の長である翁が兼任しており、行事や重要な会議で学園に来た時にしか使われないのだ。ゆえに、学園長室とは名ばかりで、もはや控え室的な役割だといっても過言ではない。
その学園長室に置かれた接待用の長ソファの中央に座るフェルナンド様。テーブルを挟んで向かい側の長ソファには、連れてきた少年を座らせる。私とナルはそれぞれフェルナンド様と少年の背後に立った。
「さて。自己紹介も済ませたことだし、本題に入ろうか」
「は、はい」
少年――ボリスと名乗った彼は、身体をこれでもかと縮こまらせる。元々華奢な身体がなお一層際立って見えた。
フェルナンド様はその様子を見て、すっと目を細めた。そして、背後にいる私の方へ振り向いてくる。
言わんとすることは分かった。しかし、ここで明言してしまうのは時期尚早だ。だから、ただ頷くだけに留めた。
「君がここに連れてこられた理由は分かるね?」
「はい。本当に……ごめんなさい」
ボリスは深く頭を下げた。
一方、フェルナンド様は微笑みを浮かべ続けている。そして、両手の指を組み、太腿の上に置いた。
「僕達は第二課長から依頼があって来たんだ。生徒の中に、不正な薬物を使用して元老院の職を得ようとしている者がいるってね。でも、それは君じゃない」
「……えっ?」
ボリスは驚き半分、戸惑い半分といった風で、探るような視線を私達に寄越してきた。
「この件は第二課長だけでなく、翁にも報告しなければならないんだ。だから、それは当然、正しい事実、真実でなければならない」
「私達の目を誤魔化し通せると思っているなら、それは大きな間違いよ。今すぐ認識を正した方がいい」
「これで何人も部下を抱えているからね。観察する力は他よりもあるつもりだよ」
「……っ」
他の課長達と歳が離れているため、課の長の中では実力不足に見られがちな彼だが、相手を見るということに関しては人事を司る第二課の潮様や諜報を司る第五課のレオン様にだって引けを取らないと思う。
そんな彼が、その大きな紺色の瞳でボリスをじっと見つめた。やましいことがある者は、大抵これですぐに視線をそらす。ボリスもそうだった。
「君は確かにこの箱を手に取った。それは事実だ。でも、君はその箱の中身を使えない」
「……」
「うん。賢い子だね。下手な言い訳をすることをしない。そうすれば、ボロがでてしまうこともないものね」
「……」
「庇っているのは誰? 君の今後が関わってくるのに、そんなにその相手は大事な方なのかな?」
「……し、仕方ないんです! 家同士の関係で、僕は逆らえないっ!」
フェルナンド様が矢継ぎ早に問いかける。
ボリスは拳を握りしめ、言葉を吐き捨てるように口から出した。
彼の言う通り、確かに人外の家格関係は人のソレよりも厳しい。第三課に入ろうとしているような家柄ならなおさらだ。
成り上がりやら下克上やらも、人の世であれば成功する可能性があるものが、人外の世界ではほとんど聞かない。その種族特有の力による歴然の差であったり、呪いや術式といった如何ともしがたい誓約による楔をうたれることもままある。
もちろん、失敗した段階で一族郎党に至るまで滅ぼされ、そこに慈悲はない。
「――逆らえないんじゃなくて、逆らわなかっただけでは?」
……あぁ。ナル。お前もか。
空気を読まず、なおかつ悪意の欠片もない発言はフェルナンド様だけで十分だというのに。
案の定、少年は背後に立つナルをキッと睨みつけた。怒りのせいか、それまで蒼白だった頬に赤みがさしている。
「貴方に何が分かるんですかっ!? そんな簡単にっ!」
「あ、いやっ、そんなつもりはなくて! ごめんなさい! ……でも、そんな関係なら、なおのこと主人を諫めるべきだったのでは?」
ナルは胸のあたりまで上げた両手をパタパタと振って否定するが、ボリスは完全に頭に血が上ったらしい。シャツの釦に手を伸ばし、手荒く勢いに任せてそれを一つずつ外していく。そして、シャツを下して横を向き、背中を露わにした。
「これを見ても同じことが言えますか?」
「……酷い。放置していたんですか?」
「いえ、治しても治しても、上書きされるように付けられるんです。逆らうだの、諫めるだの。そういうのは自分も十分な実力がある方だから言えるんですっ。僕にはそれがないっ」
そういう従属筋の話は、もう何度も聞いてきた。
中には、保護を求めて元老院に逃げ込んでくる者もいる。そういった場合、すでに重度の怪我を負っている場合がほとんどだから、まず先に第六課に連れてこられる。その時、普段と同じようにその時の状況も併せて聴取すると、涙ながらに語り始める者が圧倒的多数を占めるのだ。
私ももうほとんど第六課につきっきりだけど、本来は主家持ちの身。
だからこそ、分かることもある。
――ただ。
その場を離れ、部屋の隅に行く。そこには、レオン様が予算に計上して購入させたティーワゴンが置かれている。そして、さすがはレオン様御用達。私が準備することは何もなく、すべて自動で行われた。
貴重な予算で購入されている以上、あまり言いたかないが、確かにこれは便利。淹れることも楽しみたい時以外はこれもアリだろう。
「とりあえず、落ち着いて。この紅茶を飲むといいわ。すごく楽になれるから」
「……いりません」
「いいから。せっかく淹れたんだもの。もったいないでしょう?」
「……それじゃあ、一口だけ」
シャツを元通りに着なおさせ、ボリスに紅茶の入ったティーカップを渡す。
こくりと彼の喉が鳴って、きっかり呼吸十回分。
ボリスはネジの止まった機械仕掛けの人形のように動きをとめ、顔面から前に突っ伏した。紅茶の入ったティーカップを危なげなくさらう。彼自身は後ろにいたナルが腕を伸ばし、テーブルまであと僅かという所で受け止めた。
「――あの、星鈴? 紅茶に何を入れたの?」
「特殊な自白剤を少々」
「そんな、料理の時に言うような“調味料を少々”と同じ抑揚で」
滴下した自白剤の小瓶をふるふると振って見せると、フェルナンド様は苦笑を漏らした。
自白剤と一口にいっても、玉石混合。人が使うモノは証言にあまり信憑性がないことが多いから、急ぎの問題がある時しか使われない。
けれど、これは正真正銘の自白剤。第六課印で自白剤と銘打つからには、それを服用して発した証言は全て真実である。少なくとも、自白剤を飲まされた相手の中では。それが主観が入ったものかどうか調べるのは、その後の話。司法を司る第四課と、諜報を司る第五課の役目だ。
「本来は別の相手――主犯に使う予定だったんですが、この子もこのままでは厄介そうなので」
「またそんなこと言って。……彼、君が嫌いなタイプだもんね」
「そうですか?」
「うん。間違いないよ」
「まぁ……そうですね」
……本当、調子が狂わされるとはこのことだ。
にこにこと笑うフェルナンド様にそう言われてしまえば、こちらも認めざるを得ないような気がしてくるっていうのに。
一方、私達の会話に一人首を傾げたナルだったが、受け止めたボリスの身体をどうしたものかと逡巡し、そっと長ソファの背もたれにもたれかけた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる