理由

平 一

文字の大きさ
1 / 1

理由

しおりを挟む
人格転移マインドアップローディング技術開発の功労者たる、
新帝国の科学長官ストラスは、感慨ぶかげににかく語れり。

「〝帝国〟の最先進種族は、量子頭脳への人格転移によりて、
高度演算・共有人格形成能力を獲得すると共に、
その人格群もまた生物学的寿命を克服せり」

「一方、その量子頭脳内においては、人口爆発や政策の硬直化を防ぐべく、
量子人格の複製を原則として禁止すると共に、
歳月の経過に伴いて徐々に類似の記憶や人格を整理・統合し、
外界での経験を有する新生者・帰還者や他種族との交流人格に席を与える、
演算指示プログラムが機能せり」

「この規則は、現皇帝種族たる〝光輝帝ルシファー〟サタンにつきても
公平に適用せられたり」

「然し、サタンの人格群は特に永き独立寿命を以て知られ、
種族自体もまた様々な危機を乗り越えつつ、現在の地位を得たり。
近年の研究によれば、かかる長寿と繁栄の理由とは次の三点なり」

「第一は、歴史上の苦難が育みたる、知性なり。
サタンは元来、小型惑星の貧しき自然環境のもとで、
他の生物をあやめることなく樹液や血液を摂取すべく進化せる、
猫と蝙蝠こうもりの合いの子の如き、愛らしき種族なり。
この種族はその後も、母星の地磁気減衰や近隣恒星の新星化によりて、
生存のためにあらゆる技術・政策的可能性の検討を求められ、
広範な学習と柔軟な思考を重視する文化を獲得せり。
故にその各個体もまた、広き視野を持って創造性を養い、
新しく若々しき発想を社会に提供し続け得たり。
このことが、出生・移入や人格統合による世代交代の数が少なくとも、
同種族の効率的かつ持続的な発展を可能とせり」

「第二は、彼女自身の努力が与えたる、謙虚さなり。
他方において、地磁気の減衰や新星の出現に先立ち、
サタンは惑星統一政府の設立に成功せり。
ゆえに、同種族は一致協力してその危機に立ち向かう中で、
多様な意見を取り入れながら、調整し得る文化を生み出せり。
彼女はまた、その過程において、自らの〝内なる自然〟、
すなわち知性に伴う欲求の無制限性や、
本能が知性に与える感情的影響を知り、
個人や集団の欲求や感情を制御する必要性を学びたり。
これにより彼女は、旧帝国の軍事種族優越主義に囚《とら》われず、
産業・技術・途上種族や非酸素・非炭素系種族への偏見を免れ、
軍事種族間の内戦による旧帝国の崩壊時においても、
多くの種族から支持を得て、混乱を収拾することに成功せり」

「第三は、〝先帝〟種族との融和が与えたる、多様性ダイバーシティーなり。
天文学的危機と苦闘せるサタンを最終的に救いし者は、
銀白色のうろこに覆われし軟体動物類似の生物から進化し、
高き知性と強靭な肉体を備えし〝先帝〟種族なり。
サタンの名もまたこの時、彼女から与えられしものにして、
その言語で〝逆境に抗う者〟〝滅びを拒む者〟を意味する名称なり。
サタンはその恩義に報いるべく、発展途上種族の文明開発に貢献すると共に、
帝国完成後は側近団たる中枢種族群に傀儡かいらい化されゆく同種族から、
多くの亡命者を各界の指導者として受け入れたり」

「かつては秘められし、この第三の理由こそ、
人格の長寿と種族の繁栄を説明する、最大の理由ならん。
生来のサタンは、自ら悪役を演じる伝承説話まで用いて途上種族を支援せる、
才知豊かで心優しき種族なり。
一方〝先帝〟種族は、多数の軍事種族を率いて銀河系統一の偉功を挙げたる、
こころざし強く厳格な種族なり。
両者は〝全ての種族の発展〟という気高き理想においては共通せるも、
性格においては温順おんじゅん峻厳しゅんげんという、対照的な気質を有せり。
加えてサタンは多数の発展途上種族への支援を通じ、
〝先帝〟亡命者達は自らの政策への反省の過程において、
さらに多くの知識を得つつ、異なる価値観を学びたり。
これによる意見の多様性は、記憶や人格の整理・統合を抑制すると共に、
種族全体としての環境適応性を高めたり」

「サタンの知性と優しさが、銀河系という環境的限界への到達を前に、
軍事的拡大から民生持続への転換の必要性を発見したる時、
その内にある〝先帝〟の覇気と不屈の精神もまた、
かつて自ら築きたる軍事帝国の創造的破壊をいとうことなく、
両者は一体となりて、国家再生の勇断とその成功を導けり」

「以上の如き、事実上の〝混血種族〟サタンの事例を見る限り、
個体においても種族においても、長寿と繁栄の秘訣ひけつとは、
たゆまず謙虚に学びを求め、生存の選択肢を増やしつつ、
最良の決定を極め続けんとする知性、あるいは人間性ならん」

「何となれば文明とは高度な知性、すなわち環境の変化を知り、
それに応じて活動を多様・柔軟に制御する能力を用いて、
より良き生存を達成し得る、生命活動の様式なればなり」と。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

処理中です...