1 / 15
1
しおりを挟む
「リリエル・エルステッド、公爵令嬢としての責務を果たせぬ君との婚約は、今この場をもって破棄する」
王城の広間に、王太子アレクシス殿下の冷ややかな声が響き渡った。豪奢なシャンデリアが輝く空間に、一瞬の静寂が落ちる。そして——
「まあ……なんということ……」
「リリエル様が婚約破棄されるなんて……」
貴族たちの囁きが広がり、好奇の視線が私に突き刺さる。私は静かにまつげを伏せ、そっと唇を震わせた。
(……さて、ここからが本番ね)
リリエル・エルステッド。公爵令嬢でありながら、私にはひとつだけ、誰にも言えない「才能」があった。
それは——あざとさである。
貴族社会を生き抜くために、完璧な淑女として育てられた私。だけど、ただ「美しい令嬢」では不十分。最も価値のあるのは、愛されること。そのために、私は幼い頃から徹底的に研究してきた。
美しく儚げに見せる仕草。涙を流す角度。男性の庇護欲をくすぐる声の震わせ方。
すべては、今、この瞬間のために——
「……そう、ですか」
私は震える声で呟いた。
絶望に打ちひしがれたかのように目を伏せ、長い睫毛をゆっくりと持ち上げる。涙を浮かべた瞳でアレクシス殿下を見上げ——
「わたくしが……至らなかったせいですね……」
そう呟くと、広間の空気が一瞬で変わった。
「リリエル様……」
「なんて健気な……」
貴族たちの視線が、微妙にアレクシス殿下から私へと移る。
第一段階、成功。
この場で怒ったり、泣き喚くのは愚の骨頂。私はあくまで「健気に耐え忍ぶ悲劇の令嬢」を演じるのだ。そうすれば、周囲は私に同情し、彼の冷酷さを際立たせることができる。
王太子は少しだけ眉をひそめたが、すぐに表情を整えた。
「君は、ただの公爵令嬢ではなく、未来の王妃としての自覚を持つべきだった。しかし、君は——」
「……すみません……」
私はそっと胸に手を当て、俯いた。まるで耐え切れない悲しみに押しつぶされそうに。
(どう? 今の完璧な「耐える令嬢」っぷり)
すると——
「リリエル様、お身体が……!」
誰かが叫んだ。
そう、ここで倒れるのが、最も効果的。
貧血を装い、ふらりと体を揺らす。予想通り、近くにいた騎士が慌てて支えてくれた。
「大丈夫ですか、リリエル様!」
「……申し訳……ありません……少し……」
目を閉じ、唇を震わせながら、ゆっくりと意識を手放す——ふりをする。
これで私は「突然の婚約破棄にショックを受け、倒れるほどの悲劇の令嬢」になることができる。そうなれば、もう勝ち戦も同然。
だって、私はすごくあざといのだから。
王城の広間に、王太子アレクシス殿下の冷ややかな声が響き渡った。豪奢なシャンデリアが輝く空間に、一瞬の静寂が落ちる。そして——
「まあ……なんということ……」
「リリエル様が婚約破棄されるなんて……」
貴族たちの囁きが広がり、好奇の視線が私に突き刺さる。私は静かにまつげを伏せ、そっと唇を震わせた。
(……さて、ここからが本番ね)
リリエル・エルステッド。公爵令嬢でありながら、私にはひとつだけ、誰にも言えない「才能」があった。
それは——あざとさである。
貴族社会を生き抜くために、完璧な淑女として育てられた私。だけど、ただ「美しい令嬢」では不十分。最も価値のあるのは、愛されること。そのために、私は幼い頃から徹底的に研究してきた。
美しく儚げに見せる仕草。涙を流す角度。男性の庇護欲をくすぐる声の震わせ方。
すべては、今、この瞬間のために——
「……そう、ですか」
私は震える声で呟いた。
絶望に打ちひしがれたかのように目を伏せ、長い睫毛をゆっくりと持ち上げる。涙を浮かべた瞳でアレクシス殿下を見上げ——
「わたくしが……至らなかったせいですね……」
そう呟くと、広間の空気が一瞬で変わった。
「リリエル様……」
「なんて健気な……」
貴族たちの視線が、微妙にアレクシス殿下から私へと移る。
第一段階、成功。
この場で怒ったり、泣き喚くのは愚の骨頂。私はあくまで「健気に耐え忍ぶ悲劇の令嬢」を演じるのだ。そうすれば、周囲は私に同情し、彼の冷酷さを際立たせることができる。
王太子は少しだけ眉をひそめたが、すぐに表情を整えた。
「君は、ただの公爵令嬢ではなく、未来の王妃としての自覚を持つべきだった。しかし、君は——」
「……すみません……」
私はそっと胸に手を当て、俯いた。まるで耐え切れない悲しみに押しつぶされそうに。
(どう? 今の完璧な「耐える令嬢」っぷり)
すると——
「リリエル様、お身体が……!」
誰かが叫んだ。
そう、ここで倒れるのが、最も効果的。
貧血を装い、ふらりと体を揺らす。予想通り、近くにいた騎士が慌てて支えてくれた。
「大丈夫ですか、リリエル様!」
「……申し訳……ありません……少し……」
目を閉じ、唇を震わせながら、ゆっくりと意識を手放す——ふりをする。
これで私は「突然の婚約破棄にショックを受け、倒れるほどの悲劇の令嬢」になることができる。そうなれば、もう勝ち戦も同然。
だって、私はすごくあざといのだから。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です
ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?
王家の賠償金請求
章槻雅希
恋愛
王太子イザイアの婚約者であったエルシーリアは真実の愛に出会ったという王太子に婚約解消を求められる。相手は男爵家庶子のジルダ。
解消とはいえ実質はイザイア有責の破棄に近く、きちんと慰謝料は支払うとのこと。更に王の決めた婚約者ではない女性を選ぶ以上、王太子位を返上し、王籍から抜けて平民になるという。
そこまで覚悟を決めているならエルシーリアに言えることはない。彼女は婚約解消を受け入れる。
しかし、エルシーリアは何とも言えない胸のモヤモヤを抱える。婚約解消がショックなのではない。イザイアのことは手のかかる出来の悪い弟分程度にしか思っていなかったから、失恋したわけでもない。
身勝手な婚約解消に怒る侍女と話をして、エルシーリアはそのモヤモヤの正体に気付く。そしてエルシーリアはそれを父公爵に告げるのだった。
『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····
藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」
……これは一体、どういう事でしょう?
いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。
ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全6話で完結になります。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる