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外泊のお誘い
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八月上旬。季節はすっかり夏の様相で、私が四月に市役所へ来てから、四ヵ月少し経ちました。
修太郎さんからプロポーズをしていただいたのが七月に入る直前の頃でしたので、左手の薬指に婚約指輪がある状態にも、大分慣れました。
「日織さん、今週末、仕事が終わったら僕の家に泊まりにいらしてください」
仕事が終わったらお食事でもどうですか?
まるでそんなお誘いのような軽い雰囲気でさらりと告げられた修太郎さんのお言葉に、私は条件反射で「はい、喜んで」とお答えしてから、すぐにその内容に気が付いて「えっ、えっ?」とドギマギしてしまう。
「ん? 聞き取りづらかったですか? 外泊のお誘いです」
修太郎さんが、屈託のない様子で、私が理解できるよう、先ほどの言葉を少し違うニュアンスに言い換えてくださる。
告げていらっしゃる言葉の内容とは裏腹に、にっこりとさわやかに微笑まれてしまって、私はドキドキしているのが、逆におかしいことのように感じてしまいました。
結局あれから修太郎さんはうちにもよくいらっしゃるようになって……お食事も一緒に摂ることが何度かあって、事実上、家族の一員として認識された感じになっています。
私も修太郎さんに連れられて絢乃さん――修太郎さんのお母様――のお宅で、一緒にお料理を作らせていただいて、そのまま三人で食卓を囲ませていただいたり、と親睦を深めています。
絢乃さんはあの会合の日、宣言してくださったように、本当の娘のように私を可愛がってくださいます。
さすがに修太郎さんのお父様――天馬さん――とはなかなか気楽に打ち解けることはできなくて……お会いしたのもあのお食事会のあとで考えると、たった一度だけ。それも市役所近くの喫茶店で、三人でお茶をした程度という感じで。
それだけでも緊張したのですけれど、初めてお会いしたときに感じたほどの威圧感はなくて……。
何度も本当に年の離れた修太郎でいいのか?と問いかけていらっしゃる表情は、まぎれもなく息子の幸せを願う父親のそれでした。
プロポーズを受けて数日後には、修太郎さんは当然のように都市計の皆さんにも報告をなさって……今や私たちの関係は職場でも周知の沙汰となっています。
私はそれが少し照れくさくて、ほんの少し居心地が悪かったりするのですけれど、実質仕事自体は今まで通り修太郎さんのそばで過ごさせていただく感じで……取り立てて周りの方々からからかわれることもなく、平穏無事に過ごせています。
そういえば、婚約のご報告をさせていただいたあとで、中本さんから「やったじゃない!」とロッカールームで手を握られて、泣きそうになってしまいました。
中本さんは健二さん――高橋さん――と結ばれることはないわけで……私ばかりが幸せになって申し訳ないと思ってしまうのに、自分の恋愛がうまくいくかどうかと、藤原さんの幸せとは別の話、と気持ちを切り替えたように接してくださるのがとても温かく、嬉しく感じました。
ここに来たばかりの頃は、色々言われて怖い人かもしれないと思ったりもしましたが、やはり中本さんは優しい方です。
「藤原さん相手だと、何か毒気抜かれるのよねー。いじめても響かないし」
そうおっしゃってベッと舌を出された中本さんは、私にとって、今やかけがえのない存在です。
修太郎さんからプロポーズをしていただいたのが七月に入る直前の頃でしたので、左手の薬指に婚約指輪がある状態にも、大分慣れました。
「日織さん、今週末、仕事が終わったら僕の家に泊まりにいらしてください」
仕事が終わったらお食事でもどうですか?
まるでそんなお誘いのような軽い雰囲気でさらりと告げられた修太郎さんのお言葉に、私は条件反射で「はい、喜んで」とお答えしてから、すぐにその内容に気が付いて「えっ、えっ?」とドギマギしてしまう。
「ん? 聞き取りづらかったですか? 外泊のお誘いです」
修太郎さんが、屈託のない様子で、私が理解できるよう、先ほどの言葉を少し違うニュアンスに言い換えてくださる。
告げていらっしゃる言葉の内容とは裏腹に、にっこりとさわやかに微笑まれてしまって、私はドキドキしているのが、逆におかしいことのように感じてしまいました。
結局あれから修太郎さんはうちにもよくいらっしゃるようになって……お食事も一緒に摂ることが何度かあって、事実上、家族の一員として認識された感じになっています。
私も修太郎さんに連れられて絢乃さん――修太郎さんのお母様――のお宅で、一緒にお料理を作らせていただいて、そのまま三人で食卓を囲ませていただいたり、と親睦を深めています。
絢乃さんはあの会合の日、宣言してくださったように、本当の娘のように私を可愛がってくださいます。
さすがに修太郎さんのお父様――天馬さん――とはなかなか気楽に打ち解けることはできなくて……お会いしたのもあのお食事会のあとで考えると、たった一度だけ。それも市役所近くの喫茶店で、三人でお茶をした程度という感じで。
それだけでも緊張したのですけれど、初めてお会いしたときに感じたほどの威圧感はなくて……。
何度も本当に年の離れた修太郎でいいのか?と問いかけていらっしゃる表情は、まぎれもなく息子の幸せを願う父親のそれでした。
プロポーズを受けて数日後には、修太郎さんは当然のように都市計の皆さんにも報告をなさって……今や私たちの関係は職場でも周知の沙汰となっています。
私はそれが少し照れくさくて、ほんの少し居心地が悪かったりするのですけれど、実質仕事自体は今まで通り修太郎さんのそばで過ごさせていただく感じで……取り立てて周りの方々からからかわれることもなく、平穏無事に過ごせています。
そういえば、婚約のご報告をさせていただいたあとで、中本さんから「やったじゃない!」とロッカールームで手を握られて、泣きそうになってしまいました。
中本さんは健二さん――高橋さん――と結ばれることはないわけで……私ばかりが幸せになって申し訳ないと思ってしまうのに、自分の恋愛がうまくいくかどうかと、藤原さんの幸せとは別の話、と気持ちを切り替えたように接してくださるのがとても温かく、嬉しく感じました。
ここに来たばかりの頃は、色々言われて怖い人かもしれないと思ったりもしましたが、やはり中本さんは優しい方です。
「藤原さん相手だと、何か毒気抜かれるのよねー。いじめても響かないし」
そうおっしゃってベッと舌を出された中本さんは、私にとって、今やかけがえのない存在です。
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