ヤンデレ辺境伯は年の離れた養い子に恋着する

鷹槻れん

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20.影を落とす挨拶

やっぱり大丈夫

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 今日は朝からペイン邸が、とても騒がしい。
 廊下を行き交う足音は誰も彼もいつもより急ぎ足で、侍女たちの声も、どこか浮き足立っている。

 ――セレン様の、デビュタント。

 それだけで、屋敷全体が落ち着かなくなるのだから不思議だ。
 たかが客人。そのはずなのに、やけに彼に対する待遇が厚い気がする。
 北の果ての領地を任された、しがない侯爵家の跡取り息子でもない三男坊。
 ダフネはセレンのことをそう聞かされているけれど、実は明かされていない秘密があるのではないかと勘繰りたくなってしまう。

 とはいえ――。
(あの美貌だもの。きっとみんな、見た目にやられてるところが大きいに違いないわ)
 そう思ってみれば、そわそわしている者たちの大半は女――侍女たちに見える。
 そんな羨望の対象の美丈夫の一夜をダフネが奪ったのだと思うと、何だか気持ちがいい。
 なのに――。

 これで今日のデビュタントにダフネが付き添えたならもっと心地よかったはずなのだ。
 それを許してくれなかったランディリック・グラハム・ライオールのことを思うと苦々しい気持ちがこみあげてくる。
 自分を脅してきたペンのことにしたって、どこまで知っているのか定かではないけれど、もし真実を知っているのだとしたら、なんのお咎めもなしにダフネのことをライオール侯爵家の養女として迎え入れようとしていることに説明がつかない。
(きっと苦し紛れのハッタリね!)
 言われた瞬間はそわそわして落ち着かなかったけれど、落ち着いて考えてみれば、そう考えるのが自然に思えた。

(それにしても……今日は、本当に忙しい日ね)

 ダフネは自室の扉を細く開け、外の様子をうかがった。
 いつもなら、密かに自分を監視するために控えているはずの視線が、今日はない。
 廊下の先では、布を整える音や金具の触れ合う音が重なり、その合間に、低く急かす声が飛び交っている。

(……今なら)

 胸の奥が、わずかに高鳴った。

 皆が慌ただしくセレンの支度にかかりきりで、ダフネの存在は、意識の外に追いやられている。

(少し出るだけよ。お姉さまに挨拶をして、戻ってくるだけ)

 それだけのことだ。

 ライオール家の養女となった以上、リリアンナに顔を合わせないままでいる方が、不自然ではないか。

(むしろ――礼を欠いていると侮られそうよ!)

 ダフネは外出用の上着の中からとりわけ地味目なものを選んで羽織ると、最低限の小物だけを手に取った。
 宝石も、あえて身につけない。だけど、コートの下には明らかに使用人とは違う上等なドレスを身に着けていた。
 ここを抜け出すにあたり、不必要に目立つのは困る。だけどリリアンナと対峙した時、一目で相手に〝自分は今、令嬢として大切にされている〟と知らしめる必要はあった。

 鏡の前で服装チェックをすると、ダフネは人の流れに紛れるように自室を抜け出して、ペイン邸の裏口を目指す。
 途中、使用人数名とすれ違ったけれど、誰もダフネを振り返らなかった。

(ほら。やっぱり大丈夫)

 裏口を抜け、屋敷から少し離れた先。
 街道沿いに、雇い馬車が並ぶ一角がある。

 デビュタントの日には、こうした馬車がひっきりなしに出入りする。
 仕立て屋へ向かう令嬢もいれば、使い走りの召使いもいる。
 そういう人間を乗せるため、今日はいつもより雇い馬車の数が多い。
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