117 / 144
19.保険の条件
火種
しおりを挟む
ペイン邸の門を出ると、蹄の音が乾いた間隔で石畳を打つ。
昼の光は均一で、王都は変わらず忙しないくらいに人々の営みを乗せて動いていた。
ランディリックは馬の歩調を落とし、思考を整理する。
ダフネは――焚き付ければ動く。
その見積もり自体は、間違ってはいなかった。
問題は、ランディリックにでさえ予測不能の動きをすることだ。
もともと図々しい娘だとは思っていたが、想定以上に要求がストレートで、前に出る。
本音を言えば、セレン――いや、ここではセレノ皇太子殿下と考えるべきか――。とにかく彼と並ばせ、デビュタントに同行させた方が、ランディリックとしては都合がよかった。
そうさせれば、ゴシップ好きの社交界のこと。
何もせずともセレノとダフネに関する下世話な噂が立って、周囲も勝手に二人は〝そういう仲〟だと納得しただろう。
――だが、まだ時期尚早なのだ。
ランディリックとしては、セレノ・アルヴェイン・ノルディール皇太子殿下が、正式にリリアンナを求めてくることがあったなら、その時に初めてダフネを使いたいと思っている。
すべてはリリアンナをセレノに奪わせないため。
だが、今はまだセレノ自身が、リリアンナに惹かれているであろう気持ちを公言しているわけではない。
そんな段階でダフネとの下手な火種を撒けば、間違いなく要らぬスキャンダルとなる。
こちらにとって何のリスクもない現状で、マーロケリーとの関係に余計な影を落とす必要性はない。
我がイスグラン帝国の皇太子、アレクト・グラン・ヴァルドール殿下が望む和平に、余計な傷をつける理由はない。
イスグラン帝国と、マーロケリー国とが友好的な関係になれたなら、ランディリックの国境警備役としての仕事は随分楽になるだろう。
ある意味願ったり叶ったりなのだ。
一度でもセレノとダフネが懇意にしているような証拠を押さえられてしまえば、噂では済まされなくなる。
〝そういうもの〟として固定されてしまう。
今はまだ、その段階ではない。
ダフネは癪に障る娘だが、いざというときにこれ以上ないほどの手札になる。
使い道も残っている。
だからこそ、今はまだ前に出させるわけにはいかなかった。
ダフネは、そのためにランディリックが手元に置いている駒だ。
保険とは、本来そういうものだ。
使う前に効力を失っては意味がない。
馬の首が揺れ、視界が開ける。
思考をいったん切る。
静かに進むはずだった。
歯車は、まだ噛み合っている。
ランディリックは、先のダフネとのやり取りで、軌道は修正できたと信じていた。
だが、そのことで別の火種が生まれたのは想定外だった――。
昼の光は均一で、王都は変わらず忙しないくらいに人々の営みを乗せて動いていた。
ランディリックは馬の歩調を落とし、思考を整理する。
ダフネは――焚き付ければ動く。
その見積もり自体は、間違ってはいなかった。
問題は、ランディリックにでさえ予測不能の動きをすることだ。
もともと図々しい娘だとは思っていたが、想定以上に要求がストレートで、前に出る。
本音を言えば、セレン――いや、ここではセレノ皇太子殿下と考えるべきか――。とにかく彼と並ばせ、デビュタントに同行させた方が、ランディリックとしては都合がよかった。
そうさせれば、ゴシップ好きの社交界のこと。
何もせずともセレノとダフネに関する下世話な噂が立って、周囲も勝手に二人は〝そういう仲〟だと納得しただろう。
――だが、まだ時期尚早なのだ。
ランディリックとしては、セレノ・アルヴェイン・ノルディール皇太子殿下が、正式にリリアンナを求めてくることがあったなら、その時に初めてダフネを使いたいと思っている。
すべてはリリアンナをセレノに奪わせないため。
だが、今はまだセレノ自身が、リリアンナに惹かれているであろう気持ちを公言しているわけではない。
そんな段階でダフネとの下手な火種を撒けば、間違いなく要らぬスキャンダルとなる。
こちらにとって何のリスクもない現状で、マーロケリーとの関係に余計な影を落とす必要性はない。
我がイスグラン帝国の皇太子、アレクト・グラン・ヴァルドール殿下が望む和平に、余計な傷をつける理由はない。
イスグラン帝国と、マーロケリー国とが友好的な関係になれたなら、ランディリックの国境警備役としての仕事は随分楽になるだろう。
ある意味願ったり叶ったりなのだ。
一度でもセレノとダフネが懇意にしているような証拠を押さえられてしまえば、噂では済まされなくなる。
〝そういうもの〟として固定されてしまう。
今はまだ、その段階ではない。
ダフネは癪に障る娘だが、いざというときにこれ以上ないほどの手札になる。
使い道も残っている。
だからこそ、今はまだ前に出させるわけにはいかなかった。
ダフネは、そのためにランディリックが手元に置いている駒だ。
保険とは、本来そういうものだ。
使う前に効力を失っては意味がない。
馬の首が揺れ、視界が開ける。
思考をいったん切る。
静かに進むはずだった。
歯車は、まだ噛み合っている。
ランディリックは、先のダフネとのやり取りで、軌道は修正できたと信じていた。
だが、そのことで別の火種が生まれたのは想定外だった――。
21
あなたにおすすめの小説
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
テイマーなのに獣人ばかりにモテすぎて困ってます!~彼女はまだツンデレ獣人に番認定されたことに気付いてない~
しましまにゃんこ
恋愛
リリアは、この春、アリシア王国で冒険者になったばかりのテイマーの女の子。早く冒険者として活動したいのに、まだ一匹もテイムすることができずに焦っている。
森に入れば触手に襲われ、街を歩けば獣人に襲われる無自覚天然ドジキャラのリリア。
そんなリリアを溺愛し、陰ながらこっそり見守る黒ヒョウ獣人のロルフは、いつもリリアに振り回されっぱなし。
実は二人の間にはある秘密が!?
剣と魔法、魔法道具が使えるファンタジーな世界で、テイマーとして活躍したい女の子と、好きなのに好きといえない獣人の男の子の、勘違い、溺愛、ジレジレ、時にヤンデレなドタバタ系ラブコメです!
『王女様は聖女様!?おてんば姫の冒険録~全属性の賢者、500年後に転生する!ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しにいきます!』と同じ世界です。今後「王女様~」のほうでも登場予定です。お楽しみに!
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
最終回まで予約投稿済みです。
毎日8時・20時に更新予定です。
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】
日下奈緒
恋愛
10年付き合った恋人と別れ、恋に臆病になっていた30歳の千尋。そんな彼女に、取引先で出会った御曹司・神楽木律が突然のプロポーズ。「交際0日で結婚しよう」なんて冗談でしょ?──戸惑いながら始まった新婚生活。冷めた仮面夫婦のはずが、律の一途な想いに千尋の心は少しずつほどけていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる