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20.影を落とす挨拶
ここまで来た甲斐があった
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「ここへは来るなと言っておいただろう。何不自由ない対応はしていたはずなのに……どうしてペイン邸を出た?」
その言葉を、リリアンナは、恐らくランディリックのすぐ背後で聞いている。
ランディリックのせいで、リリアンナがどんな顔をしているのか見えないのが本当に残念だ。
だって、ランディリックは、一度もリリアンナの方を見なかったのだから。
良くは知らないけれど、きっと……今までリリアンナは彼からこんな扱いを受けたことはないはずだ。
ランディリックがリリアンナを溺愛していることは、聞こうと思わなくても色んなところから耳に入っていた。
ライオール辺境伯が、後見人として保護しているウールウォード伯爵令嬢を、我が子以上に大切にしている。
敵国マーロケリー国と目と鼻の先、北の端にある辺境の地・ニンルシーラでの出来事のはずなのに、その話題は遠く離れた王都エスパハレの社交界にまで轟いていた。
ペイン邸で〝一介の下女として〟働いていたダフネの耳にでさえ入ってくるほどに……。
そのリリアンナが〝蔑ろ〟にされて、自分の方が〝優遇〟されている。
こんな愉快なことがあるだろうか。
「ひどい……」
ダフネは、悲しそうに瞳を伏せて見せる。
「そんな言い方、しなくたって……。私はただ……お姉さまにご挨拶をと思っただけですのに」
そう言って、懸命にリリアンナの様子を見ようと頑張ったけれど、まるでそれを阻止したいみたいにランディリックに肩を掴まれた。
すぐそこに、花かごを抱えたまま立ち尽くすリリアンナの姿があるはずなのに……見られないのはすごく残念だ。
――でも、視線を下向ければ、視界の端にリリアンナの靴先が見える。
(大丈夫。いなくなったりしていない。ちゃんと、こちらを見ているんだわ)
「今日は……リリアンナお姉さまの大切な日でしょう?」
ダフネは、甘えを含んだ柔らかな声で続ける。
「ですから、せめて一言……家族として、お祝いを申し上げたかっただけですの」
ランディリックの眉間に、深い皺が刻まれる。
「その必要はない」
きっぱりとした声音。
そして次の瞬間――あろうことか、彼の手がダフネの手首を、強く掴んできた。
「っ……!」
予想していたとはいえ、思わず声が漏れる。
だが、それすら――。
きっと、周囲から見れば、勝手に外へ出てきてしまった令嬢を、無理矢理連れ戻す仕草に見えている気がした。
「ペイン邸へ戻るぞ」
短く、それだけ告げて、ランディリックはダフネを引き寄せ、早足に歩き出した。
「ちょ、ちょっと……ランディリックお義父さま!?」
わざとらしく抗議の声を上げながら、ダフネはチャンスとばかりにリリアンナの方を振り返る。
――見えた。
花かごを胸に抱えたまま、その場に立ち尽くすリリアンナの姿が。
困惑と、驚きと、そして――言葉にできない何かを、はっきりと宿した表情。
(……ふふ)
胸の奥が、熱を帯びる。
(やっぱり)
リリアンナは、思っているはずだ。
――どうしてランディリックは自分ではなく、ダフネを優先したの? と。
ランディリックに連れ去られながら、ダフネは所在なく取り残された子猫のような顔をするリリアンナを見て、そんなふうに確信する。
(……ここまで来た甲斐があったわ)
これだけで、今日の挨拶は……確かに――リリアンナの中へ〝影を〟落としたはずだ。
それが消えないものになると、信じて疑わないダフネは、これからきっとランディリックにかなり手痛いしっぺ返しを食らうと思いながらも、それすら帳消しにできる成果だと思った。
その言葉を、リリアンナは、恐らくランディリックのすぐ背後で聞いている。
ランディリックのせいで、リリアンナがどんな顔をしているのか見えないのが本当に残念だ。
だって、ランディリックは、一度もリリアンナの方を見なかったのだから。
良くは知らないけれど、きっと……今までリリアンナは彼からこんな扱いを受けたことはないはずだ。
ランディリックがリリアンナを溺愛していることは、聞こうと思わなくても色んなところから耳に入っていた。
ライオール辺境伯が、後見人として保護しているウールウォード伯爵令嬢を、我が子以上に大切にしている。
敵国マーロケリー国と目と鼻の先、北の端にある辺境の地・ニンルシーラでの出来事のはずなのに、その話題は遠く離れた王都エスパハレの社交界にまで轟いていた。
ペイン邸で〝一介の下女として〟働いていたダフネの耳にでさえ入ってくるほどに……。
そのリリアンナが〝蔑ろ〟にされて、自分の方が〝優遇〟されている。
こんな愉快なことがあるだろうか。
「ひどい……」
ダフネは、悲しそうに瞳を伏せて見せる。
「そんな言い方、しなくたって……。私はただ……お姉さまにご挨拶をと思っただけですのに」
そう言って、懸命にリリアンナの様子を見ようと頑張ったけれど、まるでそれを阻止したいみたいにランディリックに肩を掴まれた。
すぐそこに、花かごを抱えたまま立ち尽くすリリアンナの姿があるはずなのに……見られないのはすごく残念だ。
――でも、視線を下向ければ、視界の端にリリアンナの靴先が見える。
(大丈夫。いなくなったりしていない。ちゃんと、こちらを見ているんだわ)
「今日は……リリアンナお姉さまの大切な日でしょう?」
ダフネは、甘えを含んだ柔らかな声で続ける。
「ですから、せめて一言……家族として、お祝いを申し上げたかっただけですの」
ランディリックの眉間に、深い皺が刻まれる。
「その必要はない」
きっぱりとした声音。
そして次の瞬間――あろうことか、彼の手がダフネの手首を、強く掴んできた。
「っ……!」
予想していたとはいえ、思わず声が漏れる。
だが、それすら――。
きっと、周囲から見れば、勝手に外へ出てきてしまった令嬢を、無理矢理連れ戻す仕草に見えている気がした。
「ペイン邸へ戻るぞ」
短く、それだけ告げて、ランディリックはダフネを引き寄せ、早足に歩き出した。
「ちょ、ちょっと……ランディリックお義父さま!?」
わざとらしく抗議の声を上げながら、ダフネはチャンスとばかりにリリアンナの方を振り返る。
――見えた。
花かごを胸に抱えたまま、その場に立ち尽くすリリアンナの姿が。
困惑と、驚きと、そして――言葉にできない何かを、はっきりと宿した表情。
(……ふふ)
胸の奥が、熱を帯びる。
(やっぱり)
リリアンナは、思っているはずだ。
――どうしてランディリックは自分ではなく、ダフネを優先したの? と。
ランディリックに連れ去られながら、ダフネは所在なく取り残された子猫のような顔をするリリアンナを見て、そんなふうに確信する。
(……ここまで来た甲斐があったわ)
これだけで、今日の挨拶は……確かに――リリアンナの中へ〝影を〟落としたはずだ。
それが消えないものになると、信じて疑わないダフネは、これからきっとランディリックにかなり手痛いしっぺ返しを食らうと思いながらも、それすら帳消しにできる成果だと思った。
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