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26.ひとりは怖いの、と結葉は言った
一緒に寝るわけにゃいかねぇしな
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「あー、すっかり忘れてたけど……布団、買ってこなきゃいけねーわ」
実家に戻れば予備の布団ぐらいはあるだろうが、結葉を寝かせるとなると新品のほうが好ましい。
この部屋にある、自分が使っていた布団に結葉を寝かせるのなんて絶対論外だと思ってしまった想だ。
(結葉がくさくなっちまう)
結葉が動くたび、ふわりと漂う彼女の甘い香りが、自分のにおいに侵食されるとか有り得ない。
(昼間に干せてたならまだしも……)
今日はバタバタしていて、そこまで気が回らなかったことを、想は今更のように後悔した。
(ま、干せてたとしてもねぇけどな)
想の言葉に、結葉が「あのっ、でもっ、わざわざ買うとか申し訳ないよ」と顔を曇らせる。
布団を一式買うとなると結構な金額になる。
結葉はそれを心配しているらしい。
ましてや想は、それを結葉に使わせようと思っている。
怒られそうだし、何より結葉が気後れしてしまいそうだから彼女には言えないが、安価な薄い布団を買うつもりなんてさらさらないのだ。
「バーカ。だからってうちにゃー布団、一組しかねぇんだから買うしかねぇだろ。――冬に布団なしはキツイ。どう考えても必要経費だ」
(一緒に寝るわけにゃいかねぇしな)
心の中でそう付け加えた想だったけれど、結葉は納得がいかないみたいにじっと想を見つめてくる。
そうして「うちの……」と言おうとしてキュッと眉根を寄せて口を閉ざしてしまった。
きっと、結葉は、自分の実家に眠っている客用布団のことを思い浮かべたんだろう。
だが、いま実家に布団なんか取りに行ったりしたら、偉央に見つかってしまうかも知れない。
それを思い出して続きが言えなくなってしまったらしい。
それは同時に、結葉の実家の隣にある、想の生家にもそのまま当てはまってしまうわけで。
「想ちゃん……私のせいで本当にごめんなさい」
結葉は、自分を匿うことになってしまったばっかりに、想に沢山負担をかけてしまっていると思っているに違いない。
結葉の性格を思えば引け目に感じるのは仕方ない事なのかもしれないが、それでもやっぱり〝私のせい〟という物言いが、想は気に入らなかった。
「こら、結葉。モールでした約束、もう忘れちまったのか?」
想はそんな結葉に、彼女の当面の着替えなどが入った袋をポンポンと叩いてみせる。
「こういうのは結葉、どういう買い方をしたんだっけ?」
わざと声のトーンを落として問えば、結葉が「……その、か、カード払いしたと思えって言われた」と小さく返す。
「そういうこと!」
そこでニッと結葉に笑って見せると、
「必要だと思ったら俺、結葉にちゃんと請求するっちゅったよな? まぁ布団に関しては俺も客用のがひとつ欲しいと思ってたから別件だけど……変に気ぃ遣うなよ。――正直そう言うんはやりづらくて叶わねぇ」
それは、想の本心からの言葉だった。
***
布団はすぐに必要だったから、近所の少し大きめなショッピングセンターに買いに行くことにした。
さすがに今からまた市外の、は時間的に厳しいと判断してのことだったけれど、そうなると問題は――。
「結葉。ひとりで留守番するか? それとも……」
――俺と一緒に来るか?
そう言外に含ませたら、結葉が泣きそうな顔で瞳を揺らせて。
「……すぐに……帰ってきて、くれる?」
不安に揺れる瞳で想を見上げてきた。
想は結葉のその表情にグッと胸が詰まってしまう。
(クソッ。どうにかなんねぇかな)
そこまで考えて、リビングにあるDVDデッキに表示されたデジタル時計を見て。
(十八時半か……。ならきっと大丈夫だよな)
そう思った想は、スマートフォンを取り出して、連絡先リストの中から『よく使う項目』を開いた。
***
丁度電車から降りたところで着信を知らせてきたスマートフォンに、芹は小さく吐息を落とした。
「お兄ちゃん……」
サイレントモードにしてあったから着信音こそ鳴らなかったけれど、ブーッ、ブーッと一定のリズムで振動を伝えてくるバイブ音に、しつこいぞー!とか思ってしまう。
大抵家に帰ればまだ仕事中の兄と出会うことの多い芹だったけれど、日によっては現場からアパートに直帰してしまう兄とはすれ違う日もある。
その兄が、自分の帰宅時刻を見計らったみたいに連絡してきたことに、何となく嫌な予感を覚えた芹だ。
五つ歳の離れた兄の想とは、別に不仲なわけではない。
いや、むしろ仲の良い兄妹だと思う。
思うのだけれど――。
仕事を終えて、「疲れたぁ~」としょぼしょぼする目をこすりながら家を目指している時ぐらい、平穏に過ごさせて?と思ってしまう。
芹は大学を卒業してずっと、電車で三駅行った先の、オフィス用品通販の大手有名企業『アスキチャウ』で営業アシスタントをしている。
『アスキチャウ』、ほとんどの会社のオフィスに、カタログが置いてあるんじゃないかしら?と思うくらいのやり手企業だ。
芹はそこで、売上データの入力や、受発注書類の作成、営業社員が作った企画書の修正や、チラシやポスターなどといった販促ツールを制作する制作会社やウェブサイトを更新する制作会社との事務的なやりとりをすることを主な業務内容として働いている。
基本的にパソコンの画面を眺めていることが多い仕事のため、結構目が疲れるのだけれど、残業が月に五時間以内と、ほぼ定時で帰れるのがいい。
そうして何より、人間関係が円滑なのが魅力で、長く勤められる会社だなと思っている。
実家に戻れば予備の布団ぐらいはあるだろうが、結葉を寝かせるとなると新品のほうが好ましい。
この部屋にある、自分が使っていた布団に結葉を寝かせるのなんて絶対論外だと思ってしまった想だ。
(結葉がくさくなっちまう)
結葉が動くたび、ふわりと漂う彼女の甘い香りが、自分のにおいに侵食されるとか有り得ない。
(昼間に干せてたならまだしも……)
今日はバタバタしていて、そこまで気が回らなかったことを、想は今更のように後悔した。
(ま、干せてたとしてもねぇけどな)
想の言葉に、結葉が「あのっ、でもっ、わざわざ買うとか申し訳ないよ」と顔を曇らせる。
布団を一式買うとなると結構な金額になる。
結葉はそれを心配しているらしい。
ましてや想は、それを結葉に使わせようと思っている。
怒られそうだし、何より結葉が気後れしてしまいそうだから彼女には言えないが、安価な薄い布団を買うつもりなんてさらさらないのだ。
「バーカ。だからってうちにゃー布団、一組しかねぇんだから買うしかねぇだろ。――冬に布団なしはキツイ。どう考えても必要経費だ」
(一緒に寝るわけにゃいかねぇしな)
心の中でそう付け加えた想だったけれど、結葉は納得がいかないみたいにじっと想を見つめてくる。
そうして「うちの……」と言おうとしてキュッと眉根を寄せて口を閉ざしてしまった。
きっと、結葉は、自分の実家に眠っている客用布団のことを思い浮かべたんだろう。
だが、いま実家に布団なんか取りに行ったりしたら、偉央に見つかってしまうかも知れない。
それを思い出して続きが言えなくなってしまったらしい。
それは同時に、結葉の実家の隣にある、想の生家にもそのまま当てはまってしまうわけで。
「想ちゃん……私のせいで本当にごめんなさい」
結葉は、自分を匿うことになってしまったばっかりに、想に沢山負担をかけてしまっていると思っているに違いない。
結葉の性格を思えば引け目に感じるのは仕方ない事なのかもしれないが、それでもやっぱり〝私のせい〟という物言いが、想は気に入らなかった。
「こら、結葉。モールでした約束、もう忘れちまったのか?」
想はそんな結葉に、彼女の当面の着替えなどが入った袋をポンポンと叩いてみせる。
「こういうのは結葉、どういう買い方をしたんだっけ?」
わざと声のトーンを落として問えば、結葉が「……その、か、カード払いしたと思えって言われた」と小さく返す。
「そういうこと!」
そこでニッと結葉に笑って見せると、
「必要だと思ったら俺、結葉にちゃんと請求するっちゅったよな? まぁ布団に関しては俺も客用のがひとつ欲しいと思ってたから別件だけど……変に気ぃ遣うなよ。――正直そう言うんはやりづらくて叶わねぇ」
それは、想の本心からの言葉だった。
***
布団はすぐに必要だったから、近所の少し大きめなショッピングセンターに買いに行くことにした。
さすがに今からまた市外の、は時間的に厳しいと判断してのことだったけれど、そうなると問題は――。
「結葉。ひとりで留守番するか? それとも……」
――俺と一緒に来るか?
そう言外に含ませたら、結葉が泣きそうな顔で瞳を揺らせて。
「……すぐに……帰ってきて、くれる?」
不安に揺れる瞳で想を見上げてきた。
想は結葉のその表情にグッと胸が詰まってしまう。
(クソッ。どうにかなんねぇかな)
そこまで考えて、リビングにあるDVDデッキに表示されたデジタル時計を見て。
(十八時半か……。ならきっと大丈夫だよな)
そう思った想は、スマートフォンを取り出して、連絡先リストの中から『よく使う項目』を開いた。
***
丁度電車から降りたところで着信を知らせてきたスマートフォンに、芹は小さく吐息を落とした。
「お兄ちゃん……」
サイレントモードにしてあったから着信音こそ鳴らなかったけれど、ブーッ、ブーッと一定のリズムで振動を伝えてくるバイブ音に、しつこいぞー!とか思ってしまう。
大抵家に帰ればまだ仕事中の兄と出会うことの多い芹だったけれど、日によっては現場からアパートに直帰してしまう兄とはすれ違う日もある。
その兄が、自分の帰宅時刻を見計らったみたいに連絡してきたことに、何となく嫌な予感を覚えた芹だ。
五つ歳の離れた兄の想とは、別に不仲なわけではない。
いや、むしろ仲の良い兄妹だと思う。
思うのだけれど――。
仕事を終えて、「疲れたぁ~」としょぼしょぼする目をこすりながら家を目指している時ぐらい、平穏に過ごさせて?と思ってしまう。
芹は大学を卒業してずっと、電車で三駅行った先の、オフィス用品通販の大手有名企業『アスキチャウ』で営業アシスタントをしている。
『アスキチャウ』、ほとんどの会社のオフィスに、カタログが置いてあるんじゃないかしら?と思うくらいのやり手企業だ。
芹はそこで、売上データの入力や、受発注書類の作成、営業社員が作った企画書の修正や、チラシやポスターなどといった販促ツールを制作する制作会社やウェブサイトを更新する制作会社との事務的なやりとりをすることを主な業務内容として働いている。
基本的にパソコンの画面を眺めていることが多い仕事のため、結構目が疲れるのだけれど、残業が月に五時間以内と、ほぼ定時で帰れるのがいい。
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