【完結】【R18】結婚相手を間違えました

鷹槻れん

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33.久々の我が家

散らかったままの靴

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***


 偉央いお結葉ゆいはが住んでいたタワーマンションは、生体認証が鍵になっていた。

 生体認証には顔認証や虹彩認証など、さまざまなものがあるらしいのだが、このマンションのそれは指紋認証システム採用だ。

 結葉ゆいはは(どうかまだ登録が抹消されていませんように)と祈るような気持ちで正面入り口にあるセンサーに恐る恐る右手人差し指を当てる。

 ――と、すぐにピッという聞き慣れた音がして、難なく目の前の自動ドアが開いた。

(よかった……)

 マンションの入り口は、割と『みしょう動物病院』から丸見えの位置にあるため、結葉ゆいははいそいそと中に入って――。

 すぐに真正面の受付ブースにいるコンシェルジュらと目が合った。

 結葉ゆいはに気が付いた斉藤と白木しらきが、何か話し掛けたそうに結葉ゆいはを見つめてきたけれど、結葉ゆいはは心の中で〝後程ちゃんとうかがいます!〟と言い訳をして、ペコペコと頭を下げながら急いでエレベーターホールへと向かう。

 本来ならばすぐにでも受付に駆け寄って、先日のお礼を伝えたいところだけれど、今はとにかく偉央いおがいない間に手荷物を部屋に置いて来てしまいたい一心だった結葉ゆいはだ。

 上の階へ上がるため、呼び出しボタンを押すと、たまたま一階に箱があったらしく、すぐに扉が開いて――。

 個室に乗り込んで、「閉」ボタンを押したら、ドアが閉まり切る寸前、受付の方から走ってきた斉藤に「あのっ……!」と声を掛けられた。

 けれど、結葉ゆいはが「えっ」とその声に目を向けたときには、扉が閉まり切ってエレベーターは上昇を開始してしまって。

 結葉ゆいはは心の中で〝本当にごめんなさいっ。後でちゃんと伺います!〟と言い訳をすると、手にした紙袋をギュッと握りしめた。


 たくさん詰めすぎたからだろうか。

 ふと見ると、持ち手の付け根のところが、破れて来ていて、結葉ゆいはは落っことしたら大変、と紙袋を両手で抱き抱え直す。

 そのせいで前が見えにくくなってしまったけれど、エレベーターの扉が開いたら、部屋までは一直線の通路だ。

 約三年間住んでいた場所ではあるし、きっと視覚の不便さを〝慣れ〟がカバーしてくれるよね?と、結葉ゆいはは不安な気持ちを払拭するみたいに一生懸命自分に言い聞かせた。


***


 夕飯をまともに食べず、ちゃんとしたベッドで眠りもしない生活のせいで、無理が祟ってしまったのだろうか。

 朝までほぼ一睡も出来なかった結果、偉央いおはマトモに立って居られないほどの眩暈めまいに襲われて、なかなか起き上がることが出来なかった。

 待合室に掛けてある時計を見ると、午前四時半。

 もう数時間もすれば、スタッフたちがやって来て、『みしょう動物病院』のいつも通りの一日がスタートしてしまう。


(ダメだ……)

 院長としては在るまじき情けないことだけれど、このままではとてもじゃないが仕事をすることが出来そうにない、と思ってしまった偉央いおだ。

(とりあえず、一旦マンションに戻るしかないか)

 結葉ゆいはの居ないあの部屋に帰るのは正直気が乗らないけれど、ここでずっと寝て居られない以上、自宅に戻るしかない。

(ベッドで寝れば、始業時刻までに回復出来るかもしれない)

 そう思った偉央いおは、自分が中にいたため、作動させて居なかった警備会社のセキュリティシステムをオンにすると、ふらつく足を鼓舞しながら『みしょう動物病院』を出る。

 物伝いに歩けるところはそうしながら進んで、道路を渡るときだけは何も寄りかかれるところがなかったので足がもつれそうになるのを必死で堪えながら何とか歩いて――。

 幸い早朝で車が全く走って居なかったから横断出来たけれど、昼間だったら立ち往生……もしくは渡る前に歩道にうずくまって居たかも知れない。

 よろけるようにマンションエントランスのドアを開けて中に入ると、物凄い酩酊感めいていかんに襲われて思わずその場に膝を折ってしまった。

「大丈夫ですか?」

 偉央いおの異変に気付いた男性コンシェルジュが駆け寄ってきて、偉央いおを立たせてくれる。

 夜間は男性コンシェルジュに代わっているのは知って居たけれど、それが有難く思えてしまった偉央いおだ。

 やはり、結葉ゆいはの逃亡劇を知るあの女性二人に会うのは、弱り切った今だけは避けたいと思ってしまったから。

「……申し訳ない」

 人の手を取ってしまったことに謝ると、「お気になさらず。それよりも一人で歩けますか?」と問われて。

 本当ならば、一人で歩くことなんて到底出来そうにないのだけれど。

 こんな時でさえも、プライドが邪魔をして人に頼ることをいさぎよしと思えない偉央いおは、なけなしの気力を振り絞って「大丈夫です」と答えてしまって。

 グッと両足に力を入れてふらつく身体を鼓舞すると、エレベーターホールを目指した。



 玄関扉を開けて家に入ったと同時、靴を脱ごうとしたらバランスを崩してシューズクロークに置かれていた靴を、いくつか足元に払い落としてしまった偉央いおだ。

 いつもならすぐに拾って土間には何もない状態にするのだけれど、いまはとてもじゃないがそんな気力はない。

 ふと視線を落とした足元。

 自分の靴に混ざって、結葉ゆいはの小さなパンプスなどが散乱しているのを見て、偉央いおはギュッと胸が締め付けられるような思いがした。

 結葉ゆいはを監禁していた最終日、服は全て取り上げたけれど、靴だけは敢えて残したのを思い出す。

 もしも結葉ゆいはが決死の覚悟で逃げ出したとして、履き物がなかったら足を怪我してしまうと思ったから。

 自分が足枷あしかせをつけてしまったことで痛々しいくらいに足首に傷を負ってしまった結葉ゆいはに、あれ以上手傷を負わせるのは忍びないと思ってしまったのだ。

結葉ゆいはの足の怪我は治っただろうか)

 ズルズルと身体を壁にこするようにして寝室を目指しながら、偉央いおはそんなことを思った。
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