182 / 228
33.久々の我が家
散らかったままの靴
しおりを挟む
***
偉央と結葉が住んでいたタワーマンションは、生体認証が鍵になっていた。
生体認証には顔認証や虹彩認証など、さまざまなものがあるらしいのだが、このマンションのそれは指紋認証システム採用だ。
結葉は(どうかまだ登録が抹消されていませんように)と祈るような気持ちで正面入り口にあるセンサーに恐る恐る右手人差し指を当てる。
――と、すぐにピッという聞き慣れた音がして、難なく目の前の自動ドアが開いた。
(よかった……)
マンションの入り口は、割と『みしょう動物病院』から丸見えの位置にあるため、結葉はいそいそと中に入って――。
すぐに真正面の受付ブースにいるコンシェルジュらと目が合った。
結葉に気が付いた斉藤と白木が、何か話し掛けたそうに結葉を見つめてきたけれど、結葉は心の中で〝後程ちゃんとうかがいます!〟と言い訳をして、ペコペコと頭を下げながら急いでエレベーターホールへと向かう。
本来ならばすぐにでも受付に駆け寄って、先日のお礼を伝えたいところだけれど、今はとにかく偉央がいない間に手荷物を部屋に置いて来てしまいたい一心だった結葉だ。
上の階へ上がるため、呼び出しボタンを押すと、たまたま一階に箱があったらしく、すぐに扉が開いて――。
個室に乗り込んで、「閉」ボタンを押したら、ドアが閉まり切る寸前、受付の方から走ってきた斉藤に「あのっ……!」と声を掛けられた。
けれど、結葉が「えっ」とその声に目を向けたときには、扉が閉まり切ってエレベーターは上昇を開始してしまって。
結葉は心の中で〝本当にごめんなさいっ。後でちゃんと伺います!〟と言い訳をすると、手にした紙袋をギュッと握りしめた。
たくさん詰めすぎたからだろうか。
ふと見ると、持ち手の付け根のところが、破れて来ていて、結葉は落っことしたら大変、と紙袋を両手で抱き抱え直す。
そのせいで前が見えにくくなってしまったけれど、エレベーターの扉が開いたら、部屋までは一直線の通路だ。
約三年間住んでいた場所ではあるし、きっと視覚の不便さを〝慣れ〟がカバーしてくれるよね?と、結葉は不安な気持ちを払拭するみたいに一生懸命自分に言い聞かせた。
***
夕飯をまともに食べず、ちゃんとしたベッドで眠りもしない生活のせいで、無理が祟ってしまったのだろうか。
朝までほぼ一睡も出来なかった結果、偉央はマトモに立って居られないほどの眩暈に襲われて、なかなか起き上がることが出来なかった。
待合室に掛けてある時計を見ると、午前四時半。
もう数時間もすれば、スタッフたちがやって来て、『みしょう動物病院』のいつも通りの一日がスタートしてしまう。
(ダメだ……)
院長としては在るまじき情けないことだけれど、このままではとてもじゃないが仕事をすることが出来そうにない、と思ってしまった偉央だ。
(とりあえず、一旦マンションに戻るしかないか)
結葉の居ないあの部屋に帰るのは正直気が乗らないけれど、ここでずっと寝て居られない以上、自宅に戻るしかない。
(ベッドで寝れば、始業時刻までに回復出来るかもしれない)
そう思った偉央は、自分が中にいたため、作動させて居なかった警備会社のセキュリティシステムをオンにすると、ふらつく足を鼓舞しながら『みしょう動物病院』を出る。
物伝いに歩けるところはそうしながら進んで、道路を渡るときだけは何も寄りかかれるところがなかったので足がもつれそうになるのを必死で堪えながら何とか歩いて――。
幸い早朝で車が全く走って居なかったから横断出来たけれど、昼間だったら立ち往生……もしくは渡る前に歩道にうずくまって居たかも知れない。
よろけるようにマンションエントランスのドアを開けて中に入ると、物凄い酩酊感に襲われて思わずその場に膝を折ってしまった。
「大丈夫ですか?」
偉央の異変に気付いた男性コンシェルジュが駆け寄ってきて、偉央を立たせてくれる。
夜間は男性コンシェルジュに代わっているのは知って居たけれど、それが有難く思えてしまった偉央だ。
やはり、結葉の逃亡劇を知るあの女性二人に会うのは、弱り切った今だけは避けたいと思ってしまったから。
「……申し訳ない」
人の手を取ってしまったことに謝ると、「お気になさらず。それよりも一人で歩けますか?」と問われて。
本当ならば、一人で歩くことなんて到底出来そうにないのだけれど。
こんな時でさえも、プライドが邪魔をして人に頼ることを潔しと思えない偉央は、なけなしの気力を振り絞って「大丈夫です」と答えてしまって。
グッと両足に力を入れてふらつく身体を鼓舞すると、エレベーターホールを目指した。
玄関扉を開けて家に入ったと同時、靴を脱ごうとしたらバランスを崩してシューズクロークに置かれていた靴を、いくつか足元に払い落としてしまった偉央だ。
いつもならすぐに拾って土間には何もない状態にするのだけれど、いまはとてもじゃないがそんな気力はない。
ふと視線を落とした足元。
自分の靴に混ざって、結葉の小さなパンプスなどが散乱しているのを見て、偉央はギュッと胸が締め付けられるような思いがした。
結葉を監禁していた最終日、服は全て取り上げたけれど、靴だけは敢えて残したのを思い出す。
もしも結葉が決死の覚悟で逃げ出したとして、履き物がなかったら足を怪我してしまうと思ったから。
自分が足枷をつけてしまったことで痛々しいくらいに足首に傷を負ってしまった結葉に、あれ以上手傷を負わせるのは忍びないと思ってしまったのだ。
(結葉の足の怪我は治っただろうか)
ズルズルと身体を壁にこするようにして寝室を目指しながら、偉央はそんなことを思った。
偉央と結葉が住んでいたタワーマンションは、生体認証が鍵になっていた。
生体認証には顔認証や虹彩認証など、さまざまなものがあるらしいのだが、このマンションのそれは指紋認証システム採用だ。
結葉は(どうかまだ登録が抹消されていませんように)と祈るような気持ちで正面入り口にあるセンサーに恐る恐る右手人差し指を当てる。
――と、すぐにピッという聞き慣れた音がして、難なく目の前の自動ドアが開いた。
(よかった……)
マンションの入り口は、割と『みしょう動物病院』から丸見えの位置にあるため、結葉はいそいそと中に入って――。
すぐに真正面の受付ブースにいるコンシェルジュらと目が合った。
結葉に気が付いた斉藤と白木が、何か話し掛けたそうに結葉を見つめてきたけれど、結葉は心の中で〝後程ちゃんとうかがいます!〟と言い訳をして、ペコペコと頭を下げながら急いでエレベーターホールへと向かう。
本来ならばすぐにでも受付に駆け寄って、先日のお礼を伝えたいところだけれど、今はとにかく偉央がいない間に手荷物を部屋に置いて来てしまいたい一心だった結葉だ。
上の階へ上がるため、呼び出しボタンを押すと、たまたま一階に箱があったらしく、すぐに扉が開いて――。
個室に乗り込んで、「閉」ボタンを押したら、ドアが閉まり切る寸前、受付の方から走ってきた斉藤に「あのっ……!」と声を掛けられた。
けれど、結葉が「えっ」とその声に目を向けたときには、扉が閉まり切ってエレベーターは上昇を開始してしまって。
結葉は心の中で〝本当にごめんなさいっ。後でちゃんと伺います!〟と言い訳をすると、手にした紙袋をギュッと握りしめた。
たくさん詰めすぎたからだろうか。
ふと見ると、持ち手の付け根のところが、破れて来ていて、結葉は落っことしたら大変、と紙袋を両手で抱き抱え直す。
そのせいで前が見えにくくなってしまったけれど、エレベーターの扉が開いたら、部屋までは一直線の通路だ。
約三年間住んでいた場所ではあるし、きっと視覚の不便さを〝慣れ〟がカバーしてくれるよね?と、結葉は不安な気持ちを払拭するみたいに一生懸命自分に言い聞かせた。
***
夕飯をまともに食べず、ちゃんとしたベッドで眠りもしない生活のせいで、無理が祟ってしまったのだろうか。
朝までほぼ一睡も出来なかった結果、偉央はマトモに立って居られないほどの眩暈に襲われて、なかなか起き上がることが出来なかった。
待合室に掛けてある時計を見ると、午前四時半。
もう数時間もすれば、スタッフたちがやって来て、『みしょう動物病院』のいつも通りの一日がスタートしてしまう。
(ダメだ……)
院長としては在るまじき情けないことだけれど、このままではとてもじゃないが仕事をすることが出来そうにない、と思ってしまった偉央だ。
(とりあえず、一旦マンションに戻るしかないか)
結葉の居ないあの部屋に帰るのは正直気が乗らないけれど、ここでずっと寝て居られない以上、自宅に戻るしかない。
(ベッドで寝れば、始業時刻までに回復出来るかもしれない)
そう思った偉央は、自分が中にいたため、作動させて居なかった警備会社のセキュリティシステムをオンにすると、ふらつく足を鼓舞しながら『みしょう動物病院』を出る。
物伝いに歩けるところはそうしながら進んで、道路を渡るときだけは何も寄りかかれるところがなかったので足がもつれそうになるのを必死で堪えながら何とか歩いて――。
幸い早朝で車が全く走って居なかったから横断出来たけれど、昼間だったら立ち往生……もしくは渡る前に歩道にうずくまって居たかも知れない。
よろけるようにマンションエントランスのドアを開けて中に入ると、物凄い酩酊感に襲われて思わずその場に膝を折ってしまった。
「大丈夫ですか?」
偉央の異変に気付いた男性コンシェルジュが駆け寄ってきて、偉央を立たせてくれる。
夜間は男性コンシェルジュに代わっているのは知って居たけれど、それが有難く思えてしまった偉央だ。
やはり、結葉の逃亡劇を知るあの女性二人に会うのは、弱り切った今だけは避けたいと思ってしまったから。
「……申し訳ない」
人の手を取ってしまったことに謝ると、「お気になさらず。それよりも一人で歩けますか?」と問われて。
本当ならば、一人で歩くことなんて到底出来そうにないのだけれど。
こんな時でさえも、プライドが邪魔をして人に頼ることを潔しと思えない偉央は、なけなしの気力を振り絞って「大丈夫です」と答えてしまって。
グッと両足に力を入れてふらつく身体を鼓舞すると、エレベーターホールを目指した。
玄関扉を開けて家に入ったと同時、靴を脱ごうとしたらバランスを崩してシューズクロークに置かれていた靴を、いくつか足元に払い落としてしまった偉央だ。
いつもならすぐに拾って土間には何もない状態にするのだけれど、いまはとてもじゃないがそんな気力はない。
ふと視線を落とした足元。
自分の靴に混ざって、結葉の小さなパンプスなどが散乱しているのを見て、偉央はギュッと胸が締め付けられるような思いがした。
結葉を監禁していた最終日、服は全て取り上げたけれど、靴だけは敢えて残したのを思い出す。
もしも結葉が決死の覚悟で逃げ出したとして、履き物がなかったら足を怪我してしまうと思ったから。
自分が足枷をつけてしまったことで痛々しいくらいに足首に傷を負ってしまった結葉に、あれ以上手傷を負わせるのは忍びないと思ってしまったのだ。
(結葉の足の怪我は治っただろうか)
ズルズルと身体を壁にこするようにして寝室を目指しながら、偉央はそんなことを思った。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【完】経理部の女王様が落ちた先には
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位
高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け
ピンヒールの音を響かせ歩く
“経理部の女王様”
そんな女王様が落ちた先にいたのは
虫1匹も殺せないような男だった・・・。
ベリーズカフェ総合ランキング4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
関連物語
『ソレは、脱がさないで』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『初めてのベッドの上で珈琲を』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜
入海月子
恋愛
「君といると曲のアイディアが湧くんだ」
昔から大ファンで、好きで好きでたまらない
憧れのミュージシャン藤崎東吾。
その人が作曲するには私が必要だと言う。
「それってほんと?」
藤崎さんの新しい曲、藤崎さんの新しいアルバム。
「私がいればできるの?私を抱いたらできるの?」
絶対後悔するとわかってるのに、正気の沙汰じゃないとわかっているのに、私は頷いてしまった……。
**********************************************
仕事を頑張る希とカリスマミュージシャン藤崎の
体から始まるキュンとくるラブストーリー。
お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛
ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。
社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。
玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。
そんな二人が恋に落ちる。
廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・
あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。
そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。
二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。
祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。
看取り人
織部
ライト文芸
宗介は、末期癌患者が最後を迎える場所、ホスピスのベッドに横たわり、いずれ訪れるであろう最後の時が来るのを待っていた。
後悔はない。そして訪れる人もいない。そんな中、彼が唯一の心残りは心の底で今も疼く若かりし頃の思い出、そして最愛の人のこと。
そんな時、彼の元に1人の少年が訪れる。
「僕は、看取り人です。貴方と最後の時を過ごすために参りました」
これは看取り人と宗介の最後の数時間の語らいの話し
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる