【完結】【R18】結婚相手を間違えました

鷹槻れん

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34.出て来ない結葉*

凪のふたり

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***

 コンシェルジュとの電話を切ってすぐ、そう結葉ゆいはに電話をかけてみた。

 だけど何度かけてみても、留守電が作動するばかりで一向に繋がらない。

 ラインも送ってみたけれどいくら待っても既読になる気配がなくて。

「クソッ」

 思わず舌打ち混じりに吐き捨てると、そうは車のエンジンをかけた。

 助手席に載せた結葉ゆいはお手製の弁当がふと目に入ったけれど、今日はこれを食べているゆとりはなさそうだった。


***


 商店街に程近い現場から、結葉ゆいはが住んでいたタワーマンションまで車で――渋滞などに遭わずスムーズに行ければ――約十分。

 気持ちがやたらといているからか、信号待ちですらもどかしいと思ってしまったそうだ。

 それに、今日はやたらめったら信号に引っ掛かるように感じるのは、気のせいだろうか。


 前方で赤いランプを灯す信号機を睨み付けるように見詰めながら、そうは我知らずあれこれと思いを馳せる。

結葉ゆいは。何でお前俺に何も言わずに一人でマンションに行ったりしたんだよ……)

 結葉ゆいはは、あんなにも旦那に会うのを怖がっていたはずなのに、一体何を考えているんだろうか。


 無論、そうだって鬼じゃない。

 結葉ゆいはが本気で旦那に会いたいと言えば、個人的な気持ちとしてはどんなにモヤモヤするところがあろうとも、それを押し殺してちゃんと二人が会えるよう手配をするぐらいのこと、出来るつもりだった。

(俺がダメって言うとでも思ったのかよ!)

 そう考えたそうだったけれど、それは何か違う気がして。

 そもそも自分は結葉ゆいはに、面と向かってそんな話をした覚えだってある。

 結葉ゆいはは「その時はお願いするね」と、そうの手を微かに震える小さな手で握ってきたのだ。

(とすると――)

 やはり偉央いおから届いていた手紙にその答えがあるような気がしたそうだ。

 あの封書、結葉ゆいは宛だからと開封せずに彼女に渡してしまったけれど、こんなことならば中身をあらためてから手渡すべきだった。

 そんなことを思って、(いや、それは人としてダメだろ)と、慌ててその考えを否定する。

 そこで信号が青になって。

 そうは一旦思考を引き上げると車を発進させた。


***


「やっぱり結葉ゆいはの手料理は優しい味がして美味しいね」

 ベッド横。
 ドレッサーの椅子を持ってきて、気持ち夫から距離をあけるようにして腰掛けた結葉ゆいはに、偉央いおが静かな声音でそっと話し掛けてくる。

(相変わらず偉央いおさんは上品な食べ方をなさるな)

 そんなことを思いながらぼんやり偉央いおを見詰めていた結葉ゆいはは、偉央いおに淡く微笑みかけられてドキッとしてしまった。

 結葉ゆいはは、偉央いおの箸を持つ手指のスッと長くて、その所作が美しいところが大好きだった。

 結婚前、結葉ゆいはは見合いの席で偉央いおが食事をする光景を見るとはなしに眺めて、〝この人となら、毎日三食一緒にご飯を食べてもきっと不快な気持ちにはならないだろうな〟と思ったのを鮮明に覚えている。

 結婚してからここ数年は、食事の時すら偉央いおの顔色をうかがっていた結葉ゆいはだ。

 張り詰めた空気の中、偉央いおがこんな風に綺麗な食べ方をする人だったことすら、いつの間にか見えなくなってしまっていたんだなぁと思って。

(私たち、一体どのぐらい長い間、ボタンを掛け間違え続けてきたんだろう)

 そんなことを考えて、結葉ゆいはは両手で包み込んだ湯呑みをギュッと握りしめる。

 最初は熱くてこんな風に持つことが敵わなかった湯呑みも、今は大分中身が冷めて、強く握ってもほんのりと温かい程度にしか感じられない。


「お口に合って良かったです」

 答えながら、そう言えば偉央いおとの関係が悪化してからは、自分が作った料理に対して「美味しい」と余り言われなくなっていた気がした結葉ゆいはだ。

 それでも偉央いおは、結葉ゆいはが出したものは残さず全部綺麗に食べてくれていたから、不味いとは思われていないんだろうな、程度に感じていたのを思い出す。


「よく考えてみたら、僕は最近キミに『美味しいね』とか『作ってくれて有難う』とか、ちゃんと言葉にして伝えていなかったね。――本当にすまない」

 まさか偉央いおも同じことを想起していただなんて思わなかった結葉ゆいはは、半ば無意識に伏せ気味にしていた顔を上げて、偉央いおをじっと見詰めて。

「ん?」

 偉央いおに小首を傾げられてしまった。

 そのことにビクッとして、「な、何でもありません」と目を逸らして。
 湯呑みの中でフルフルと揺れるお茶の水面みなもに視線を落とした結葉ゆいはは、その揺れに励まされるように再度顔を上げた。

「私も……」

 小さくつぶやくように結葉ゆいはが口を開いたのを、偉央いおが何も言わずに聞いてくれている。

 それにホッとしたように、結葉ゆいははポツンポツンと言葉を続けた。

「私も……偉央いおさんと同じことを思っていたので少し驚いてしまいました」

 言ったら、「そっか……」と自分を責めるでも結葉ゆいはに同調するわけでもなく、ただただ静かな声音が返ってくる。

 今日の偉央いおは本当に穏やかで。
 結葉ゆいははほんの少しだけど肩の力を抜くことが出来ている自分にちょっぴり驚いてしまう。

(こんな風に凪いだ気持ちで偉央いおさんと話が出来たのは何年振りだろう)

 そう思ってしまった。
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