188 / 228
34.出て来ない結葉*
凪のふたり
しおりを挟む
***
コンシェルジュとの電話を切ってすぐ、想は結葉に電話をかけてみた。
だけど何度かけてみても、留守電が作動するばかりで一向に繋がらない。
ラインも送ってみたけれどいくら待っても既読になる気配がなくて。
「クソッ」
思わず舌打ち混じりに吐き捨てると、想は車のエンジンをかけた。
助手席に載せた結葉お手製の弁当がふと目に入ったけれど、今日はこれを食べているゆとりはなさそうだった。
***
商店街に程近い現場から、結葉が住んでいたタワーマンションまで車で――渋滞などに遭わずスムーズに行ければ――約十分。
気持ちがやたらと急いているからか、信号待ちですらもどかしいと思ってしまった想だ。
それに、今日はやたらめったら信号に引っ掛かるように感じるのは、気のせいだろうか。
前方で赤いランプを灯す信号機を睨み付けるように見詰めながら、想は我知らずあれこれと思いを馳せる。
(結葉。何でお前俺に何も言わずに一人でマンションに行ったりしたんだよ……)
結葉は、あんなにも旦那に会うのを怖がっていたはずなのに、一体何を考えているんだろうか。
無論、想だって鬼じゃない。
結葉が本気で旦那に会いたいと言えば、個人的な気持ちとしてはどんなにモヤモヤするところがあろうとも、それを押し殺してちゃんと二人が会えるよう手配をするぐらいのこと、出来るつもりだった。
(俺がダメって言うとでも思ったのかよ!)
そう考えた想だったけれど、それは何か違う気がして。
そもそも自分は結葉に、面と向かってそんな話をした覚えだってある。
結葉は「その時はお願いするね」と、想の手を微かに震える小さな手で握ってきたのだ。
(とすると――)
やはり偉央から届いていた手紙にその答えがあるような気がした想だ。
あの封書、結葉宛だからと開封せずに彼女に渡してしまったけれど、こんなことならば中身を検めてから手渡すべきだった。
そんなことを思って、(いや、それは人としてダメだろ)と、慌ててその考えを否定する。
そこで信号が青になって。
想は一旦思考を引き上げると車を発進させた。
***
「やっぱり結葉の手料理は優しい味がして美味しいね」
ベッド横。
ドレッサーの椅子を持ってきて、気持ち夫から距離をあけるようにして腰掛けた結葉に、偉央が静かな声音でそっと話し掛けてくる。
(相変わらず偉央さんは上品な食べ方をなさるな)
そんなことを思いながらぼんやり偉央を見詰めていた結葉は、偉央に淡く微笑みかけられてドキッとしてしまった。
結葉は、偉央の箸を持つ手指のスッと長くて、その所作が美しいところが大好きだった。
結婚前、結葉は見合いの席で偉央が食事をする光景を見るとはなしに眺めて、〝この人となら、毎日三食一緒にご飯を食べてもきっと不快な気持ちにはならないだろうな〟と思ったのを鮮明に覚えている。
結婚してからここ数年は、食事の時すら偉央の顔色を窺っていた結葉だ。
張り詰めた空気の中、偉央がこんな風に綺麗な食べ方をする人だったことすら、いつの間にか見えなくなってしまっていたんだなぁと思って。
(私たち、一体どのぐらい長い間、ボタンを掛け間違え続けてきたんだろう)
そんなことを考えて、結葉は両手で包み込んだ湯呑みをギュッと握りしめる。
最初は熱くてこんな風に持つことが敵わなかった湯呑みも、今は大分中身が冷めて、強く握ってもほんのりと温かい程度にしか感じられない。
「お口に合って良かったです」
答えながら、そう言えば偉央との関係が悪化してからは、自分が作った料理に対して「美味しい」と余り言われなくなっていた気がした結葉だ。
それでも偉央は、結葉が出したものは残さず全部綺麗に食べてくれていたから、不味いとは思われていないんだろうな、程度に感じていたのを思い出す。
「よく考えてみたら、僕は最近キミに『美味しいね』とか『作ってくれて有難う』とか、ちゃんと言葉にして伝えていなかったね。――本当にすまない」
まさか偉央も同じことを想起していただなんて思わなかった結葉は、半ば無意識に伏せ気味にしていた顔を上げて、偉央をじっと見詰めて。
「ん?」
偉央に小首を傾げられてしまった。
そのことにビクッとして、「な、何でもありません」と目を逸らして。
湯呑みの中でフルフルと揺れるお茶の水面に視線を落とした結葉は、その揺れに励まされるように再度顔を上げた。
「私も……」
小さくつぶやくように結葉が口を開いたのを、偉央が何も言わずに聞いてくれている。
それにホッとしたように、結葉はポツンポツンと言葉を続けた。
「私も……偉央さんと同じことを思っていたので少し驚いてしまいました」
言ったら、「そっか……」と自分を責めるでも結葉に同調するわけでもなく、ただただ静かな声音が返ってくる。
今日の偉央は本当に穏やかで。
結葉はほんの少しだけど肩の力を抜くことが出来ている自分にちょっぴり驚いてしまう。
(こんな風に凪いだ気持ちで偉央さんと話が出来たのは何年振りだろう)
そう思ってしまった。
コンシェルジュとの電話を切ってすぐ、想は結葉に電話をかけてみた。
だけど何度かけてみても、留守電が作動するばかりで一向に繋がらない。
ラインも送ってみたけれどいくら待っても既読になる気配がなくて。
「クソッ」
思わず舌打ち混じりに吐き捨てると、想は車のエンジンをかけた。
助手席に載せた結葉お手製の弁当がふと目に入ったけれど、今日はこれを食べているゆとりはなさそうだった。
***
商店街に程近い現場から、結葉が住んでいたタワーマンションまで車で――渋滞などに遭わずスムーズに行ければ――約十分。
気持ちがやたらと急いているからか、信号待ちですらもどかしいと思ってしまった想だ。
それに、今日はやたらめったら信号に引っ掛かるように感じるのは、気のせいだろうか。
前方で赤いランプを灯す信号機を睨み付けるように見詰めながら、想は我知らずあれこれと思いを馳せる。
(結葉。何でお前俺に何も言わずに一人でマンションに行ったりしたんだよ……)
結葉は、あんなにも旦那に会うのを怖がっていたはずなのに、一体何を考えているんだろうか。
無論、想だって鬼じゃない。
結葉が本気で旦那に会いたいと言えば、個人的な気持ちとしてはどんなにモヤモヤするところがあろうとも、それを押し殺してちゃんと二人が会えるよう手配をするぐらいのこと、出来るつもりだった。
(俺がダメって言うとでも思ったのかよ!)
そう考えた想だったけれど、それは何か違う気がして。
そもそも自分は結葉に、面と向かってそんな話をした覚えだってある。
結葉は「その時はお願いするね」と、想の手を微かに震える小さな手で握ってきたのだ。
(とすると――)
やはり偉央から届いていた手紙にその答えがあるような気がした想だ。
あの封書、結葉宛だからと開封せずに彼女に渡してしまったけれど、こんなことならば中身を検めてから手渡すべきだった。
そんなことを思って、(いや、それは人としてダメだろ)と、慌ててその考えを否定する。
そこで信号が青になって。
想は一旦思考を引き上げると車を発進させた。
***
「やっぱり結葉の手料理は優しい味がして美味しいね」
ベッド横。
ドレッサーの椅子を持ってきて、気持ち夫から距離をあけるようにして腰掛けた結葉に、偉央が静かな声音でそっと話し掛けてくる。
(相変わらず偉央さんは上品な食べ方をなさるな)
そんなことを思いながらぼんやり偉央を見詰めていた結葉は、偉央に淡く微笑みかけられてドキッとしてしまった。
結葉は、偉央の箸を持つ手指のスッと長くて、その所作が美しいところが大好きだった。
結婚前、結葉は見合いの席で偉央が食事をする光景を見るとはなしに眺めて、〝この人となら、毎日三食一緒にご飯を食べてもきっと不快な気持ちにはならないだろうな〟と思ったのを鮮明に覚えている。
結婚してからここ数年は、食事の時すら偉央の顔色を窺っていた結葉だ。
張り詰めた空気の中、偉央がこんな風に綺麗な食べ方をする人だったことすら、いつの間にか見えなくなってしまっていたんだなぁと思って。
(私たち、一体どのぐらい長い間、ボタンを掛け間違え続けてきたんだろう)
そんなことを考えて、結葉は両手で包み込んだ湯呑みをギュッと握りしめる。
最初は熱くてこんな風に持つことが敵わなかった湯呑みも、今は大分中身が冷めて、強く握ってもほんのりと温かい程度にしか感じられない。
「お口に合って良かったです」
答えながら、そう言えば偉央との関係が悪化してからは、自分が作った料理に対して「美味しい」と余り言われなくなっていた気がした結葉だ。
それでも偉央は、結葉が出したものは残さず全部綺麗に食べてくれていたから、不味いとは思われていないんだろうな、程度に感じていたのを思い出す。
「よく考えてみたら、僕は最近キミに『美味しいね』とか『作ってくれて有難う』とか、ちゃんと言葉にして伝えていなかったね。――本当にすまない」
まさか偉央も同じことを想起していただなんて思わなかった結葉は、半ば無意識に伏せ気味にしていた顔を上げて、偉央をじっと見詰めて。
「ん?」
偉央に小首を傾げられてしまった。
そのことにビクッとして、「な、何でもありません」と目を逸らして。
湯呑みの中でフルフルと揺れるお茶の水面に視線を落とした結葉は、その揺れに励まされるように再度顔を上げた。
「私も……」
小さくつぶやくように結葉が口を開いたのを、偉央が何も言わずに聞いてくれている。
それにホッとしたように、結葉はポツンポツンと言葉を続けた。
「私も……偉央さんと同じことを思っていたので少し驚いてしまいました」
言ったら、「そっか……」と自分を責めるでも結葉に同調するわけでもなく、ただただ静かな声音が返ってくる。
今日の偉央は本当に穏やかで。
結葉はほんの少しだけど肩の力を抜くことが出来ている自分にちょっぴり驚いてしまう。
(こんな風に凪いだ気持ちで偉央さんと話が出来たのは何年振りだろう)
そう思ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
【完】経理部の女王様が落ちた先には
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位
高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け
ピンヒールの音を響かせ歩く
“経理部の女王様”
そんな女王様が落ちた先にいたのは
虫1匹も殺せないような男だった・・・。
ベリーズカフェ総合ランキング4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
関連物語
『ソレは、脱がさないで』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『初めてのベッドの上で珈琲を』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛
ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。
社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。
玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。
そんな二人が恋に落ちる。
廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・
あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。
そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。
二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。
祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。
私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜
入海月子
恋愛
「君といると曲のアイディアが湧くんだ」
昔から大ファンで、好きで好きでたまらない
憧れのミュージシャン藤崎東吾。
その人が作曲するには私が必要だと言う。
「それってほんと?」
藤崎さんの新しい曲、藤崎さんの新しいアルバム。
「私がいればできるの?私を抱いたらできるの?」
絶対後悔するとわかってるのに、正気の沙汰じゃないとわかっているのに、私は頷いてしまった……。
**********************************************
仕事を頑張る希とカリスマミュージシャン藤崎の
体から始まるキュンとくるラブストーリー。
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる