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34.出て来ない結葉*
三二〇一号室
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***
想が御庄家のあるタワーマンションに辿り着いたと同時、ポツポツとにわか雨が降ってきて。
今日は雨が降るなんて予報、ひとつもなかったはずなのに、と雨を避けるように手をかざして建物に近付きながら思った想だ。
(こんな馬鹿らしい胸騒ぎ、どうか杞憂であってくれ)
そう願わずにはいられない。
予報にない雨降りは、自分の不安を象徴しているみたいで、想は凄くイヤだった。
(結葉……。頼むから無事でいろよ⁉︎)
現地に着いたら先ほど着信があった番号に折り返すよう指示を受けていた想は、車を降りてマンションに向けて歩きながらスマートフォンを操作する。
画面をポツポツと雨が濡らしたけれどそんなの今の想にはどうでもよかった。
スマホを耳に当てたまま大股で歩いてエントランスまで行って――。
想が、コンシェルジュたちがいる受付けを真正面に認めたのとほぼ同時、電話が繋がって通話口から『ロック、解除しましたのでそのままお入りください』という声が聞こえてくる。
斉藤たちの方も入り口の様子を気にしてくれていたんだろう。
ほぼタイムラグなしで、歩みを止めることなく建物内に入れた想だ。
「三二階の一番奥。三二〇一号室が御庄さんのお宅の部屋番号です」
言われるまでもなく、一度体調の悪そうな結葉を伴って部屋前まで行ったことがある想だ。
偉央に、結葉のことで牽制した場所だ。
よく覚えている。
「あの……ちなみに結葉は――」
ダメ元だと分かっていながらも一応問いかけたら「まだ。――彼女もご主人もお見かけしていません」と鎮痛な面持ちで斉藤が言って。
彼女のすぐ横で『白木』と言うネームプレートを付けた女性も、不安そうな顔で想を見つめていた。
「分かりました。とりあえず行ってみます」
(バカ結葉! 心配かけやがって!)
心の中でそう吐き捨てながら、想はエレベーターホールに駆け出していた。
三二階ともなれば、さすがに階段を駆け上がって行くのはしんどい。
きっと箱が降りてくるのを待つ時間がどんなにもどかしくても、エレベーターを使った方が確実に早く上まで行けるはずだ。
エレベーターの呼び出しボタンを押した想は、はやる気持ちを抑えながら階数表示を見つめた。
***
目が覚めた時、微かに寝室の外――キッチン辺りで何かが動いている音がしている気がして、偉央はとうとう自分は幻聴まで聴こえるようになってしまったのかと溜め息をついた。
今日の未明に部屋に戻ってきて、酷くふらつく癖に、ついいつもの習慣でシャワーだけは浴びて。
冷静になって考えてみれば、よく風呂場で倒れなかったものだと自分の悪運の強さに嫌気がさした。
あのままバスルームで倒れて死ねていたら、結葉を失った苦しみから解放されたかも知れないのに。
そもそも、偉央が仕事場から帰宅するなり風呂に直行していたのは、愛する妻に何か悪いものを伝染すようなことになってはいけないと思っていたからに他ならない。
独身の頃は感染力の高い感染症にでも出会わない限り、そこまで神経質に気を遣っていなかった偉央だ。
結葉のいない家に帰って、彼女がいた時のように振る舞ってしまったこと自体、偉央には自分が酷く弱っていて、判断能力を失っている象徴のように思えた。
それでも――。
もしまかり間違って結葉が自分の元へ帰って来てくれたなら、この愚行だってきっと報われるし、意味があると思えるのに。
そんなことを思いながらベッドに身体を預けていたら、思ったよりも身体は休息を求めていたのだろう。
いつの間にか泥のように眠ってしまっていた。
カーテンはいつ閉めた時のままなのか、ずっと閉ざされっぱなしだったので、目を覚ました偉央は、今現在何時ぐらいで、外は日が昇っているのかどうかすら分からなくて。
(いや……)
考えてみれば八時過ぎに目覚ましをセットしておいて、病院に電話したんだったとぼんやり思い出した偉央だ。
確か、電話に出たのは受付の女性・加屋だった。
偉央が体調不良で休む旨を伝えると、加屋から酷く心配されたのを思い出す。
彼女は偉央が今の場所に『みしょう動物病院』を構える前からずっと一緒に働いてきた旧知の仕事仲間だ。
偉央が動物病院を開業する前に世話になっていた病院のスタッフ仲間の一人――。
それが加屋美春だった。
結葉にプレゼントした雪日は、実は美春の家からもらった子だったりする。
***
それにしても――。
やはりキッチンの方から物音が聞こえるのは気のせいではないかも知れないと思い始めた偉央だ。
目覚めてすぐの頃は幻聴だと思っていた物音だったが、それにしてはやけにハッキリと気配が感じられる気がして。
(泥棒だろうか?)
ふとそんなことを考えて、このマンションのセキュリティの高さを思って有り得ない話だと打ち消した。
では――?
(もしかして……結葉が帰って来てくれた?)
そんなこと有りはしないと頭では分かっているのに、心が〝確認してみるだけしてみればいいじゃないか〟とざわついて。
偉央はまだ少しフラつく足を鼓舞して寝室を出た。
想が御庄家のあるタワーマンションに辿り着いたと同時、ポツポツとにわか雨が降ってきて。
今日は雨が降るなんて予報、ひとつもなかったはずなのに、と雨を避けるように手をかざして建物に近付きながら思った想だ。
(こんな馬鹿らしい胸騒ぎ、どうか杞憂であってくれ)
そう願わずにはいられない。
予報にない雨降りは、自分の不安を象徴しているみたいで、想は凄くイヤだった。
(結葉……。頼むから無事でいろよ⁉︎)
現地に着いたら先ほど着信があった番号に折り返すよう指示を受けていた想は、車を降りてマンションに向けて歩きながらスマートフォンを操作する。
画面をポツポツと雨が濡らしたけれどそんなの今の想にはどうでもよかった。
スマホを耳に当てたまま大股で歩いてエントランスまで行って――。
想が、コンシェルジュたちがいる受付けを真正面に認めたのとほぼ同時、電話が繋がって通話口から『ロック、解除しましたのでそのままお入りください』という声が聞こえてくる。
斉藤たちの方も入り口の様子を気にしてくれていたんだろう。
ほぼタイムラグなしで、歩みを止めることなく建物内に入れた想だ。
「三二階の一番奥。三二〇一号室が御庄さんのお宅の部屋番号です」
言われるまでもなく、一度体調の悪そうな結葉を伴って部屋前まで行ったことがある想だ。
偉央に、結葉のことで牽制した場所だ。
よく覚えている。
「あの……ちなみに結葉は――」
ダメ元だと分かっていながらも一応問いかけたら「まだ。――彼女もご主人もお見かけしていません」と鎮痛な面持ちで斉藤が言って。
彼女のすぐ横で『白木』と言うネームプレートを付けた女性も、不安そうな顔で想を見つめていた。
「分かりました。とりあえず行ってみます」
(バカ結葉! 心配かけやがって!)
心の中でそう吐き捨てながら、想はエレベーターホールに駆け出していた。
三二階ともなれば、さすがに階段を駆け上がって行くのはしんどい。
きっと箱が降りてくるのを待つ時間がどんなにもどかしくても、エレベーターを使った方が確実に早く上まで行けるはずだ。
エレベーターの呼び出しボタンを押した想は、はやる気持ちを抑えながら階数表示を見つめた。
***
目が覚めた時、微かに寝室の外――キッチン辺りで何かが動いている音がしている気がして、偉央はとうとう自分は幻聴まで聴こえるようになってしまったのかと溜め息をついた。
今日の未明に部屋に戻ってきて、酷くふらつく癖に、ついいつもの習慣でシャワーだけは浴びて。
冷静になって考えてみれば、よく風呂場で倒れなかったものだと自分の悪運の強さに嫌気がさした。
あのままバスルームで倒れて死ねていたら、結葉を失った苦しみから解放されたかも知れないのに。
そもそも、偉央が仕事場から帰宅するなり風呂に直行していたのは、愛する妻に何か悪いものを伝染すようなことになってはいけないと思っていたからに他ならない。
独身の頃は感染力の高い感染症にでも出会わない限り、そこまで神経質に気を遣っていなかった偉央だ。
結葉のいない家に帰って、彼女がいた時のように振る舞ってしまったこと自体、偉央には自分が酷く弱っていて、判断能力を失っている象徴のように思えた。
それでも――。
もしまかり間違って結葉が自分の元へ帰って来てくれたなら、この愚行だってきっと報われるし、意味があると思えるのに。
そんなことを思いながらベッドに身体を預けていたら、思ったよりも身体は休息を求めていたのだろう。
いつの間にか泥のように眠ってしまっていた。
カーテンはいつ閉めた時のままなのか、ずっと閉ざされっぱなしだったので、目を覚ました偉央は、今現在何時ぐらいで、外は日が昇っているのかどうかすら分からなくて。
(いや……)
考えてみれば八時過ぎに目覚ましをセットしておいて、病院に電話したんだったとぼんやり思い出した偉央だ。
確か、電話に出たのは受付の女性・加屋だった。
偉央が体調不良で休む旨を伝えると、加屋から酷く心配されたのを思い出す。
彼女は偉央が今の場所に『みしょう動物病院』を構える前からずっと一緒に働いてきた旧知の仕事仲間だ。
偉央が動物病院を開業する前に世話になっていた病院のスタッフ仲間の一人――。
それが加屋美春だった。
結葉にプレゼントした雪日は、実は美春の家からもらった子だったりする。
***
それにしても――。
やはりキッチンの方から物音が聞こえるのは気のせいではないかも知れないと思い始めた偉央だ。
目覚めてすぐの頃は幻聴だと思っていた物音だったが、それにしてはやけにハッキリと気配が感じられる気がして。
(泥棒だろうか?)
ふとそんなことを考えて、このマンションのセキュリティの高さを思って有り得ない話だと打ち消した。
では――?
(もしかして……結葉が帰って来てくれた?)
そんなこと有りはしないと頭では分かっているのに、心が〝確認してみるだけしてみればいいじゃないか〟とざわついて。
偉央はまだ少しフラつく足を鼓舞して寝室を出た。
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