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38.二人暮らし
妥協の勧め
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***
「美春。どうしたんだよ、こんなところで。――ひょっとして僕を待ち伏せでもしてたのか?」
あちらがその気なら乗ってやってもいいか、と思ってしまったのは、偉央の心が今現在隙間だらけで荒みまくりだったからかも知れない。
結葉と結婚してからは、妻以外の女性には全く関心がなくなって、美春はおろか、他のどんな女性とも不貞な関係になったことはなかった偉央だったけれど、もうどうでもいいかと思ってしまった。
考えてみれば、自分は随分と長いこと女性を抱いていない。
同居していた折には、妻の意思なんてお構いなしに結葉を無理矢理組み敷いたことは幾度もあったけれど、別居してからは当然そういうこともなかった。
婚姻時のように愛しい結葉が抱ければベストだが、もうそれは叶わない夢だ。
だったら昔みたいに適当な女性で男の欲を解消しても良いんじゃないかと投げやりなことを思った偉央だ。
先程からチラチラと偉央の左手薬指に視線を送ってくる美春に気付かないほど自分は鈍感には出来ていない。
「……うん。だって偉央、この所ずっと病院泊まりだったでしょう? その……今日は離婚も成立したみたいだし……えっと、ご、ご飯でもと思っ……」
「――食事だけで済む話? ねぇ美春。正直に言ったらどう? 夕飯の後はキミの家に泊めてくれるって話なんだろ?」
美春は、わざわざ偉央の離婚が成立したこのタイミングで誘いをかけてきたのだ。
下心が皆無ということはないだろう。
今日はマンション整理のつもりで出てきたけれど、いつもならこの時間にコンビニに食料――主にエナジーゼリー系や飲み物――を買いに行っていた偉央だ。
きっと美春はそれを知っていて待ち伏せしていたに違いない。
いくら美春だって、ずっと建物内に引きこもっているかも知れない相手を外で長々と待っていることはないだろうから。
だとすれば、彼女はこの所の偉央の行動パターンを把握していて……。
その上で今までは行動に移さなかったのを、わざわざ自分が離婚したこのタイミングで動いたと考えるのが自然だと思えた。
相手にそのつもりがあるなら、今日くらいこの辛さを紛らわせるため、彼女の欲に乗っかっても罰は当たらないだろう。
「……来て……くれるの?」
美春が恐る恐る聞いてくるのが滑稽に思えた偉央はクスッと笑って助手席ドアを開けた。
「そのつもりで声を掛けてきたくせに今更カマトトぶるなよ。ちょうど僕もそっちの方は随分ご無沙汰でぶっちゃけかなり溜まってるんだ。……なぁ美春。当然昔みたいに付き合ってくれるんだろう?」
――オーケーならそのまま車に乗り込めばいい。
――そうでないなら何か理由をつけて断れば? 僕は別にどちらでも構わない。
そういうつもりで、意地悪く当たりの良い営業スマイルを浮かべて美春を見つめたら、予想外にギュッと抱き付かれて。
不意打ちのような抱擁に、偉央は正直驚かされてしまった。
「お願い、偉央。私の前でぐらいそんなに無理して自分を取り繕わないで?」
美春のその言葉に、偉央の喉の奥、言葉にならない声がヒュッと喘鳴のような音を立てて溢れ出る。
「美春に……僕の何が分かるんだよ」
一拍おいて紡いだ言葉は、偉央自身驚くほど冷え冷えとしたものだった。
なのに美春は怯むどころかそんな偉央を真っ直ぐに見つめ返してきて言うのだ。
「最愛の奥さんと離婚した偉央の気持ちは私には分からない。でも……振り向いてくれない相手に好意を寄せ続ける辛さなら私にも理解出来る」
偉央を強い眼差しで見上げたまま、美春は偉央の服を掴んだ手指に力を込める。
「だって……私はずっと貴方に片想いをし続けてきたんだもの」
美春が自分のことを憎からず思っているのは、独身時代同僚として不埒な関係を築いている時から感じていた偉央だ。
だけど――。
それは偉央同様、気軽に遊べる気兼ねのないセフレとしての気安さの上に成り立った好意だとずっと思っていた。
もしも今みたいに美春が本気をぶつけてきたら、偉央は絶対に彼女と男女の関係にはならなかったし、そんな面倒は御免だと骨身に染みていたから。
「美春、僕は――」
「本気の女は相手にしない、でしょう?」
グッと美春の身体を自分から引き剥がすようにして、偉央が断りを入れようとしたら、先んじて美春に封じられてしまった。
「だったら――」
(それが分かっていて何故美春は今更そんな真っ直ぐな思いを僕にぶつけてくるんだろう?)
「玉砕覚悟でぶつからなきゃ、いつまでも平行線だから」
まるで、偉央の心の中を見透かしたようなセリフと共に、美春にグイッと服の胸元を引っ張られて。
半ば強引に口付けられた偉央は突然のことに彼女を振り払うことも出来ないままに瞳を見開いて固まってしまう。
「この前偉央が奥様にしたあれこれを聞いて私、思ったの。偉央はすっごく好きな相手とはうまくいかないタイプだって」
キスを解くなり美春が偉央を食い入るような眼差しで見上げてそう宣言して。
「ねぇ偉央。私にしときなよ」
偉央は、何も言えずにそんな彼女をじっと見下ろすことしか出来なかった。
「美春。どうしたんだよ、こんなところで。――ひょっとして僕を待ち伏せでもしてたのか?」
あちらがその気なら乗ってやってもいいか、と思ってしまったのは、偉央の心が今現在隙間だらけで荒みまくりだったからかも知れない。
結葉と結婚してからは、妻以外の女性には全く関心がなくなって、美春はおろか、他のどんな女性とも不貞な関係になったことはなかった偉央だったけれど、もうどうでもいいかと思ってしまった。
考えてみれば、自分は随分と長いこと女性を抱いていない。
同居していた折には、妻の意思なんてお構いなしに結葉を無理矢理組み敷いたことは幾度もあったけれど、別居してからは当然そういうこともなかった。
婚姻時のように愛しい結葉が抱ければベストだが、もうそれは叶わない夢だ。
だったら昔みたいに適当な女性で男の欲を解消しても良いんじゃないかと投げやりなことを思った偉央だ。
先程からチラチラと偉央の左手薬指に視線を送ってくる美春に気付かないほど自分は鈍感には出来ていない。
「……うん。だって偉央、この所ずっと病院泊まりだったでしょう? その……今日は離婚も成立したみたいだし……えっと、ご、ご飯でもと思っ……」
「――食事だけで済む話? ねぇ美春。正直に言ったらどう? 夕飯の後はキミの家に泊めてくれるって話なんだろ?」
美春は、わざわざ偉央の離婚が成立したこのタイミングで誘いをかけてきたのだ。
下心が皆無ということはないだろう。
今日はマンション整理のつもりで出てきたけれど、いつもならこの時間にコンビニに食料――主にエナジーゼリー系や飲み物――を買いに行っていた偉央だ。
きっと美春はそれを知っていて待ち伏せしていたに違いない。
いくら美春だって、ずっと建物内に引きこもっているかも知れない相手を外で長々と待っていることはないだろうから。
だとすれば、彼女はこの所の偉央の行動パターンを把握していて……。
その上で今までは行動に移さなかったのを、わざわざ自分が離婚したこのタイミングで動いたと考えるのが自然だと思えた。
相手にそのつもりがあるなら、今日くらいこの辛さを紛らわせるため、彼女の欲に乗っかっても罰は当たらないだろう。
「……来て……くれるの?」
美春が恐る恐る聞いてくるのが滑稽に思えた偉央はクスッと笑って助手席ドアを開けた。
「そのつもりで声を掛けてきたくせに今更カマトトぶるなよ。ちょうど僕もそっちの方は随分ご無沙汰でぶっちゃけかなり溜まってるんだ。……なぁ美春。当然昔みたいに付き合ってくれるんだろう?」
――オーケーならそのまま車に乗り込めばいい。
――そうでないなら何か理由をつけて断れば? 僕は別にどちらでも構わない。
そういうつもりで、意地悪く当たりの良い営業スマイルを浮かべて美春を見つめたら、予想外にギュッと抱き付かれて。
不意打ちのような抱擁に、偉央は正直驚かされてしまった。
「お願い、偉央。私の前でぐらいそんなに無理して自分を取り繕わないで?」
美春のその言葉に、偉央の喉の奥、言葉にならない声がヒュッと喘鳴のような音を立てて溢れ出る。
「美春に……僕の何が分かるんだよ」
一拍おいて紡いだ言葉は、偉央自身驚くほど冷え冷えとしたものだった。
なのに美春は怯むどころかそんな偉央を真っ直ぐに見つめ返してきて言うのだ。
「最愛の奥さんと離婚した偉央の気持ちは私には分からない。でも……振り向いてくれない相手に好意を寄せ続ける辛さなら私にも理解出来る」
偉央を強い眼差しで見上げたまま、美春は偉央の服を掴んだ手指に力を込める。
「だって……私はずっと貴方に片想いをし続けてきたんだもの」
美春が自分のことを憎からず思っているのは、独身時代同僚として不埒な関係を築いている時から感じていた偉央だ。
だけど――。
それは偉央同様、気軽に遊べる気兼ねのないセフレとしての気安さの上に成り立った好意だとずっと思っていた。
もしも今みたいに美春が本気をぶつけてきたら、偉央は絶対に彼女と男女の関係にはならなかったし、そんな面倒は御免だと骨身に染みていたから。
「美春、僕は――」
「本気の女は相手にしない、でしょう?」
グッと美春の身体を自分から引き剥がすようにして、偉央が断りを入れようとしたら、先んじて美春に封じられてしまった。
「だったら――」
(それが分かっていて何故美春は今更そんな真っ直ぐな思いを僕にぶつけてくるんだろう?)
「玉砕覚悟でぶつからなきゃ、いつまでも平行線だから」
まるで、偉央の心の中を見透かしたようなセリフと共に、美春にグイッと服の胸元を引っ張られて。
半ば強引に口付けられた偉央は突然のことに彼女を振り払うことも出来ないままに瞳を見開いて固まってしまう。
「この前偉央が奥様にしたあれこれを聞いて私、思ったの。偉央はすっごく好きな相手とはうまくいかないタイプだって」
キスを解くなり美春が偉央を食い入るような眼差しで見上げてそう宣言して。
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