【完結】【R18】誰にも見せたくない〜僕だけの君でいて?〜

鷹槻れん

文字の大きさ
6 / 22
キミが変わり始めた日

もう一押しかな

しおりを挟む
 きっと、沙良としては気付かれないように様子を見たつもりだったんだろう。
「……っ!」
 声なき悲鳴を上げて瞳を見開く様が可愛くて、僕は心の中で一人悶えた。
「騒がせてごめんね」
 だけど表向きはそんな歓喜の心なんておくびにも出さず、そればかりか眉根を寄せて弱り顔。床へ散らばった荷物を拾おうとした。
 幸い店内には僕と沙良の他には二人しか客がいない時間帯で、なおかつ彼らは僕たちから大分離れたところに座っている。こちらの物音は聞こえているだろうけれど、あえて駆け寄ってくるほどの距離ではないと判断したんだろう。僕たちの邪魔をしようなんて馬鹿はいなかった。
 ひとりしかいない店員も、幸いあちらの方で接客中だ。

(ま、そうなるタイミングを見計らって入店したんだけどね)

 僕のしめしめといった心とは裏腹。沙良はオロオロとした様子で、僕に手を貸すべきか否か迷っているみたい。
 日頃お節介な人間に囲まれている僕には、沙良のそう言う引っ込み思案で決断力に乏しいところも凄く新鮮で可愛く感じられてしまうから重症だ。

(もう一押しかな?)

 そう考えた僕は、拾い上げたばかりの筆箱から、シャーペンを一本だけ、再度落っことした。
「あっ」
 拾おうとする素振りでもう一度手にしたものをばらまくという念も入れておいた。
 これにはさすがの沙良も動かずにはいられなかったみたい。
 慌てて立ち上がって、僕が落としたばかりのものたちを拾うのを手伝ってくれた。
「ありがとう。何か今日、荷物が多くて……」
 僕はチャンス到来とばかりに、彼女にニコッと微笑んでそう告げると、さも今気づいたと言わんばかりの口調で「あ……キミ、もしかして前に……」とつぶやいた。
 沙良もきっと最初から僕のこと、誰だか気付いていたんだろうな。
「この前と逆になっちゃったね」
 多くは語らず、僕がクスッと笑ったら、「……ですね」と小声で首肯してくれた。
「――隣、いい?」
 こうなったらもっと押さなきゃダメだ。
 大分長い時間をかけてもなかなか沙良に近付けるチャンスが訪れなかったことを思い出して、僕は行動に出ることにした。
 僕は沙良が押しに弱いことを知っている。だから、問い掛けたくせに、あえて彼女の返事を待たずにカウンター席の一番端っこの彼女の席の、すぐ隣へ荷物を置いた。

「あ、あのっ」
 そわそわする沙良の手元を見た僕は、前々からチェック済みで知っていたことをつぶやく。
「それ、……去年の『発達心理学』のテキストだよね?」
 僕の言葉に沙良がビクッと肩を揺らして、僕をじっとみつめてきた。その目が、恐れと戸惑いで揺れているのが分かる。
 あー、失敗したかな? いきなり距離を詰め過ぎたかもしれない。
 けれど僕はそんな気持ちは微塵も表に出さず、すぐに、やわらかく微笑んで言葉を続けるんだ。

「ごめんね。驚かせちゃった? 僕は法学部の八神やがみ朔夜さくや。去年、心理学概論で同じグループだったの、覚えてるかな?」
 沙良は、ほんのわずかに視線を伏せたまま、小さくうなずいた。
「……覚えて、ます……」
「そっか。よかった。 ――で、えっと……キミの名前は……」
 そこでわざとらしく間を空けて、天を仰いでみせる。
「確か……篠宮……沙良さんだ。文学部の……」
 そうしてさも記憶の扉から彼女の情報をようやく引きずり出して、半信半疑。間違ってない? と問いたげなふりをした。
 本当は僕が沙良のことを忘れているはずなんてないのにね。
 だけど素直なキミは僕の罠にまんまと引っかかってくれるんだ。
「はい、合っています」
「えっと……じゃあ、。キミが掲示板前で物を落とした時、僕とちょっとだけ話したのは覚えてるかな?」
 ほっと胸を撫で下ろしたていで、あえて〝篠宮〟のほうではなく〝沙良〟の方を選んで話を続ける。
 そうしながら、僕はさも落ち着かないと言った素振りで、沙良に元の席へ戻るよう促した。
「ずっと立たれてたら落ち着かないし……座ってくれたら嬉しいな?」
 沙良は少し迷ってから、また小さく頷いてようやく僕の隣に腰を落ち着けてくれる。
 そこで僕はホッとしたように話を続けるんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

溺愛社長の欲求からは逃れられない

鳴宮鶉子
恋愛
溺愛社長の欲求からは逃れられない

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

処理中です...