【本編完結】異世界から来た迷い犬は婚約破棄令嬢を拉致することにした

夕木アリス

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「ーー黒いのが一匹逃げたぞ!森の方だ、さっさと追え!」

後ろから男達の怒号が聞こえ、体の脇を矢が掠めていく。

っくそ!思ったより人数が多い!

犬の身体は夜目も利くし、小回りのよさなら負けないが…向こうは大人の人間で飛び道具持ちだ。
……これだけの人数を撒いて、逃げ切れるか?


それでも、やらなければ。
死にたくなかったら逃げるしかない。


俺は夜の森の中を必死で走った。

飛んでくる矢や石つぶてに、身体の傷が増えていく。


「あっちに行ったぞ!急げ!!」

くっ、しつこい奴等だ!あっちの茂みの向こうなら時間を稼げるか…?

そう思って方向転換し、低い茂みの中に飛び込んで走り抜ければーーー


ーーーなっ、崖?!

バシュッ!

ーーーーーーー!!

クッソ、いけたかと思ったのに……‼︎


後ろから射られた追加の矢が脚に刺さり、その衝撃で俺は崖の向こうに転がり落ちていったーーー



「ーーやったのか?」
「いや、捕まえられなかった。下に落ちちまったようだ」
「そこまでの高さじゃないな。矢が致命傷になってなければ生きてるかも知れん」
「どのみち、こう暗いと見つけられん。やじりには痺れ薬を塗ってあるから、当分動けんはずだ。
 探すのは明るくなってからだな」
「そうだな、これ以上はここで時間を掛けられん。船の出航に間に合わなくなる」

男達は追撃の手を止め、踵を返す。
モタモタしていれば、自分たちが見咎められて役人に突き出されるかもしれない。この大陸のルールで、奴隷売買は種族に問わず違法なのだ。

「しかし、勿体無いことをしたな。あんな犬っころでも、引き渡せば大金貨一枚になったと言うのに」
「仕方ないさ、自分達が捕まる愚を冒すわけにもいかん」
「そうそう。うまくいけばまだ生きていて、明日あたり拾えるかも知れんしな」

口々にそんなことを言いながら、追撃者ハンター達は森の入り口へと引き返していった。






………ポタッ。


水滴が顔に掛かり、俺は重い目蓋を持ち上げた。

周りはすっかり明るくなって、ひんやりと湿った空気が漂う。


ーーーここ、は。ここは何処なんだ?


慌てて立ち上がろうとしたが、脚の痛みに悲鳴を上げて地面に転がった。

ぐっ……最後に射られた矢が、まだ刺さってやがった。

矢羽部分を口で咥え、力任せに引き抜く。


ーーーーー‼︎ グっ……うっ。

鏃の抜けた場所から、ごぼりと血が吹き出た。

血止めをしたいが、犬の姿では傷口を押さえることもできない。

…せめて、人型になれれば。


俺は近くの岩まで這い、力任せに耳を擦り付ける。
岩肌が血に濡れすべってしまうようになる度に場所を変え、姿封じのピアスを外そうとするが頑丈な金属は取れる様子がなかった。

……耳の方を引きちぎるしかないか。

ふと思いつき、先程の矢を岩に押さえつけて固定する。
飛び出た鏃の方に耳を向け、狙いをつけて頭を振れば、ザシュっと耳の端が切れて血が飛んだ。

ーーーいッっつーー……うっぐッ…。もう少し……!

グルルルっと激しく唸りながら、千切れかけた耳の端を再度岩肌にゴリゴリと押し付けた。


ーーこれさえ、コレさえ取れれば……‼︎


呻き声を上げながらピアスと格闘するが、どうも矢には毒が塗ってあったらしい。
段々と、脚の先から痺れていく。


クソったれ…あとちょっとだって言うのにーー!

血塗れの頭が岩から力なく落ちた。


…ああ、此処にいたら、いつまた人間共に見つかっちまうかも知れないというのに。

痺れが全身に回り、血の抜けた身体が冷たく鈍く固まっていく。



結局、逃げ出したところでこうなってしまうのか。

……まあ、虫唾の走るような酷い主人に扱き使われてから死ぬくらいなら。
最後に人間共アイツらを悔しがらせてから死ねる方がまだマシってもんだ。

だから、後悔なんてしていない。

俺が逃げ出したことで、多少なりとも損害は出ているだろうしな。ふん、ザマアミロ。



ーーーもし、次生まれ変わってやり直せるんなら。

ノラでもいいから、自分の足で好きに駆け回れる場所に生まれたい。

こうやって誰かから逃げるためじゃなくて、純粋に楽しむために走ってみたいもんだなーー


そんなことを思いながら目を閉じた。
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