【本編完結】異世界から来た迷い犬は婚約破棄令嬢を拉致することにした

夕木アリス

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17。

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最初から数えて十回目の異世界。
その日はまだ春なのにとても暑い日で、俺とマヤは竹林のそばの川に来ていた。
俺は濡れるのが嫌なので川辺の陰になっている場所で休み、マヤは靴を脱いで浅瀬で水に足を浸している。

何度も会ううちに、マヤからの会話には愚痴なんかも混ざるようになっていた。
俺からは言えることもないので、ひたすら聞き役に徹する。

「なんかね、足が小さい程美人なんですって。
 最も小さな足は金の蓮と呼ばれて称賛されるのだけど…
 アタシの足はその倍以上の大きさがあるから、嫁の貰い手がないのですってよ」

子供の頃に処置をしていなかったから、もう手遅れなんですって。
酷くない?!といってむくれるお嬢様は、長い脚で川の水面を蹴り上げた。

キラキラと冷たいしぶきが上がる。


「大体ね、足は歩くためにあるのよ!
 そういう風にできてるっていうのに、曲げて小さくして使えなくするなんてバカなんじゃないかしら?」

ホント、人間って大馬鹿だわ。貴方達の方がもっとずっと賢いわよ、自然が定めた様に生きているんだから。

そう言ってマヤが俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。ーー犬の姿をした俺の頭を。







幼女様から届いた箱の中身は“護りの首輪”と“変化の腕輪”の二つ、あとは手紙が一通だった。

護りの首輪には世界の間に落ちずに迷いなく戻ってこれる効果と、身体強化の効果。
変化の腕輪の方には、念じるだけで犬でも人でも好きな方の姿をとれる効果がつけられているとのことだった。
ーー首輪の方は、ご丁寧にも“劉”と彫り込みがされていた。


この短時間で、よくここまで準備したものだ。さすが、見た目はともかく女王様なだけはあるな。

手紙にはそれぞれのアイテムの使い方と一緒に“犬の姿の方が都合が良いこともあるから、使い分けるように”という注意が書かれていた。

犬の姿の方が都合が良いことなどあるのだろうかとは思ったが、まあ確かにどこかで一度くらいは犬の姿で会っておいた方が、手当てをした後居なくなったオレのことを、マヤが気に病むことがなくなっていいだろう。

折角用意してくれた物なので、両方もらっておくことにした。







その後は商隊の仕事を続けながら、休みの日に時間を見つけてはまどいの森に通うようにした。
やはり森に行ったからと言って毎回異世界に行けるわけではなく、結構な頻度で通っていたものの見事なくらいに毎度空振りに終わった。

三度目に異世界への転移が成功したのは、なんと二回目から一年近くが経ってからだった。
最初の二回は、相当に運と偶然が重なって起きたものだったようだ。



「ーーあら?…あなた、リュウよね?」

幼女様の言っていた通り、三度目の異世界でも無事にマヤに会うことができた。
半信半疑ではあったが、血の契約というのは本当に有効らしい。

「あ…あ。マヤだったよな。久しぶり」

だったも何も、マヤの名前も顔も忘れるはずがないのだが、そんな風に俺は返事をした。
ーーなんだか俺だけしっかり覚えていると思われるのも、微妙に面映いし。

「やっぱり!急に大きくなっているから一瞬別人かと思っちゃったわ!
 会わないうちに、すごく背が伸びたのね?」
「…成長期、っていうやつみたいで」

マヤと会わなかった一年の間で、俺は10センチ近く背が伸びていた。
以前よりはだいぶ身長差が詰まってきたが、それでもまだマヤの方が頭ひとつ分近く高かったーー女性にしては、マヤはかなり長身のようだ。

「そうね、男の子はそれくらいから、一気に大きくなると言うものね。
 それにしても二ヶ月やそこらでそこまで背って伸びるものなのね!
 本当に吃驚びっくりしちゃった。一気に伸びすぎて、脚とか痛かったんじゃない?」

……は?二ヶ月だって?

「前会ってから、二ヶ月しか経っていないっていうのか?」
「あれ、違った?確か前会ったのが七月の終わりで、今が九月だから二ヶ月くらいだと思うのだけれどーー」

ーー俺が前回マヤに会ったのは七月の終わりで、七月だ。


…前回も、少しおかしいとは思っていたが。

まさか、俺のいる世界と異世界ここでは、時の流れる速さが違う、のか?


「それにしてもまた会えるなんて嬉しいわ!
 ひょっとして、この辺りに住むようになったの?」
「い、いや。旅の仲間と行商をしているんだ。今日はたまたまこの近くに来ていた」

半ば呆然としながらも、俺は予め考えてあった設定を口にする。

「そうなのね、お仲間さんと無事に会えていて安心したわ!」
「ああーーこの辺りにも商売に来るから、また会うこともあるかもな」
休憩がてらよくこの竹林で散歩しているんだと口にすると、マヤは嬉しそうに笑った。

「本当?それならアタシも、時間があるときにここを散歩していようかしら。
 そうしたら、またリュウに会えるかも知れないわね。
 ふふふ、成長期だというなら、次会った時には身長抜かされちゃってるかしら?」

そう言ってマヤは楽しげに笑うが、俺はそれが冗談にならない可能性に思い当たって、内心で冷や汗をかいていた。
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