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2章

8。逃げれば追われるそうです

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「はあ、もう…私があなた達を置いて、勝手にどこか行くわけないでしょう?」
まだここに来たばかりで、右も左も分からないのよ?ひとりで行動するなんて無謀なことはしないわ。

そう言うと、マゼンタの耳がピクリと動いて、器用に片方だけこちらを向いているのが見えて笑ってしまう。


まあ右と左はさすがに分かるが、実際西と東は未だに分かっていないことだし。
しばらくの間は、どこに行くにも飼い猫達と一緒、ということになるのだろう。


「外を出歩くときはあなたかシアンと一緒に行くわ。まあマヤさんと行くこともあるかもだけど」

「ーーヤダよ。連れて行くならオレにして」


ようやくこっちを向いてくれたマゼンタが、真剣な目で見つめてくる。

「どこに行くにしてもちゃんと連れて行くし、連れて帰る。絶対これ以上迷わせないよ」

だからオレにして。オレを選んでよ。



ーーうん?

あれ、コレは普通に心配されているだけ、でいいのよね?

なんだか微妙に告白っぽいというか、甘ったるいセリフに聞こえるのだけど…さすがに勘違いよね?

飼い猫に口説かれているように錯覚するなんて、私ってばそんなに欲求不満だったのかしらーーー
確かに好きなヒトに告白する前に振られた身ではあるけれど。

精神的に滅入ってることは否定しないが、だからって猫相手にまでソッチ方向に考えるっていうのはどうなのよ自分。ナシでしょ、ナシナシだわ。


「あー、うん。そうね、そうするわ。心配してくれてありがとうね?」

サクッと話を逸らしこれ以上迷子にならないように気をつけるわ、と続ければ、明かにガッカリした顔をされた。


うん、ゴメン。申し訳ないけど、私は常識人なの。
猫にモテモテになって、もふもふに囲まれるなんて夢のようだと思うし、観賞用ならイケメンも大好物だけど。

猫と言っても耳としっぽ以外ほとんど人の姿のお兄さんの、恋愛的な感情はノーサンキューだ。

それに、さすがにフラれたばっかりですぐ次の人、とは割り切れない。


「あーあ、つれねーの。…ま、いいケドさ」

簡単に捕まえられない方が面白くって燃えるしねっ!て、懲りずに追いかける気満々ね。困ったわ。
これは、捕まったら最後飽きられるパターンかしら。

……今すぐこの夢とも異世界とも分からない場所に放り出されるのは困る。


うん、相手は猫よ。構いすぎは嫌われるのは経験済みだもの。
つかず離れず、むしろ塩対応のままで正解だわ。


そう思いながらマゼンタを見ると、ちょっとキョトンとした顔をした後、ニンマリとした顔でおでこをつつかれた。

「オレ、諦め悪いから。これから覚悟してよねっ」


ーーー逃げれば追われると分かってても、逃げたくなるのはどうしたものだろう。

諦めが悪いのはお互い様のようだ。
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