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3章
19。齧りかけは結構です!
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「お前、本気で帰りたいって思ってないんじゃないの?」
小首を傾げて薄らと笑みを浮かべ、再びクレイが尋ねてくる。
こういう仕草が女の自分よりも可愛らしいとかズルいと思う。しかも質問の内容がまた腹立たしいことこの上ない。
「そんな訳ないでしょ! 私だって向こうに家族も友達もいるし、学校だってとっくに始まってるはずで……」
「嘘だね。本当に帰りたければ、今頃ここにいないはずだよ」
「ーーそれ、どういう意味なの」
言い返したい気持ちをグッと堪えて、そう尋ね返す。
「『迷いがある子供が迷い子になる。迷いがなくなって本当に元の世界に帰りたいと思えば迷い子は戻る』ーーそう言われてるんだよ」
「何それ……じゃあ、私が未だに帰れてないのは、帰りたくないと思っているからってこと?」
「心当たり、あるんじゃないの?」
そう言われて、グッと言葉に詰まる。
心当たりと言われればーーお兄さんの件しかない、よね。
視線を彷徨わせる私を見て、やっぱりとクレイがうなずいた。
「この世界に迷い込んでくる子供は、元の世界に居たくないと思ったから来るんだよ。無作為に来ているわけじゃない」
「ーーそんなの、どの本にも書いてなかったわ」
書庫に通い出してから結構な量を読んだはずだけど、そんな記述はどこにもなかった。
「書庫に納められているのは迷い子一人一人の記録だけ。そもそも常識とされている内容については書物になんかなっていない」
「それは……まあそうかもしれないけど」
「だから、まずは常識から教えてあげる。迷い子という名前通り、こちらに迷い込んでくるのは子供だけ。一週間くらいでいつの間にか居なくなるケースが多いけど、年齢が高くなればなるほど長居する傾向にある。それでも最長記録は半年だね」
「帰れない、なんてケースもあるの?」
「今のところそんな記録は残ってないよ」
「じゃあ、私もあと数ヶ月は帰れない可能性があるってことね……」
私が子供と言えるかはギリギリだ。来年には成人する年齢だし。
だから今の話に照らせば、あと数ヶ月は帰れない可能性もあるわけで。
必ず帰れているという希望があるのはいいことだけど、結構長丁場になりそう。
元の世界だと今年は受験生だったりするのだけど……勉強間に合うか心配になるわね。
「あとは元の世界に積極的に帰りたがっていなくても、逆にこちらの世界に愛想を尽かした結果帰るケースもあると言われているね。危険な目に遭った迷い子がその場から消え失せたとか、嫌がらせを受けた翌日に部屋から居なくなっていたとかの記録は結構残ってるから、ある程度は信憑性もある」
そんなに早く帰りたいなら危険そうな場所に顔突っ込んで見たら? なんて物騒な提案をされたけど、冗談じゃない。
「遠慮しとくわ。うまくいく保証もないし、色んな人に迷惑をかけるのが目に見えているもの」
少なくとも、シアンもマゼンタも大騒ぎで連れ戻しにくること請け合いだ。
「ま、賢明な判断だね。それはそうと長居しすぎじゃない? お前んとこの猫がそろそろ怒鳴り込んでくる頃合いだと思うけど」
「ーー! そ、そうね、いい加減マズいかも」
書庫に来てから随分と時間が経ってしまっている。エリザがシアンをどこに連れて行ったのか分からないけど、もうそんなに余裕はないはずだ。
元の部屋に居なければ次に探されるのは書庫だけど、クレイの休憩室で二人でお茶をしてました、なんてことがバレたらどうなることか……!
「ごめんなさい、今日はもう戻るわ。また機会があったら続きを教えてくれる?」
「また授業料があるなら考えてもいい」
そう言いながらクレイがさっきの洋酒入りチョコレートをほんの少し齧る。
「ん……やっぱりこの味はあんまり好きじゃないな」
「だったら無理しなくていいのにーー」
そう言いかけた口の中に、止める間もなく食べかけのチョコレートを放り込まれた。
「それ、あげるよ。大人のお前には美味しいんでしょ?」
「んっ!? ーー!!」
舌の上でゆっくりチョコレートがとろけていくが、驚きすぎてせっかくの味も良く分からない。
たっぷり練り込まれたアルコールが喉の奥を焼くヒリヒリとした痛みだけが感じられて、目を白黒させる。
なんて事をするんだと抗議の目を向ければ、ちょっと意地悪に微笑むクレイの顔が目に入る。
こんな顔まで可愛いとか本当ズルいと思いつつ、私は溶けたチョコレートを文句の言葉とともに飲み込んだのだった。
小首を傾げて薄らと笑みを浮かべ、再びクレイが尋ねてくる。
こういう仕草が女の自分よりも可愛らしいとかズルいと思う。しかも質問の内容がまた腹立たしいことこの上ない。
「そんな訳ないでしょ! 私だって向こうに家族も友達もいるし、学校だってとっくに始まってるはずで……」
「嘘だね。本当に帰りたければ、今頃ここにいないはずだよ」
「ーーそれ、どういう意味なの」
言い返したい気持ちをグッと堪えて、そう尋ね返す。
「『迷いがある子供が迷い子になる。迷いがなくなって本当に元の世界に帰りたいと思えば迷い子は戻る』ーーそう言われてるんだよ」
「何それ……じゃあ、私が未だに帰れてないのは、帰りたくないと思っているからってこと?」
「心当たり、あるんじゃないの?」
そう言われて、グッと言葉に詰まる。
心当たりと言われればーーお兄さんの件しかない、よね。
視線を彷徨わせる私を見て、やっぱりとクレイがうなずいた。
「この世界に迷い込んでくる子供は、元の世界に居たくないと思ったから来るんだよ。無作為に来ているわけじゃない」
「ーーそんなの、どの本にも書いてなかったわ」
書庫に通い出してから結構な量を読んだはずだけど、そんな記述はどこにもなかった。
「書庫に納められているのは迷い子一人一人の記録だけ。そもそも常識とされている内容については書物になんかなっていない」
「それは……まあそうかもしれないけど」
「だから、まずは常識から教えてあげる。迷い子という名前通り、こちらに迷い込んでくるのは子供だけ。一週間くらいでいつの間にか居なくなるケースが多いけど、年齢が高くなればなるほど長居する傾向にある。それでも最長記録は半年だね」
「帰れない、なんてケースもあるの?」
「今のところそんな記録は残ってないよ」
「じゃあ、私もあと数ヶ月は帰れない可能性があるってことね……」
私が子供と言えるかはギリギリだ。来年には成人する年齢だし。
だから今の話に照らせば、あと数ヶ月は帰れない可能性もあるわけで。
必ず帰れているという希望があるのはいいことだけど、結構長丁場になりそう。
元の世界だと今年は受験生だったりするのだけど……勉強間に合うか心配になるわね。
「あとは元の世界に積極的に帰りたがっていなくても、逆にこちらの世界に愛想を尽かした結果帰るケースもあると言われているね。危険な目に遭った迷い子がその場から消え失せたとか、嫌がらせを受けた翌日に部屋から居なくなっていたとかの記録は結構残ってるから、ある程度は信憑性もある」
そんなに早く帰りたいなら危険そうな場所に顔突っ込んで見たら? なんて物騒な提案をされたけど、冗談じゃない。
「遠慮しとくわ。うまくいく保証もないし、色んな人に迷惑をかけるのが目に見えているもの」
少なくとも、シアンもマゼンタも大騒ぎで連れ戻しにくること請け合いだ。
「ま、賢明な判断だね。それはそうと長居しすぎじゃない? お前んとこの猫がそろそろ怒鳴り込んでくる頃合いだと思うけど」
「ーー! そ、そうね、いい加減マズいかも」
書庫に来てから随分と時間が経ってしまっている。エリザがシアンをどこに連れて行ったのか分からないけど、もうそんなに余裕はないはずだ。
元の部屋に居なければ次に探されるのは書庫だけど、クレイの休憩室で二人でお茶をしてました、なんてことがバレたらどうなることか……!
「ごめんなさい、今日はもう戻るわ。また機会があったら続きを教えてくれる?」
「また授業料があるなら考えてもいい」
そう言いながらクレイがさっきの洋酒入りチョコレートをほんの少し齧る。
「ん……やっぱりこの味はあんまり好きじゃないな」
「だったら無理しなくていいのにーー」
そう言いかけた口の中に、止める間もなく食べかけのチョコレートを放り込まれた。
「それ、あげるよ。大人のお前には美味しいんでしょ?」
「んっ!? ーー!!」
舌の上でゆっくりチョコレートがとろけていくが、驚きすぎてせっかくの味も良く分からない。
たっぷり練り込まれたアルコールが喉の奥を焼くヒリヒリとした痛みだけが感じられて、目を白黒させる。
なんて事をするんだと抗議の目を向ければ、ちょっと意地悪に微笑むクレイの顔が目に入る。
こんな顔まで可愛いとか本当ズルいと思いつつ、私は溶けたチョコレートを文句の言葉とともに飲み込んだのだった。
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