ルグリと魔人

雨山木一

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第一章

二話

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 02
 モデール森林公園は王都ルデリアが管理する森林だ。大陸最大級の広大さを誇るモデール森林には、シラカバ、ブナ、エンジュ、タモなどの樹木や薬草に使われることもある、アサ、ケシ、クマツヅラ、ヒヨスなど数多くの植物が混生しており、動物もリスなどの小型なものからクマやオオカミなどの大型肉食動物までが生息している。

 なかでも特別保護区にしか生息していないモデール型古種と呼ばれる種類の動植物は、その希少性から多くの研究者の関心を集めている。
 ミーシャはモデール森林公園の保護を目的として設立されたモデール森林監督署の森林保護管として、昨年から職務に就いている。

「それにしてもうちはいつまで経っても人が集まりませんよね。今回だってこんなに広い森でたった一人を探し出すのに動員できた人数が十人だけなんて」

 今回の捜索任務はツーマンセルを五組という形でチームを分けている。
 ラウル班以外の四班は森の中央から西を捜索範囲としている。

「仕方がない。人員不足はどこにでもある話だし、モデールに関しては頭数があれば問題が解決するわけじゃない。動植物の知識があり、ある程度の体力と精神力を持った人間でないと務まらない。素質のない人間ばかり集まっても逆に俺たちの仕事が増えるだけだ」

「でも、今回みたいな仕事は軍人がやるべきだと思いますけどね」

「……仕事だからな。雇われている身である以上、都の指示には逆らえない。こんなものを持って歩けと言われても従うしかないんだ」

 吐き捨てるように言うラウルのスカイブルーの瞳は、手元のライフルに注がれている。
 ラウルは銃というものに嫌悪感を持っている。なにか因縁があるのだろうが、ミーシャはその理由を知らない。

「お前のような子供に銃を持たせることになって申し訳ないと思っている。本来ならもっと安全な事務方に専念してほしかったんだが……」

「大丈夫ですよ。外を歩いている方が好きですし、運動にもなります。それに一日中座りっぱなしというのは体に毒ですから」

 ミーシャは口角をわざとらしくあげて笑みを作ってみせる。だが、申し訳なさそうにしているラウルの表情は硬い。
 仕方がないことだ。それこそラウルが言うように仕事なのだから。
 森林保護官という職業は世間が思っている以上に大変な仕事だ。
 普段は森の動植物の観察を行い、その数や種類の記録や管理、怪我や病気になっている動植物がいれば、保護や治療を行うこともある。それ以外にも研究者に随行してサンプル採取のサポートを行うなど、業務内容は多岐にわたる。

 なかでも今回のような不法侵入者の捜索は、特殊な業務で危険度が桁違いに跳ねあがる。
 理由は侵入者のほとんどが武力行使に迷いがないからだ。
 先程ラウルが挙げた研究者絡み以外にもこの森に侵入してくる輩はたくさんいる。
 密猟者、ギャングの麻薬取引、環境保護反対派による破壊活動、都に認められていない奴隷商が人身売買の取引現場としてモデールを使うこともあるのだ。

 対応にあたる職員は監督署内でも経験豊富な人間を優先して選ばれるが、問題が起きたときに特定の職員を直ちに現場に向かわせることはできない。何故なら少ない人員で運営させられているモデール森林監督署は常に人員不足に喘いでいるからだ。
 求人は行っているが集まってくれた応募者に命をかけて戦う場合があると伝えると、九割は辞退してしまう。残りの一割は荒事に慣れた豪気な人間である場合が多いが、それも大抵二年もすれば退職してしまう。

 長く続かない理由をミーシャは落差が大きすぎるからではないかと考えている。
 荒っぽい仕事を望む人間からすれば平時は退屈すぎるし、平穏を望む人間からすれば有事は危険すぎる。しかも致命的に対価が見合わない。
 近年では採用基準を引き下げ、給与を増額し、待遇改善に力を入れている。それでも現状は相変わらずだが。
 ミーシャも本来は採用基準に満たないはずだったが、特別枠として雇ってもらったのだ。
 なんとしてもこの職に就きたかったミーシャとしては、この状況は渡りに船だった。
 仕事はきついが、嫌ではない。
 やらなければならないのなら、例え危険な任務でも遂行してみせる。

「あまり俺から離れるなよ」

「はい」

 ある程度割り切っているミーシャにとってラウルは少し面倒な存在だった。
 あけすけに言ってしまえば、過保護気味でうざったい。
 悪い人ではないが、思春期のミーシャにはラウルは口うるさい親のような存在だった。

「ここからは整備されていない獣道だ。足元には気をつけるんだぞ」

「わかってます」

 細道から外れて獣道へと歩を進める。
 鬱蒼と立ち並ぶ木々は天然の城壁のように部外者の侵入を拒み、その木々の袂で慎ましやかに咲く可憐な花々は、捕らわれた檻のなかで王の迎えを待つ美しい姫のようだ。

 湧き水が集まって森のなかを奔るいくつもの小川は、モデールの生命の源。
 ミーシャが深く森に足を踏み入れるのはこれで四度目だが、何度見てもこの光景は荘厳であり、生命の息吹を感じる神秘的な世界だと心底感心してしまう。

 ラウルとミーシャは獣の臭いが漂うなかを軽快な足取りで進む。途中、動物の気配がすれば立ち止まり、こちらの存在を知らせる鈴を鳴らした。
 当たり前のことだが間違っても植物を傷つけたり、動物を威嚇するということはしてはならない。ここでは人間が異物なのだ。与えるストレスは最低限に抑えなければいけない。
 小川のそばで休めそうな場所があったので、少し早めの休憩をとることになった。

「森に影響を与えないためとはいえ、昼食が乾パンというのは寂しいですね」

「確かにもう少し味気のあるものが食いたいところではあるな」

 監督署員は森での活動の際、緊急時以外は支給された食事を摂ることが義務づけられている。環境を守るために人間が外部からもたらす異物をできるだけ排除するためにこうした制限が課せられているのだが、この乾パン、職員からかなり不評を買っている。

「万が一動物が口にしてもいいように天然の調味料のみを使うというのは理解できますけど、薄味すぎませんかこれ? 口のなかもすごく乾くし、水飲んでも口のなかのどこかしらにカスが残ってるんですよね」

「美味さを求めて作ったわけじゃないからな。数年前までは食事自体禁止だったのを、長時間滞在の任務増加に対応するために、携帯食の開発とそれに伴う規則の改変はかなりの労力が費やされている。こうして食事ができるということ自体に感謝しなければならないんだ」

「ふうん」

 以前は一日かかる任務でも食事を摂ることができなかったので、長丁場の任務はつらいものがあったとトーラスから聞いたことがあった。

「そうかもしれませんね。研修のときに食べたものと比べれば、まだいい方かもしれません」

 モデール森林監督署に入職して初めの五日間は研修を受けていたのだが、そのとき出された食事は今でもたまに夢に見るくらいに不味かった。
 その夢を見た朝はしばらく口のなかに味が残っている気がして気持ちが悪いこともある。

「研修のとき? 食事は食堂で出ただろう」

「いいえ? 研修があった部屋でトーラスさんが用意したものを食べましたけど……」

「どんなものだった?」

「えっと……淀んだ水に腐った魚を入れて煮込んだような臭いの乾パンに、どろどろに溶けた肉と変色した野草を混ぜたようなペーストを塗りたくったやつです」

「あっ……だっはっはっは!」

 忘れもしない最悪の食事をできるだけ再現度高く伝えると、ラウルは太鼓を叩くような笑い声をあげた。
 なにがなにやらわからず、不思議に思っていると目に涙を浮かべたラウルが衝撃の事実を告げてくる。

「実はお前が監督署に入る少し前に、都から新しい携帯食の試作をいくつか送ったから試食して現場の意見をまとめて提出しろってお達しがあってな。それで皆で食ってみたんだがそれが気絶するくらい不味くてな。結局一口だけ齧って誰も食べなくなって処分に困っていたら、トーラスが良い案を思いついたって全部持って行ったんだ。それからどうしたものかと不思議に思っていたんだが……。そうか、お前が食べてくれていたんだな。くっ……ありがとう……くくっ」

「なんですかそれ!」

 研修時の説明では精神トレーニングの一環という話だったのだが、裏にそんな隠された意味があったのか。

「いや仕事だからわがままを言わずに協力しろと皆には言っていたんだが、『こんな人が食べてはいけないものを仕事だと言って食べさせるのなら今すぐに辞める』と、退職をちらつかされては俺もそれ以上強く言えなくてな」

「だからって新人に後片づけを押しつけたんですか!? それで辞めたらどうするつもりだったんですか!」

「別に体に悪いものを食わせているわけじゃないし、栄養面で見ればむしろ健康食だ。都だって毒を送ってきているわけじゃないんだし、感謝こそすれ批判されるいわれはないと思うが?」

「どうしてそんなに強気な態度でいられるんですか……!」

「まあそれくらいでへこたれる奴はこの仕事には向かん。根性があるやつは大歓迎だ。お前にはこれからも期待している」

 屈託なく笑う顔は一切の罪悪感はみとめられない。この件についてこれ以上追及しても無意味だろう。

「はあ……」

 ミーシャは諦めて、残り少なくなった乾パンを口に押し込んだ。
 驚愕の告白の後はしばらく沈黙が続いた。やることもないので暇つぶしに話題を探す。なにがいいだろう。そう考えて、女性職員の先輩から聞いた話を思い出した。

「そういえば、先週お茶会をしたときのことなんですけど……」

「お茶会? お前そんなことしてるのか?」

「はい。モデールの女性職員が集まる月一のお茶会があって、好きなお菓子を持ち寄っていい香りのするお茶を飲んでおしゃべりするんです。楽しいですよ」

「はあん。意外だな。それで?」

「そこで話題にあがったんですけど、半年ぐらい前にアーレイで化け物が目撃されたらしいんですよ」

「化け物?」

「はい。満月の夜に空を埋めつくさんばかりの大きな黒いもやが町の上空を飛んでいたそうなんです。目撃したのは町の住人で、あまりの事態に町全体がパニックになって一時は緊急事態宣言が出されたそうで、大騒ぎだったんですって」

「ふうん」

「アーレイに住んでいる先輩の友人から聞いた話なんで嘘じゃないんですよ! 怖くないですか!?」

「ふうん」

「……」

「……うん?」

 倦怠期の夫婦のようなやりとり。完全にこの話には興味がないらしい。
 なんだよ。もっと反応してくれもいいでしょうに。
 ラウルの態度に話すのを止めようとも思ったが、ここで引くのはなんだか負けた気がして癪に障る。それにせっかくこっちが気を使って話題を絞り出しているというのに、ぞんざいな扱いは納得できない。
 こうなったら意地でも興味を引いてやる。

「……この話にはまだ続きがあって、その大騒動の数日後に奇妙な噂が立ちたしたんですよ」

「……」

「空を覆っていた靄は、実は竜だったんじゃないかって」

「ああ……はあ?」

 よし。食いついた。

「目撃者曰く、月明りに照らされた靄のなかに六つの翼をもつなにかを見たそうなんです。その姿はお伽噺で聞く竜の姿そのものだったと」

「証言したやつはどれくらいいるんだ」

「かなりの数にのぼるそうですよ。ただ、そんなものは見えなかったって証言もあるそうです。結局、後日調査したアーレイの駐屯軍は、見間違いが起因となった集団パニックだったと発表したそうです。まあ妥当な判断だとは思いますが、一方でその発表に対して軍の隠ぺいだという声もあがっています」

「陰謀論だろ、それは」

「証拠がないのでなんとも言えませんよね。でも、この事件が起こったのは半年も前だというのに未だに当時のショックから抜け出せない人が多いそうですよ」

「アーレイの連中は迷信深いからな。そうなってしまうのも理解はできるが……」

 ラウルは怠慢な動きで頭を振ると、しばらくなにかを考えるように遠くを見つめ、ふと思いついたように呟いた。

「……その竜が本当にいたとして、どこに飛んでいったんだろうな」

 そこに話を持って行こうとしていたミーシャは内心ほくそ笑む。

「実はこの話、ここからが私たちにとても関係が出てくるんです」

 ミーシャはわざと声のトーンを落としておどろおどろしく言った。

「その竜が飛んでいった先は、モデールかもしれないと言われているんです」

「……ほう」

「目撃した人の証言のなかに、南の空から現れて上空を旋回した後、西の空へ溶けるように消えていったというものがあるそうです。アーレイから西なら丁度モデールが当てはまります。ここなら巨大な竜が身を潜めていても簡単にはわかりません。だから、一部の人たちの間ではモデールは竜の住処になっているんじゃないかと噂されているそうです」

「なんだそれ。そんな噂聞いたこともないが」

「まあ一部で盛りあがっているだけなので知らないのも無理はないと思います。実際この話を友達から聞いた先輩も初耳だったそうですし。でも、なんだか気味悪くないですか? もしこの森に竜がいたとしたら、今この瞬間もあたしたちを監視しているかもしれないんですよ!?」

「はあ。くだらん」

「えー。そんなつまんないこと言わないでくださいよ」

 ため息交じりに一蹴され抗議の声をあげるも、ラウルはこの話に興味を失い始めているのか、膝のうえに敷いている乾パンを包んでいた布を丁寧に畳み始めた。

「いいか。そんなことを考えている暇があるなら、被疑者を確保するイメージトレーニングでもしておくんだ」

「休憩時間くらいいいじゃ——」

 話を終わらせようとするラウルに僅かばかりの抵抗のつもりでいじけてみせようとした瞬間、頭に強い衝撃が走った。

「……それだ! アーリィ・リアトリスもそれが目的でここにきたのかもしれませんよ?」

 ラウルはまだ続くのか、と呆れ顔をしつつも一応聞き返してくれた。

「なんの目的で? 竜退治でもして恩赦でももらおうってのか?」

「それはわからないですけど、ありそうな話じゃないですか? 竜の目撃とアーリィ・リアトリスが現れたタイミングも一致してますし。というかその方が辻褄が合うというか!」

 点と点が一つに結ばれた。これこそがアーリィ・リアトリスが現れた真相に違いない。
 これは大変なことになった。架空の存在だと思われていた竜を追っているとすれば、それはきっと絶大な力を自分のものにしようとしているとしか考えられない!

 力を手に入れれば手始めに見せしめにされるのは手ごろな獲物、つまりモデールの動植物であり監督署で働く人たちだ。なにをしてくるのかは具体的に思いつかないが、酷いことをされるに決まっている!!
 モデールで悪逆非道を尽くした後は、もっと大きな悪事を働きたいと思うようになるはずだ。悪人というのは物語の展開をちゃんとわかっていて、着実なステップアップを望む傾向がある。となると次の獲物は町か。いや、都に行くかもしれないいや!!! 世界を滅ぼそうとするかもしれない!!!!

「えらいこっちゃ……。ラウルさんっ!!」

 謎を解き、世界を滅ぼさんとする思惑に気づくことができた高揚感に感情が昂ったミーシャはラウルに詰め寄る。が、相変わらずの呆れ顔を継続している無慈悲で夢のない大人は、そんなミーシャをばっさりと切り捨てた。

「一致してないだろう。半年も間が空いているし、辻褄も全く合ってない。奴はただの犯罪者で竜はただの妄想だ」

「ですよね」

「俺はその手の話が嫌いなんだ。妄想や陰謀論で盛りあがるのは結構だが、地に足をつけて現実を見ないと足元を掬われるぞ」

「はーい」

 なんだよ、ちょっとふざけただけなのに。

「先輩職員と打ち解けてくれたのは喜ばしいが、変な話に影響されておかしな真似をするのはやめてくれよ」

「そんなことしませんよ。大体が淑女らしい、穏やかで和やかな素敵な会なんですから」

 まあラウルさんにはわからないでしょうけど、と続けようとしたが、ラウルの「……淑女?」という呟きと、実に失礼な視線がミーシャの口を止めた。
 このやろう。

「うん? あ? え? なんですか。なにか引っかかるところでもありました?」

「うん……? あ、いや、違う!」

 ラウルは、ああとか、ええとか、言葉を濁して狼狽え始めた。
 その様子が面白かったので、子供心を無下に扱ったことへの仕返しをすることにした。

「そういうの……傷つきます。あたしだって普段は可愛くない制服を着て、仕事に精を出していますけど、乙女ですからね。そういう女の子らしいことに興味あるんですよ……?」

「ああ、いや違うんだ……」

 俯きながら胸に手を当てていかにも傷つきました、という雰囲気を醸し出す。
 自分でやっていてとんだ大根役者だなとは思うが、それでも下手な演技はだいぶ効いているようで、いよいよラウルは目を白黒させながら冷や汗をかき始めた。
 面白い。
 まだだ。まだいける。

「ラウルさんは私のこと子供扱いしますけど、私だってもう十五ですからね。それなりに思うことだってあるんですよ? そもそも、モデールは女性職員に対して配慮が足りないと思います。更衣室は薄い板一枚隔てた男性用更衣室の隣ですし、トイレだって数も少ないです。ラウルさんはそんなことしませんが、夏になると一部の男性職員が熱いからといって上半身裸で食堂を利用しているのはどうなんでしょうか? それに女性寮と男性寮が近いのもどうかと思いますよ。洗濯物を干すのも男性の目が近くにあるとこちらとしてはとても抵抗を感じるといいますか、なかにはそういうタイミングを狙ってわざわざ声をかけてくる輩もいると先輩から苦情が出ています。あたしだって年頃ですし、ほら、こう見えて眉目秀麗ですから、そういう男性の目が気になるというか」

「言葉を返すようだが、眉目秀麗は主に男性に使われる言葉だ」

「……」

「……」

「それだけじゃありません! 一部の男性は寮に女性を連れ込んでいかがわ──」

「わかったって! 悪かったよ」

「わかったとは?」

「お前は淑女だし、女性職員への配慮が足りないのも、一部男性職員のデリカシーがないということもだ。金のかかることはすぐには無理だが、それ以外は俺から注意して止めさせる」

「ご理解感謝します」

「はあ……」

「え? 溜息?」

「勘弁してくれ」

 仕返しが上手くいって晴れ晴れとした気分のミーシャとは対照的に、ラウルは心底疲れた顔をしていた。少し可哀想なことをしたかとも思ったが、いい機会だ。認識を改めて貰おう。

「まあ少し責めるようなことも言ってしまいましたが、これも一職員の意見だと思って聞いてやってください」

「いや、そういう女性職員の秘めた意見というのは聞く機会がないから助かるよ。次の職員募集の際には参考にさせてもらう」

「いえ、私も変にムキになっちゃいました。すみません」

 そんなやりとりを交えつつ休憩を終えると、ラウルとミーシャは地図を見ながらこの後の道程を改めて確認する。

「トーラスさんの報告があった箇所まではどれくらいですか?」

「そこまで時間はかからない」

 地図にはいくつかの情報と共に印が書きこまれていた。バツ印が記されている箇所が被疑者と遭遇した場所だ。

「そういえば今日の朝、寮を出るときにトーラスさんに会ったんですけど、顎から頬にかけて酷い青痣があったんです。あれどうしたのか知ってます?」

「ああ……あれは被疑者を捕縛しようとして抵抗にあったときに負った怪我だ。一発もらって衝撃で気絶していたんだと。情けない限りだ」

「はは……。まあトーラスさん武闘派じゃないですからね。しょうがないかもしれません」

「……まあ無事に帰ってこれてよかったよ」

 普段のラウルからは滅多に聞くことがない素直な感想に、ミーシャはおもわず口を噤んでしまった。

「なんだその顔は。俺だって仲間になにかあれば心配ぐらいするさ」

「いや、ラウルさんが仲間思いなのは知っていますけど……それでもちょっと意外で」

 ラウルとトーラスは上司と部下という関係だが、世間一般で言う上下関係はこの二人には当てはまらない。
 ラウルの方がトーラスよりも五年ほど先輩ではあるが、モデールの森を知りつくしているという点で、二人は対等と言える。性格こそ違いはあるものの、モデールを守ってきた二人に信頼を寄せる職員は多い。

 顔を合わせれば三回に一回は起こる忌憚のない意見のぶつかり合いは傍から見ていると背筋が凍るものがあるが、それでも休日が合えば共に酒を飲みに出かけるというのだ。
 過去には怪我をして動けなくなったラウルを、トーラスが二日かけて担いで森から救出したこともあるらしく、二人の間にある絆は強固で、盟友という言葉がこの関係を表すに相応しい。
 しかし、普段はお互いに相手への心配を口にすることはなく、むしろ嫌味を言うこともあるので、今の発言はミーシャにとっては意外なものだった。

「あいつがいなくなると困るんだ」

 それはミーシャが始めて聞いたラウルの本音なのかもしれなかった。

「……あいつはこの森のことならなんでも知っているからな! 使い走りにするには丁度いいんだ」

 これはつい本心を吐露してしまったことへの照れ隠しなのだろう。
 ミーシャはラウルに見えないように静かに肩を震わせた。
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