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第三章
十七話
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「……雨が止んだな」
鉛色にくすんだ空を見つめながらため息交じりに呟いた。すでに時刻は夕刻間近。そろそろ帰路に就かなければならない。夜の森は危険だ。大人数で行動していれば動物は寄ってこないだろうが、手持ちのランタンでは暗くなった森を進むのは心もとない。今から戻り始めても途中で日が落ちてしまうだろうが、その前に特区からは抜けておきたい。
「そろそろ戻ろう。なにかあったか?」
「いいえ。足跡以外にはなにも……」
「そうか……仕方がない。今日は収穫があったんだ。そう気を落とすな」
ラウルの激励の言葉に保護官たちは曖昧に頷いて、帰り支度を始めた。
ラウルは一人泉の方へ歩み寄る。二人分の足跡の隣で立ち止まると、泉の周囲を一周見渡した。
「……どうしてここにきた」
同じ景色を見ればなにかわかるかとも思ったが、この場所に、この景色に、どんな意味があるのかラウルには想像もできなかった。
一日森を捜索して帰投時間の間際に寄った泉のそばで、捜索にあたっていた保護官が二つの足跡を見つけたのだ。調べた結果、一部不明慮な点はあるものの、その足跡のうち一つはモデール監督署で支給されるブーツの靴底と一致することがわかった。
足跡の劣化具合からして二日以内につけられた可能性が高い。直近二週間の間にこの特区Ⅰへ立ち入った保護官の記録はない。とすると考えられる可能性としては、この足跡の一つは三日前に行方不明になったミーシャのものと考えられる。そしてもう片方の足跡はミーシャと行動を共にしているアーリィ・リアトリスのものだろうと推測される。
生きている。まだミーシャは生きている。その事実に一同は大いに沸いた。まだ可能性はある。諦めるには早い。
他にも痕跡が残っていないか入念に探した結果、泉の周辺にいくつか同じ靴跡を見つけることができたが、それ以外の手がかりは見つからなかった。
「ラウルさん。準備ができました」
背後からかけられた声に振り向くと、すでに撤退の準備が整った保護官たちが整列して待っている。皆疲れた顔をしているが、初日と比べれば明るい表情をしている。その理由はいわずもがなだ。
「ああ。それじゃあ行こう」
隊列を作ると先導役が歩き始める。ラウルは殿を務めるので最後尾だ。
「どこでなにをしているんだ。早く帰ってこい」
去り際、泉へ振り返りそこにいた過去のミーシャに向けて言葉をかけた。
──寂しいんですか?
ふとミーシャの声が聞こえた気がした。人懐っこい笑顔で少し意地わるげな声色で話す姿が目に浮かぶ。
「馬鹿野郎」
小突こうとして手が空をさらう。
「ああ、そうか」
所在ない手を握りしめる。いつもミーシャが冗談を言って、それをラウルが窘めたり、軽く頭を小突いて注意するのだが、こちらの動きを読んでミーシャはサッとラウルの手を避けて悪戯な笑みを浮かべるのだ。いつだったかそのやりとりを見ていた別の職員に、仲のよい親子のようだと言われたことがある。言われるまで気がつかなかったが、それから意識することが増え、考えることも多くなった。
周りから見れば不思議に見えたかもしれない。二人の関係はただの上司と部下という言葉では説明しきれないものだからだ。だが、それはラウルに限った話ではない。監督署の仲間は全員ミーシャを兄妹のように、姉妹のように、子供のように。孫のように思っていたから。
「寂しいに決まっている」
目に浮かぶミーシャはこちらを見ようとはしない。だから少しの怒りと、寂寥を込めて言ってやった。少しでもこちらに気を引きたかった。わずかでも振り向いてくれればと。
そんな淡い期待に幻覚のミーシャは答えてくれなかった。
「……雨が止んだな」
鉛色にくすんだ空を見つめながらため息交じりに呟いた。すでに時刻は夕刻間近。そろそろ帰路に就かなければならない。夜の森は危険だ。大人数で行動していれば動物は寄ってこないだろうが、手持ちのランタンでは暗くなった森を進むのは心もとない。今から戻り始めても途中で日が落ちてしまうだろうが、その前に特区からは抜けておきたい。
「そろそろ戻ろう。なにかあったか?」
「いいえ。足跡以外にはなにも……」
「そうか……仕方がない。今日は収穫があったんだ。そう気を落とすな」
ラウルの激励の言葉に保護官たちは曖昧に頷いて、帰り支度を始めた。
ラウルは一人泉の方へ歩み寄る。二人分の足跡の隣で立ち止まると、泉の周囲を一周見渡した。
「……どうしてここにきた」
同じ景色を見ればなにかわかるかとも思ったが、この場所に、この景色に、どんな意味があるのかラウルには想像もできなかった。
一日森を捜索して帰投時間の間際に寄った泉のそばで、捜索にあたっていた保護官が二つの足跡を見つけたのだ。調べた結果、一部不明慮な点はあるものの、その足跡のうち一つはモデール監督署で支給されるブーツの靴底と一致することがわかった。
足跡の劣化具合からして二日以内につけられた可能性が高い。直近二週間の間にこの特区Ⅰへ立ち入った保護官の記録はない。とすると考えられる可能性としては、この足跡の一つは三日前に行方不明になったミーシャのものと考えられる。そしてもう片方の足跡はミーシャと行動を共にしているアーリィ・リアトリスのものだろうと推測される。
生きている。まだミーシャは生きている。その事実に一同は大いに沸いた。まだ可能性はある。諦めるには早い。
他にも痕跡が残っていないか入念に探した結果、泉の周辺にいくつか同じ靴跡を見つけることができたが、それ以外の手がかりは見つからなかった。
「ラウルさん。準備ができました」
背後からかけられた声に振り向くと、すでに撤退の準備が整った保護官たちが整列して待っている。皆疲れた顔をしているが、初日と比べれば明るい表情をしている。その理由はいわずもがなだ。
「ああ。それじゃあ行こう」
隊列を作ると先導役が歩き始める。ラウルは殿を務めるので最後尾だ。
「どこでなにをしているんだ。早く帰ってこい」
去り際、泉へ振り返りそこにいた過去のミーシャに向けて言葉をかけた。
──寂しいんですか?
ふとミーシャの声が聞こえた気がした。人懐っこい笑顔で少し意地わるげな声色で話す姿が目に浮かぶ。
「馬鹿野郎」
小突こうとして手が空をさらう。
「ああ、そうか」
所在ない手を握りしめる。いつもミーシャが冗談を言って、それをラウルが窘めたり、軽く頭を小突いて注意するのだが、こちらの動きを読んでミーシャはサッとラウルの手を避けて悪戯な笑みを浮かべるのだ。いつだったかそのやりとりを見ていた別の職員に、仲のよい親子のようだと言われたことがある。言われるまで気がつかなかったが、それから意識することが増え、考えることも多くなった。
周りから見れば不思議に見えたかもしれない。二人の関係はただの上司と部下という言葉では説明しきれないものだからだ。だが、それはラウルに限った話ではない。監督署の仲間は全員ミーシャを兄妹のように、姉妹のように、子供のように。孫のように思っていたから。
「寂しいに決まっている」
目に浮かぶミーシャはこちらを見ようとはしない。だから少しの怒りと、寂寥を込めて言ってやった。少しでもこちらに気を引きたかった。わずかでも振り向いてくれればと。
そんな淡い期待に幻覚のミーシャは答えてくれなかった。
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