ルグリと魔人

雨山木一

文字の大きさ
24 / 71
第四章

二十四話

しおりを挟む
 24

「グリフィスの容態は?」

「頭と背中を強く打ちつけたようですが、幸い外傷はありませんでした。ただ念のために今は自室で休ませてます」

「そうか。不幸中の幸いだな」

「ええ。彼に怪我がなくて本当によかった」

「しかし、グリフィスに一体なにがあったんだ」

「金貨にタガネを当てた瞬間、目の前がいきなり明るくなって、気がついたときには吹き飛ばされたと」

「加工を失敗したということか?」

「いいえ。今回のようなことはこれが初めてです。僕が扱うアーティファクトは基本的に力を制限した状態でグリフィスに渡します。やはり人間がアーティファクトを扱うのは危険ですからね。しかし、彼も熟練の職人といっても過言ではないほどの腕の持ち主です。作業前の危険予知も入念に行う。だからこれまでこういった事故は一度も起こらなかったんですが……」

「事故、ねぇ……。契約の方は?」

「金貨は完成していません。これでは契約は結べない。彫金自体は僕もできますが、こうなってしまった原因がわからない以上は一時保留ということにするしか……」

「可能性とすれば金貨になんらかの問題があったということだけど……。あれはお前が製造したのか?」

「いいえ」

「ものは?」

「それが粉々に砕けてしまって。なにか原因が探れないかと調べてみましたけど、これと言った原因は判明しませんでした」

「そうか。なら、原因究明は一旦棚上げだな。他に金貨はないのか?」

「はい。あの金貨が最後の一枚なんです」

「新たに製造することは?」

「材料が足りません」

「八方ふさがりだな。まあ仮にできたとしても、あいつがあれじゃあな……」

「そうですね……。ミーシャちゃんは?」

「外で水車を眺めてるよ」

 ◇◇◇

 岩の間から染み出してきた水が大きな桶に溜まり、溢れた出た水が水盤目かけて流れ落ちて勢いがついた車が回る。役目を終えた水は家の裏手に伸びる水路を通ってどこかへ消えていく。
 水車の前で膝を抱きながらしゃがんで水の行き先をぼんやりとした頭で考える。この水はモデールへ流れていくだろうか。それともまだ見つかっていない未踏の場所から湧き出る水として、森とそこに住む動植物たちの命の泉として生命を繋ぐのだろうか。いや、そもそもここはアヌウンだ。あの水がモデールにたどり着くかはわからない。アヌウンでアシュマンたちの生活の糧になるのかもしれない。
 ぼんやりとそんなとり留めのないことを延々と考える。そうしないと、あの言葉が頭のなかで延々と再生されてしまう。
 
「……っ」

 背後で誰かが立つ気配がした。

「どうだ。少しは落ちついたか」

「……うるさい」

「とりあえず外傷はないってさ。しばらく休んでいれば問題ないだろう」

「そうですか」

「というか、純粋に疑問なんだけど始めてグリフィスにあったときに自分の父親だと気がつかなかったのか?」

「だって……仮面被ってたし、声も籠ってて聞きとりずらかったし、足だって……。ただの同姓同名だと思ったんだもん」

「いや、モーデルにいる人間で名前がグリフィスという時点で普通は察するだろう」

 アーリィの指摘はもっともだし、ミーシャだってもしかしてと考えなかったわけではない。ただ、右足を引きずる姿を見て、とっさに父親であってほしくないと思ってしまった。

「…………うるさい」

「なんださっきからうるさいうるさいって。わざわざ心配してやってきたというのに」

「押しつけがましい」

「厚意は素直に受け取った方がいいぞ。処世術は身に着けておいて損はない」

「そんなものどうでもいいです」

「出世はいいぞ。人のうえに立つのはつらいが、金がどんどん増えていくからな。金は裏切らない。貯めれば貯めただけ心を潤してくれる」

「守銭奴みたいなこといいますね」

「旅人はおおむねね守銭奴だ。渡り鳥のように旅をして暮らしていると、金銭に関して敏感にならざるをえないからな」

「貴方は渡り鳥なんて可愛らしいものじゃないでしょう。どちらかと言うとハゲタカの方が合っていると思います」

「ハゲタカをイメージだけで語っていないか? それにこの美しい私のどこがハゲタカに見えるんだ? 容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備。こんな完璧な女どこを探しても見つからないぞ」

「眉目秀麗は主に男性に使う言葉ですよ」

「……似たようなものだろう。要するに完璧な私の助言は素直に受け入れた方がいいということだ」

「言葉の使い方を間違っている時点で完璧から外れていると思いますが」

「人がちょっと間違ったくらいでぐちぐち言うなよ。親に寛容な人間になれと教わらなかったのか」

「……」

「おっと、藪蛇」

「ああ、もう! なにしにきたんですか。励ますならもっと他に言い方があるでしょう!」

「心配はしたが励ましにはきてない。様子を見にきただけだ」

「だったらもう充分でしょ。放っといてよ!」

「そういうわけにもいかない。君からの依頼はまだ達成していないからな。このまま放りだすのは私の仕事の流儀に反する。とり急ぎ現状の報告でもしようか。先程のハプニングで君の願いは一旦保留されることになった。どうやらグリフィスは彫金をしようとして、あのようなことになったらしい。原因は不明。キャスウェルに変わりの金貨はないのかと聞いてみたが、在庫はなく新たに製造するにも材料がないそうだ。どうする?」

「……どうするって?」

「君からの依頼は願いを叶えてくれる強い力を持ったアシュマンの元へ連れて行って欲しいだった。だから私はこへ君を連れてくることにした。しかし、その願いを叶えることは現状不可能。手詰まりになってしまったな。ただ、思いもよらない形ではあるが再会自体は果たせたわけだ。さて、これから君はどうする? このまま仲間の元へ帰るか? それともキャスウェルからグリフィスを奪うか。どっちにしろ、君にとっていい結果になるとは言えないが、それでも君のこれからの人生を左右する問題だ。私としては君の意見を尊重しよう」

「二択を迫っておいて、尊重もなにもないでしょう」

「別に二択から選べと言っているわけじゃない。君に他の選択肢があるのならば、そちらを選ぶのでも構わないさ」

「……」

「人生に選択はつきものだ。これから君はたくさんそういった場面に直面することになる。ときには選択肢が一つしかない場合や、そもそもないこともあるかもしれない。それでも、君は選ばなければならない。だから、よく考えろ。後々後悔しないためにな」

「説教ですか」

「人生の先輩としての助言だよ」

「……貴方は後悔するんですか?」

「もちろん。君よりも長く生きているから、たくさんの選択に迫られてきた。後悔しないためにした選択で後悔したこともある。だが、それも今になっては必要なものだったと思える。大切なのはその時々の感情を忘れずに心に刻み込むことだ。後悔というのは、後ろから絶えず追いかけてくる死神のようなものだ。奴らはこちらの理性を乱して甘い誘惑を仕掛けてくる。その誘惑に負けると人は後悔の渦から逃れられなくなってしまう。だけど、その誘惑を乗り越え、後悔そのものを深く正しく心に刻むことができたとしたら、それは君にとって大きな財産になるはずだ」

「それが受け入れたくない真実でも?」

「心が受け入れたくないと拒絶しているうちは、そのままでいい。でも、もし受け入れてもいいかもしれないと思えるときがきたら、そのとき始めて後悔を深く正しく刻むんだ。そして受け入れたことによる変化を真正面から目を逸らさずにに見つめるんだ」

「あたしは……」

 目の前で周り続ける水車を見あげる。
 この水車に使われる水がどこからきて、どこへ流れていくのかはわからない。
 しかし、その流れゆく先を見ようとせず、同じ場所に立ち続けていてはいつまで経ってもわからないままだ。
 知りたいのに知ろうとしない矛盾を抱えたままでは、自分の心を自分で欺いているのと同じ。
 
「……戻ります。まずはキャスさんの話を聞いて、それから考えます」

「それが依頼主の選択ならば、私は従おう」

 水路を流れる水を両手で掬い、顔を洗う。刺すような冷たさの水が眼球から神経を伝って脳の靄を晴らす。

「貴方って、案外面倒見いいんですね」

 玄関の前で立ち止まり、振り返ってそんな言葉をかけた。アーリィは少しだけ虚を突かれたような顔をして、それからつまらなそうに鼻を鳴らした。

「仕事に支障があると困るのは私だからな。依頼主の機嫌をとってやるのも仕事のうちだ」

「ふふ。大人って面倒くさいですね」

「子供は単純だから扱いが楽でいい」

 軽口を叩きあって気持ちがだいぶ軽くなった。玄関のドアノブを握る。まだ少し怖い。でも、面倒見のよい大人が後ろにいてくれる安心感が、ノブを回す手に力を込めさせてくれる。

「それじゃ行きましょうか」

「了解、オーナー」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

 社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。

本条蒼依
ファンタジー
 山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、 残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして 遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。  そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を 拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、 町から逃げ出すところから始まる。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...