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第四章
二十四話
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「グリフィスの容態は?」
「頭と背中を強く打ちつけたようですが、幸い外傷はありませんでした。ただ念のために今は自室で休ませてます」
「そうか。不幸中の幸いだな」
「ええ。彼に怪我がなくて本当によかった」
「しかし、グリフィスに一体なにがあったんだ」
「金貨にタガネを当てた瞬間、目の前がいきなり明るくなって、気がついたときには吹き飛ばされたと」
「加工を失敗したということか?」
「いいえ。今回のようなことはこれが初めてです。僕が扱うアーティファクトは基本的に力を制限した状態でグリフィスに渡します。やはり人間がアーティファクトを扱うのは危険ですからね。しかし、彼も熟練の職人といっても過言ではないほどの腕の持ち主です。作業前の危険予知も入念に行う。だからこれまでこういった事故は一度も起こらなかったんですが……」
「事故、ねぇ……。契約の方は?」
「金貨は完成していません。これでは契約は結べない。彫金自体は僕もできますが、こうなってしまった原因がわからない以上は一時保留ということにするしか……」
「可能性とすれば金貨になんらかの問題があったということだけど……。あれはお前が製造したのか?」
「いいえ」
「ものは?」
「それが粉々に砕けてしまって。なにか原因が探れないかと調べてみましたけど、これと言った原因は判明しませんでした」
「そうか。なら、原因究明は一旦棚上げだな。他に金貨はないのか?」
「はい。あの金貨が最後の一枚なんです」
「新たに製造することは?」
「材料が足りません」
「八方ふさがりだな。まあ仮にできたとしても、あいつがあれじゃあな……」
「そうですね……。ミーシャちゃんは?」
「外で水車を眺めてるよ」
◇◇◇
岩の間から染み出してきた水が大きな桶に溜まり、溢れた出た水が水盤目かけて流れ落ちて勢いがついた車が回る。役目を終えた水は家の裏手に伸びる水路を通ってどこかへ消えていく。
水車の前で膝を抱きながらしゃがんで水の行き先をぼんやりとした頭で考える。この水はモデールへ流れていくだろうか。それともまだ見つかっていない未踏の場所から湧き出る水として、森とそこに住む動植物たちの命の泉として生命を繋ぐのだろうか。いや、そもそもここはアヌウンだ。あの水がモデールにたどり着くかはわからない。アヌウンでアシュマンたちの生活の糧になるのかもしれない。
ぼんやりとそんなとり留めのないことを延々と考える。そうしないと、あの言葉が頭のなかで延々と再生されてしまう。
「……っ」
背後で誰かが立つ気配がした。
「どうだ。少しは落ちついたか」
「……うるさい」
「とりあえず外傷はないってさ。しばらく休んでいれば問題ないだろう」
「そうですか」
「というか、純粋に疑問なんだけど始めてグリフィスにあったときに自分の父親だと気がつかなかったのか?」
「だって……仮面被ってたし、声も籠ってて聞きとりずらかったし、足だって……。ただの同姓同名だと思ったんだもん」
「いや、モーデルにいる人間で名前がグリフィスという時点で普通は察するだろう」
アーリィの指摘はもっともだし、ミーシャだってもしかしてと考えなかったわけではない。ただ、右足を引きずる姿を見て、とっさに父親であってほしくないと思ってしまった。
「…………うるさい」
「なんださっきからうるさいうるさいって。わざわざ心配してやってきたというのに」
「押しつけがましい」
「厚意は素直に受け取った方がいいぞ。処世術は身に着けておいて損はない」
「そんなものどうでもいいです」
「出世はいいぞ。人のうえに立つのはつらいが、金がどんどん増えていくからな。金は裏切らない。貯めれば貯めただけ心を潤してくれる」
「守銭奴みたいなこといいますね」
「旅人は概ね守銭奴だ。渡り鳥のように旅をして暮らしていると、金銭に関して敏感にならざるをえないからな」
「貴方は渡り鳥なんて可愛らしいものじゃないでしょう。どちらかと言うとハゲタカの方が合っていると思います」
「ハゲタカをイメージだけで語っていないか? それにこの美しい私のどこがハゲタカに見えるんだ? 容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備。こんな完璧な女どこを探しても見つからないぞ」
「眉目秀麗は主に男性に使う言葉ですよ」
「……似たようなものだろう。要するに完璧な私の助言は素直に受け入れた方がいいということだ」
「言葉の使い方を間違っている時点で完璧から外れていると思いますが」
「人がちょっと間違ったくらいでぐちぐち言うなよ。親に寛容な人間になれと教わらなかったのか」
「……」
「おっと、藪蛇」
「ああ、もう! なにしにきたんですか。励ますならもっと他に言い方があるでしょう!」
「心配はしたが励ましにはきてない。様子を見にきただけだ」
「だったらもう充分でしょ。放っといてよ!」
「そういうわけにもいかない。君からの依頼はまだ達成していないからな。このまま放りだすのは私の仕事の流儀に反する。とり急ぎ現状の報告でもしようか。先程のハプニングで君の願いは一旦保留されることになった。どうやらグリフィスは彫金をしようとして、あのようなことになったらしい。原因は不明。キャスウェルに変わりの金貨はないのかと聞いてみたが、在庫はなく新たに製造するにも材料がないそうだ。どうする?」
「……どうするって?」
「君からの依頼は願いを叶えてくれる強い力を持ったアシュマンの元へ連れて行って欲しいだった。だから私はこへ君を連れてくることにした。しかし、その願いを叶えることは現状不可能。手詰まりになってしまったな。ただ、思いもよらない形ではあるが再会自体は果たせたわけだ。さて、これから君はどうする? このまま仲間の元へ帰るか? それともキャスウェルからグリフィスを奪うか。どっちにしろ、君にとっていい結果になるとは言えないが、それでも君のこれからの人生を左右する問題だ。私としては君の意見を尊重しよう」
「二択を迫っておいて、尊重もなにもないでしょう」
「別に二択から選べと言っているわけじゃない。君に他の選択肢があるのならば、そちらを選ぶのでも構わないさ」
「……」
「人生に選択はつきものだ。これから君はたくさんそういった場面に直面することになる。ときには選択肢が一つしかない場合や、そもそもないこともあるかもしれない。それでも、君は選ばなければならない。だから、よく考えろ。後々後悔しないためにな」
「説教ですか」
「人生の先輩としての助言だよ」
「……貴方は後悔するんですか?」
「もちろん。君よりも長く生きているから、たくさんの選択に迫られてきた。後悔しないためにした選択で後悔したこともある。だが、それも今になっては必要なものだったと思える。大切なのはその時々の感情を忘れずに心に刻み込むことだ。後悔というのは、後ろから絶えず追いかけてくる死神のようなものだ。奴らはこちらの理性を乱して甘い誘惑を仕掛けてくる。その誘惑に負けると人は後悔の渦から逃れられなくなってしまう。だけど、その誘惑を乗り越え、後悔そのものを深く正しく心に刻むことができたとしたら、それは君にとって大きな財産になるはずだ」
「それが受け入れたくない真実でも?」
「心が受け入れたくないと拒絶しているうちは、そのままでいい。でも、もし受け入れてもいいかもしれないと思えるときがきたら、そのとき始めて後悔を深く正しく刻むんだ。そして受け入れたことによる変化を真正面から目を逸らさずにに見つめるんだ」
「あたしは……」
目の前で周り続ける水車を見あげる。
この水車に使われる水がどこからきて、どこへ流れていくのかはわからない。
しかし、その流れゆく先を見ようとせず、同じ場所に立ち続けていてはいつまで経ってもわからないままだ。
知りたいのに知ろうとしない矛盾を抱えたままでは、自分の心を自分で欺いているのと同じ。
「……戻ります。まずはキャスさんの話を聞いて、それから考えます」
「それが依頼主の選択ならば、私は従おう」
水路を流れる水を両手で掬い、顔を洗う。刺すような冷たさの水が眼球から神経を伝って脳の靄を晴らす。
「貴方って、案外面倒見いいんですね」
玄関の前で立ち止まり、振り返ってそんな言葉をかけた。アーリィは少しだけ虚を突かれたような顔をして、それからつまらなそうに鼻を鳴らした。
「仕事に支障があると困るのは私だからな。依頼主の機嫌をとってやるのも仕事のうちだ」
「ふふ。大人って面倒くさいですね」
「子供は単純だから扱いが楽でいい」
軽口を叩きあって気持ちがだいぶ軽くなった。玄関のドアノブを握る。まだ少し怖い。でも、面倒見のよい大人が後ろにいてくれる安心感が、ノブを回す手に力を込めさせてくれる。
「それじゃ行きましょうか」
「了解、オーナー」
「グリフィスの容態は?」
「頭と背中を強く打ちつけたようですが、幸い外傷はありませんでした。ただ念のために今は自室で休ませてます」
「そうか。不幸中の幸いだな」
「ええ。彼に怪我がなくて本当によかった」
「しかし、グリフィスに一体なにがあったんだ」
「金貨にタガネを当てた瞬間、目の前がいきなり明るくなって、気がついたときには吹き飛ばされたと」
「加工を失敗したということか?」
「いいえ。今回のようなことはこれが初めてです。僕が扱うアーティファクトは基本的に力を制限した状態でグリフィスに渡します。やはり人間がアーティファクトを扱うのは危険ですからね。しかし、彼も熟練の職人といっても過言ではないほどの腕の持ち主です。作業前の危険予知も入念に行う。だからこれまでこういった事故は一度も起こらなかったんですが……」
「事故、ねぇ……。契約の方は?」
「金貨は完成していません。これでは契約は結べない。彫金自体は僕もできますが、こうなってしまった原因がわからない以上は一時保留ということにするしか……」
「可能性とすれば金貨になんらかの問題があったということだけど……。あれはお前が製造したのか?」
「いいえ」
「ものは?」
「それが粉々に砕けてしまって。なにか原因が探れないかと調べてみましたけど、これと言った原因は判明しませんでした」
「そうか。なら、原因究明は一旦棚上げだな。他に金貨はないのか?」
「はい。あの金貨が最後の一枚なんです」
「新たに製造することは?」
「材料が足りません」
「八方ふさがりだな。まあ仮にできたとしても、あいつがあれじゃあな……」
「そうですね……。ミーシャちゃんは?」
「外で水車を眺めてるよ」
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岩の間から染み出してきた水が大きな桶に溜まり、溢れた出た水が水盤目かけて流れ落ちて勢いがついた車が回る。役目を終えた水は家の裏手に伸びる水路を通ってどこかへ消えていく。
水車の前で膝を抱きながらしゃがんで水の行き先をぼんやりとした頭で考える。この水はモデールへ流れていくだろうか。それともまだ見つかっていない未踏の場所から湧き出る水として、森とそこに住む動植物たちの命の泉として生命を繋ぐのだろうか。いや、そもそもここはアヌウンだ。あの水がモデールにたどり着くかはわからない。アヌウンでアシュマンたちの生活の糧になるのかもしれない。
ぼんやりとそんなとり留めのないことを延々と考える。そうしないと、あの言葉が頭のなかで延々と再生されてしまう。
「……っ」
背後で誰かが立つ気配がした。
「どうだ。少しは落ちついたか」
「……うるさい」
「とりあえず外傷はないってさ。しばらく休んでいれば問題ないだろう」
「そうですか」
「というか、純粋に疑問なんだけど始めてグリフィスにあったときに自分の父親だと気がつかなかったのか?」
「だって……仮面被ってたし、声も籠ってて聞きとりずらかったし、足だって……。ただの同姓同名だと思ったんだもん」
「いや、モーデルにいる人間で名前がグリフィスという時点で普通は察するだろう」
アーリィの指摘はもっともだし、ミーシャだってもしかしてと考えなかったわけではない。ただ、右足を引きずる姿を見て、とっさに父親であってほしくないと思ってしまった。
「…………うるさい」
「なんださっきからうるさいうるさいって。わざわざ心配してやってきたというのに」
「押しつけがましい」
「厚意は素直に受け取った方がいいぞ。処世術は身に着けておいて損はない」
「そんなものどうでもいいです」
「出世はいいぞ。人のうえに立つのはつらいが、金がどんどん増えていくからな。金は裏切らない。貯めれば貯めただけ心を潤してくれる」
「守銭奴みたいなこといいますね」
「旅人は概ね守銭奴だ。渡り鳥のように旅をして暮らしていると、金銭に関して敏感にならざるをえないからな」
「貴方は渡り鳥なんて可愛らしいものじゃないでしょう。どちらかと言うとハゲタカの方が合っていると思います」
「ハゲタカをイメージだけで語っていないか? それにこの美しい私のどこがハゲタカに見えるんだ? 容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備。こんな完璧な女どこを探しても見つからないぞ」
「眉目秀麗は主に男性に使う言葉ですよ」
「……似たようなものだろう。要するに完璧な私の助言は素直に受け入れた方がいいということだ」
「言葉の使い方を間違っている時点で完璧から外れていると思いますが」
「人がちょっと間違ったくらいでぐちぐち言うなよ。親に寛容な人間になれと教わらなかったのか」
「……」
「おっと、藪蛇」
「ああ、もう! なにしにきたんですか。励ますならもっと他に言い方があるでしょう!」
「心配はしたが励ましにはきてない。様子を見にきただけだ」
「だったらもう充分でしょ。放っといてよ!」
「そういうわけにもいかない。君からの依頼はまだ達成していないからな。このまま放りだすのは私の仕事の流儀に反する。とり急ぎ現状の報告でもしようか。先程のハプニングで君の願いは一旦保留されることになった。どうやらグリフィスは彫金をしようとして、あのようなことになったらしい。原因は不明。キャスウェルに変わりの金貨はないのかと聞いてみたが、在庫はなく新たに製造するにも材料がないそうだ。どうする?」
「……どうするって?」
「君からの依頼は願いを叶えてくれる強い力を持ったアシュマンの元へ連れて行って欲しいだった。だから私はこへ君を連れてくることにした。しかし、その願いを叶えることは現状不可能。手詰まりになってしまったな。ただ、思いもよらない形ではあるが再会自体は果たせたわけだ。さて、これから君はどうする? このまま仲間の元へ帰るか? それともキャスウェルからグリフィスを奪うか。どっちにしろ、君にとっていい結果になるとは言えないが、それでも君のこれからの人生を左右する問題だ。私としては君の意見を尊重しよう」
「二択を迫っておいて、尊重もなにもないでしょう」
「別に二択から選べと言っているわけじゃない。君に他の選択肢があるのならば、そちらを選ぶのでも構わないさ」
「……」
「人生に選択はつきものだ。これから君はたくさんそういった場面に直面することになる。ときには選択肢が一つしかない場合や、そもそもないこともあるかもしれない。それでも、君は選ばなければならない。だから、よく考えろ。後々後悔しないためにな」
「説教ですか」
「人生の先輩としての助言だよ」
「……貴方は後悔するんですか?」
「もちろん。君よりも長く生きているから、たくさんの選択に迫られてきた。後悔しないためにした選択で後悔したこともある。だが、それも今になっては必要なものだったと思える。大切なのはその時々の感情を忘れずに心に刻み込むことだ。後悔というのは、後ろから絶えず追いかけてくる死神のようなものだ。奴らはこちらの理性を乱して甘い誘惑を仕掛けてくる。その誘惑に負けると人は後悔の渦から逃れられなくなってしまう。だけど、その誘惑を乗り越え、後悔そのものを深く正しく心に刻むことができたとしたら、それは君にとって大きな財産になるはずだ」
「それが受け入れたくない真実でも?」
「心が受け入れたくないと拒絶しているうちは、そのままでいい。でも、もし受け入れてもいいかもしれないと思えるときがきたら、そのとき始めて後悔を深く正しく刻むんだ。そして受け入れたことによる変化を真正面から目を逸らさずにに見つめるんだ」
「あたしは……」
目の前で周り続ける水車を見あげる。
この水車に使われる水がどこからきて、どこへ流れていくのかはわからない。
しかし、その流れゆく先を見ようとせず、同じ場所に立ち続けていてはいつまで経ってもわからないままだ。
知りたいのに知ろうとしない矛盾を抱えたままでは、自分の心を自分で欺いているのと同じ。
「……戻ります。まずはキャスさんの話を聞いて、それから考えます」
「それが依頼主の選択ならば、私は従おう」
水路を流れる水を両手で掬い、顔を洗う。刺すような冷たさの水が眼球から神経を伝って脳の靄を晴らす。
「貴方って、案外面倒見いいんですね」
玄関の前で立ち止まり、振り返ってそんな言葉をかけた。アーリィは少しだけ虚を突かれたような顔をして、それからつまらなそうに鼻を鳴らした。
「仕事に支障があると困るのは私だからな。依頼主の機嫌をとってやるのも仕事のうちだ」
「ふふ。大人って面倒くさいですね」
「子供は単純だから扱いが楽でいい」
軽口を叩きあって気持ちがだいぶ軽くなった。玄関のドアノブを握る。まだ少し怖い。でも、面倒見のよい大人が後ろにいてくれる安心感が、ノブを回す手に力を込めさせてくれる。
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