ルグリと魔人

雨山木一

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終章

六十九話

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「なにをいきなり──」

「あたし監督署を辞めてきたんです」

 衝撃的なことを口走るミーシャに、私は一瞬呆けてしまった。

「おい、話しが飛びすぎて追いつけない。今そんな話はしてなかっただろう」

「もうラウルさんには許可をもらったんで、これにて晴れて無職です」

 困惑する私を置いて、ミーシャはどこか嬉々とした様子で語る。こちらの話は聞く気がないようだ。

「はあ、なんなんだよ。もういい。それでどうしてまたそんな突拍子もないことを」

「父さんをとり戻す方法を探す旅に出ることにしたんです」

 ミーシャは同じように笑みを浮かべたまま言うが、対する私は絶句していた。
 突拍子もないことだと? 馬鹿か私は。
 今回の件を通して私はミーシャという少女を知った。彼女はとても優しい少女だ。だが、それ以上に挫けない少女でもあった。
 そんな彼女が烙核の海に残してきた父親を簡単に諦めるはずがなかった。
 ミーシャが父を求めて旅をする決断をくだすのは当然の帰結だと言える。

「待て待て、君のような子供が一人で世間を渡るのは危険すぎる。今までは守ってくれる大人がいたかもしれないが、を出れば全ての責任を自分だけで背負わなければならない。私は君にはまだ早いと思う。世界は悪意に満ちているんだ。無駄に命を散らせることはない」

 ミーシャは子供の時代を終え世界に向かって羽ばたこうとしている。親鳥の元を離れ、今まさに世界という大空に飛び立とうとする若鳥のように。
 こんな言葉にどれほどの意味もないということはわかっていた。それでも言わなければならない。

「空はどこまでも青く澄んでいるわけではない。白く濁ることもあるし、黒く塗りつぶされることもある。ようやく毛が生えそろったような雛が羽ばたくにはあまりにも無謀だ」

 意地の悪い言い方をしている自覚はある。しかし、私自身の経験からそう言わざるを得ない。世界は想像しているよりも醜悪で、残酷なものだ。
 それが美しさでもあるのだが。
 
「でも、いつまでも居心地のいい家で生えそろった毛を繕ってばかりではいけないでしょう。ときがきたら雛は巣立ちしなくちゃいけません」

「確かにそれは正しいが……」

 家族を想い、愚直に進もうとしていた姿はそこにはない。彼女は自分がなにも知らないことを知ってしまった。
 今目に映つている空がこの世の全てではないと知ってしまった。
 だから、旅立つ決心をしたのだ。小さな巣箱の入り口から空を眺めるのではなく、自身の翼で羽ばたいて天空を渡ると。
 覚悟を決めて変わったのだ。部外者が口を挟む余地はない。

「ふふ。やっぱり貴方は優しいです」

 ミーシャは嬉しそうに微笑む。

「そうやってあたしのことを心配してくれてるでしょう?」

「あ……」

 なにも言えないでいると、ミーシャはさらに笑みを深めて何度も頷く。

「そんな貴方だからあたしは悪い人じゃないって思うんです」

 そんな風に言われてしまうと返す言葉が思いつかない。気づかないようにしようとすればするほど、頬に熱が集まってくるのを感じる。

「でも……確かに貴方の言うことも一理あると思います。いくらラウルさんの元で訓練を積んできたといっても、所詮は付け焼刃。か弱い女の子の技程度じゃ本物には通用しないことはすでに経験ずみです」

 ミーシャは顎に手をあてて芝居がかったように言う。恐らく私がラウルを倒したときのことを言っているのだろう。
 一応補足しておくが私も格闘に覚えがあるとはいえ、あれだけ体格差のある相手に真正面から立ち向かって勝てるとは思っていない。あれは奇襲が上手くいったからできたことだ。普通男と女が肉弾戦をするとなれば余程の力量差がない限りは男に勝つことなどできない。
 どうやらミーシャはそのところを勘違いしているようだ。

「変に含みのある言い方をするな」

「そこで一つ貴方に仕事をお願いしたいんです」

 私の抗議を受け流し、ミーシャは一呼吸を置いて言い放つ。

「烙核の海から父さんをとり戻す方法を探すために、貴方の旅に同行させてください」

 今度は息をすることすら忘れてしまった。だが、なんとなくミーシャの意図が読めてきた。
 全く小癪な真似をしてくれる。少しずる賢くなったんじゃないか? しんみりとしてしまった気持ちを返してほしい。
 感心と呆れを同時に感じつつ、私は思案する。
 ここで素直に頷くのは簡単だ。だが、旅をするというのはずる賢いだけでは到底続けられない。危険や苦難を前に屈しない心と状況を正確に判断し機転を利かせる頭の回転が必要だ。
 意地が悪いが少し試させてもらおう。

「私は都から指名手配されている悪人だぞ? そんな人間と一緒にくるなんて正気とは思えないな」
 
「言ったじゃないですか。貴方は悪人ではありません。絶対に」

 お世辞にも人を見る目があるとは言えない相手にそう断言されても嬉しくはないな。

「心配しないでください。ちゃんと報酬も用意してあります」

 ミーシャは胸ポケットから見覚えのある純白のハンカチをとり出し丁寧な手つきで広げる。なかから太陽の光りを浴びて金色の輝きを示す金貨が一枚現れた。

 「あたしはこの妖精の金貨を報酬として貴方に差しあげます」

 「それは父親の形見だろう。大切なものじゃないか」

はそうです。でも、父さんをとり戻せば形見ではなくなります。それに前に言っていましたよね。妖精の金貨はとても貴重なものであると。だったら対価としては十分なずです」

「なるほどね。だが、それでは依頼を受ける条件としてはまだ弱いな。確かに妖精の金貨は希少なアーティファクトではあるが、君だけが持っているわけじゃない。現に私もいくつか所有しているしね。妖精の金貨だけでは君の依頼を受ける理由にはならないな」

 挑発的に言い放ちさてどう返してくるかと構えたが、ミーシャはそんな返しは想定ずみかのように一つ頷き、淀むことなく言い返す。

「まだあります。貴方とあたしは同じ目的を持つ者同士として協力することができます」

「協力だと?」

「はい。貴方はこの世でとびっきりのお尋ね者であるがゆえに、なにをするにも他者の目を気にしなければならない。これは貴方の目的達成に少なからず支障をきたすはずです。なのでその煩わしさを解消するために、あたしは貴方の手となり足となります。ボディガードは無理かもしれないけど、素性の割れていないあたしだからこそ、一人より二人だからこそできることがあるはずです。これが貴方に提供できるもう一つの対価になります。……どうでしょうか」

 要約すると依頼というのは建前で、小間使いとして雇ってくれと実質的な雇用契約を望んでいるのだ。
 なるほど、そういうことか。
 このとき私はようやくミーシャのしたいことを全て理解した。
 いきなり探偵の真似事をし始めたときは何事かと思ったが、ミーシャは私を糾弾したかったわけではなく、私の旅の目的を確認したかったのだ。

 父親をとり戻す方法を探すと言っても、ミーシャには伝手もなにもない。このまま旅に出ても十中八九見つけることはできないだろう。それどころか志半ばで死ぬ可能性だってある。
 このままでは無謀な旅になるとわかっていたからこそ、アシュマンや魔人について知識がある道案内人が必要だった。
 では、道案内人に最適な人物は一体誰なのか。そんなこと考えるまでもなくルグリの末裔である私以外にいない。
 ただ、普通に旅に同行させてくれと頼んでも断られることは想像に難くない。そこでなにか手はないかと考えているうちに私の矛盾した行動にたどり着き一つの仮説を立てた。その仮説とは私が魔人になにかしらの執着を持っていて、魔人を追う旅をしているのではないかということ。

 ミーシャの目的の父親をとり戻す方法を探す旅というのは、という意味だ。となると、過程はどうあれ最終的に魔人にもう一度接触する必要があり、それは私の旅の目的と重なる。
 せっかく条件に合った道案内人でも、行先が違うのならば意味がない。ミーシャは立てた仮説が正しいと立証する必要があった。ただ、旅の理由を教えてくれと言っても素直に教えてはくれないだろうから、探偵よろしくわざわざ遠回しなやり方で確認をしたのだ。
 依頼という形にしているのも、仕事というフィルターを通せば断られる確率がさがるとでも思ったのだろう。

 拙い交渉の仕方だと思った。そもそもミーシャのやり方は私が話に乗ってくることを前提に考えられている。もし私がとり合わなければ、それだけで策は破綻してしまう。
 きっとミーシャは私が必ず乗ってくると思っていたのだろう。今回の件で歪ではあるが縁ができているのだから、当然無下にされることはないとても考えていたのかもしれない。
 人間関係とは切り貼りで構成されている張りぼてだということを知らないのだ。損を被ると知れば、昨日の友も宿敵とし切り捨てることが当たり前だなんて考えもしないのだ。
 だが、それは仕方がない。親元を離れて独り立ちしているとてまだ十五歳。守られた環境で生きてきたミーシャに、世界の常識を押しつけるのは酷というもの。
 ミーシャの瞳は強風でうねる水面のように揺らいでいる。唇が震えているのを誤魔化すために、口のなかを噛んでいる。わかりやすい虚勢の張り方だった。これでは心のなかでなにを考えているのか丸わかりだ。
 しかし、そんな姿がいじらしく感じてしまうのは私だけではないだろう。

 
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