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第四話 セルヴィア=ワーグハーツ2
しおりを挟むなぜ私は貴族に生まれてしまったのかしら?
なんて今まで何百回と思った事をまた考えてしまう。
別に貴族が嫌だとか両親が嫌いだとかではないの。
着るお洋服や食べる物に困った事はないし、両親や兄妹間の仲も良いと思うし。
だから、なぜ貴族に生まれてしまったのかと思いつつも、平民の子として生まれたかったとは思ってはいない。
私はきっと我儘なんだと思う。
だってまだ「貴族として最前線に立って平民を守りたい」と願っているもの。
国家間同士の戦争は半世紀も前に終止符を打ち、今は人間同士が国家の壁を超えて手を取り合ってそれぞれの文明を発展させている時代。
どこかの教授が「これは仮初めの平和に過ぎない。今の時間は次なる戦争への準備期間である!」なんてひねくれた論文を発表していたけど私はそうは思わない。
世界各地では今も昔も人ならざる異形の存在…魔物なるものが暴れ、奪い、殺しを行っている。
それらを国の魔法師や騎士団が討伐に向かうのだけれど決して貴族の魔法師が最前線に立つことはない。
おかしな話よね。
貴族が率先して前に立ち、魔物を倒して平民を守る。
だからこそ平民は税金を納めて平和な生活を送っているのではないのかしら。
私はそう考えているのだけれどお父様や他の貴族の方々はそうは思っていないみたい。
「貴族は平民達をまとめ、進むべき道を示してやる存在であらねばならん。魔物の前に立って命を危険にさらす行為は言語道断。それは貴族にとって大変愚かな事なのだよ」
物心のついた頃からこれもまた何百回とお父様や他の貴族の方からも言われ続けた言葉。
その度に貴族のことを平民は一体どう思っているのかと考えてしまう。
そして私は十一歳の頃にまるで天から啓示を受けたかのように。
答えの出ない哲学に答えを見出だしたかのように一つの結論に思い至ったの。
例え貴族だとしても自他共に認める凄い実力を持ち、最前線に立っても何ら問題なく魔物を討ち滅ぼせるような存在、私がその初めての人間になればいいのだと。
そうする事で魔物との戦いで失われる命が減り、それによって悲しむ人がいなくなるというのならそれはとても素敵な事ではないかしら?
その頃の私はそんな持論を胸に秘め、お父様にお願いして細剣の家庭教師に来てもらったり兄の学院の教科書を盗み見たりと毎日のように特訓を始めた。
そして私の実力と努力を以てして魔法師学院でそれを証明してやれば良い。
そうすればお父様や周りの皆も私の考えを認めてくれる。
そう信じていた。
でも抱いた夢はわずか二年たらずで打ち砕かれる事になる。
十三歳になった時屋敷に訪れた魔法官の口からとんでもない言葉が飛び出したの。
―――非常に申し上げにくいのですが……セルヴィアお嬢様には魔力がございません…―――
少ない、ではなく「無い」。
そう告げられた母は信じられない内容に気を失い、父は魔法官を追い返すように怒鳴り声を上げた。
当の私は怒る事も気を失う事もなく、呆然と立ち尽くしていたけれど。
それから代わりの魔法官が来て同じように適性を見てもらったのだけれど結果はやはり魔力なし。
無理に属性を作るとすれば「無属性」なのですって。
お父様もお母様も、私が魔力ゼロだと分かってからも露骨に私を嫌ったり避けたりはせずに今まで通り…ううん、今まで以上に優しく接してくれた。
けれどその日を境に今まで嫌でも引っ張って連れていかれていた貴族同士のパーティーや社交界の場に連れて行かれる事はなくなった。
私自身着なれないドレスを着て、食べたり飲んだりする時間もなく代わる代わる話しかけられて家柄や爵位を聞かれたりお世辞を言ったりするのがとても面倒に思っていたので、その件については触れたいとは思わなかった。
でも私は諦めはしなかった。
世界には魔法と全く無縁の国もあると聞いたことがあるから。
魔法がダメならと、細剣の訓練だけを続けたの。
そして私にとって運命ともいえる転機が訪れたのは皮肉にも魔力がないと宣告された年と同じ年だった。
以前から町の同年代の子達数人と「巡回」と称して町の中や、町から少しだけ離れた所にある森の入り口を興味本意で探検していたのだけれど…その日森の入り口で出会ったのは、背丈も体格も私達より少しだけ小さい魔物…ゴブリンだった。
「ギシャアァ!」
「うわぁぁ!」
「キャアァ!」
お互いの存在に気付き子供達は背中を向けて走りだし、私達を見たゴブリンは雄叫びを上げて駆け寄ってきた。
咄嗟に私が腰の細剣を抜いて構えると、ゴブリンは私を警戒して動きを止める。
「セルヴィア!」
駆け出した男の子の一人が足を止めて振り返り私の名前を呼んだ。
「町に戻って誰か呼んできて!」
私は視線をゴブリンに向けたまま声を上げる。
「で、でも…」
「貴方は武器を持っていないでしょう? それに…これは私の使命なの!」
私がそう答えると男の子は手に持っていた木の枝を投げ捨てて再び全速力で駆け出した。
「後は、助けを待ちつつ…ゆっくり後退すれば…」
ゴブリンは素手だった。
対する私は細剣を持っている為優位に立てている。
このままゆっくりと後退し続けて森から離れれば…。
ガサガサッ…
その時森の茂みが動き、ヌッと顔を出したのは―――ゴブリン。
まずい! 新手!?
しかもよくみれば対峙している粗末な服装のゴブリンではなかった。
茶色の布に身を包み小動物の頭蓋骨を棒の先にくくりつけた……ゴブリンメイジ。
「ギャーギャギャギャ!!」
増援に気付いたゴブリンが歓喜の声を上げて飛び跳ねる。
「くっっ!」
私はゴブリンメイジを睨みつけてから飛び跳ねているゴブリンを無視して踵を返して走った。
直後、ゴブリンメイジの方から魔力の流れを感じる。
「ギャア!!」
ゴブリンが私の逃走に気付いて追いかけて来るがかまわない。
と、ゴブリンメイジがぶつぶつと何かを言い終えると、目の前に握り拳ぐらいの火の玉が生まれた。
「キィ!!」
それを私目掛けて投げつけてくる。
全速力で走っている私より、火球の方が早い。
「ひっ…!!」
つい振り返ってしまった私の目に映ったのは火球。
魔力のない私が当たればたちどころに皮膚が焼けてしまうだろう。
でも回避なんてもちろん出来るはずもなく、私は咄嗟に顔を背けて片手を突き出した。
シュウゥゥ……
「ギッ!?」
「えっ…」
火球が…消えた?
事態が分からず驚愕するゴブリンメイジ。
ドッッ!!
「きゃっっ!!」
火球が消えた理由を考える間もなく、追ってきていたゴブリンの体当たりを受けて私はバランスを崩し尻餅をついてしまう。
すぐ目の前に醜悪なゴブリンの下卑た顔。
「くっ……」
レイピアで突こうにも距離が近すぎて上手く突けない。
ゴブリンメイジは…!?
私を組み敷こうとするゴブリンの腕を押しのけて視線を移すとゴブリンメイジは魔法を放とうにもゴブリンが覆いかぶさっているため、撃てないようだった。
「くぅっ…!」
何とかゴブリンを蹴り飛ばそうとして、全身に力を入れた時だった。
「え……?」
何かが違う。
今までに感じた事のない、得体の知れない何かが身体を這うような…駆け巡るような感覚。
これは…何!?
ドッッ!!
「ギャッ!!」
足を縮こまらせてからゴブリンの腹で思いっきり伸ばして蹴り飛ばすと、蹴られたゴブリンが小さい悲鳴を上げて後方へとゴロゴロ転がる。
「キィィ!!」
ゴブリンが離れたのを好機と見て、ゴブリンメイジが火球を再度私めがけて投げつけてきた。
「分からない…! でも…!」
一か八か、私は再度左手を迫りくる火球へと伸ばした。
シュウウゥ……
今度はハッキリと見えた。
ゴブリンメイジが放った火球は私の左手に触れて、吸い込まれるように消えて行った。
ううん、吸い込まれた。
「ギィィ!!」
訳が分からないと言う感情を露わに地団駄を踏むゴブリンメイジ。
そしてまた。
私の体に何かが駆け巡った。
間違いない、と本能で分かった。
これは、魔力だわ!
私は盗み見た兄の教科書の内容を思い出す。
魔法とはイメージである。
範囲は? 威力は? 熱いのか冷たいのか、固いのか柔らかいのか。
身体中をめぐる魔力を紡ぎ、一本の糸にするようにただ編み込む。
編み込んだ糸を身体の一点に集中させて自身が放出させやすい言葉と共に叫ぶ。
「火の玉よ!!」
私はゴブリンメイジが放った火球をイメージして左手を突き出したまま叫ぶ。
と。
ゴォッ!!
左手からやや小ぶりの火球が生まれ、真っ直ぐに飛んでいく。
「ギャアアッ!!」
再度こちらに向かってきていたゴブリンの顔面に火球が直撃して頭部全体が火に包まれる。
頭を焼かれて痛みと熱さで転がるゴブリンを一瞥して、憎悪に満ちた目で私を睨みつけてくるゴブリンメイジ。
私は怯むことなくすぐに魔法をイメージする。
「火の玉よ!!」
先ほどと同じく叫んだが、今度は一瞬火の玉が生まれたかと思うとそのままスゥッと消えてしまった。
「えっ……」
不発?
発動失敗に再度魔力を練ろうとした時だった。
ヒュッッ……ドッ!!
「ギャッ!!」
風切り音がして、ゴブリンメイジの眉間に一本の矢が刺さった。
血を噴き出して力なく倒れるゴブリンメイジ。
頭を焼かれたゴブリンは既に力尽きていた。
「セルヴィア様!! ご無事でいらっしゃいますか!!」
振り返れば街の衛兵が矢の無いボウガンを片手にこちらへと駆け寄ってくる。
傍には先ほど逃がした同年代の男の子。
「…ええ、大丈夫です」
私は細剣を鞘に収めて平然と答えた。
「それは良かった。しかし…子供だけで森に近づくのは感心しませんな」
「こ、これは町の治安を守る為の巡回であって、決して遊びでは!」
「遊びでないなら尚更悪いです。これはワーグハーツ子爵にしっかりとご報告させて頂きます」
「え~……」
この後私はお父様に激しく怒られ、お母様にはひどく泣かれたのだけど。
その日の出来事をお父様とお母様に報告して、私はお医者様に診てもらう事になったの。
その結果…。
「ワーグハーツ子爵。何と申し上げてよいか……」
長く色々な診察を終えて結果を告げる時、お医者様がお父様に対して困ったような、複雑な顔をされた。
「何ですか先生…何が分かったんですか…!?」
狼狽えたお父様がお医者様の両肩に手を置いて揺さぶる。
「よ、良いご報告と悪いご報告がありまして、その……」
歯切れの悪い先生に痺れを切らした私は口を開いた。
「先生、良い方からお聞かせ願えますか?」
「セ、セルヴィア…」
お父様が悲しい顔をしておりました、これは私の事です。
どんな結果であれ知っておきたいもの。
「まずセルヴィアお嬢様は、どうやら非常に稀有な能力をお持ちでいらっしゃいます」
「稀有な、能力?」
首を傾げるお父様。
でも私には思い当たる事があった。
「魔法が効かない…とかかしら?」
「それに近いのですが、恐らく魔力吸収という能力をお持ちかと…」
「魔力吸収? 何だそれは?」
魔力吸収?
なるほど、だから私はゴブリンメイジの魔力を吸収して…。
魔法を使えたという訳ね。
「言葉通りです。自身に向けられた魔法を自身の体内に取り込んで自分の魔力として使えるという能力です」
「な、何だと!? それは凄い!!」
「ええ、正直この能力を持って生まれた人物は非常に少なく、過去に存在したと思われる黒貴婦人や白銀伯爵がそのような能力を持っていたと伝えられている程度です」
「凄い! 凄いぞセルヴィア!! 二人とも国民なら誰もが知る英雄ではないか!!」
結果を聞いてお父様が歓喜する。
それに対してお医者様の表情は硬い。
「では……悪い方は…?」
息をのんで、私はお医者様に尋ねる。
お医者様は暫くの沈黙の後、口を開いた。
「お嬢様は魔力がないのではありません…」
「それのどこが悪い話なのだ? 良い話ではないか」
先ほどより幾分か落ちついたお父様が、二つ目の知らせに頬を緩める。
「魔力がないのではなく、体内で作られては随時流れ出ているのです」
「そ、それは……一体?」
私はそっと目を閉じた。
そうでしたか。
それなら納得がいきます。
「先天性魔力漏出症。命に別条はありませんが、生成量より流れ出る量の方が多く……。魔力を自身で溜める事は今の段階では不可能かと思います…」
「そ、そんな……何とかならんのですか…!」
「現代の医学では……」
お父様はひどく落胆していましたが、私はそれを聞いてとてもスッキリした気分でした。
だって、魔力が無いと判断されていましたがそうではなかった。
あの魔力を吸収して、自身の手で魔法を放った感覚。
あの時の驚きと興奮が忘れられない。
もし、この能力で魔法を吸収し続けたら…私の障害は治るかもしれない。
そんな希望が私の中に湧いてきた。
「お父様!」
私が声を上げると、お父様が悲しそうな目で私を見た。
「私のこの能力で……フォルテナ魔法学院に入る事は可能ですか?」
私の言葉に、お父様は目を丸くして驚いていた。
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