6 / 8
第五話 グラント先生の座学
しおりを挟む実技と違って座学の授業は実に平和なものだ。
午後からは「魔法師にとって重要な能力」という授業で、教壇に立っているのはグラント先生。
先生は細身でひょろっとした体つきで、いつもサイズの大きい深緑色のローブを身に纏っていて白くて長い髭を蓄えている外見から生徒達の間ではノーム爺さんというあだ名をつけられているお爺ちゃん先生だ。
あ、れっきとした人間だよ。
「さて……魔法師にとって最も重要な事は何だと思うかね?」
先生が黒板に「重要な事とは?」という文字を書いてチョークを置いて僕たちの方へと振り返った。
「僕は威力だと思います」
「命中率ですよね」
「発動までの時間の短さです!」
生徒達が次々と挙手してから自身が思う重要な能力を述べていき、先生が黒板にそれらを書き込んでいく。
「やっぱり、飛距離じゃないですかねぇ?」
と、当てつけの様に発言する奴がいて、それを聞いたクラス中からクスクスと笑いが生まれる。
(こういう冷やかしは慣れっこだけど、やっぱり気分は良くないなぁ…)
机に置いたノートに視線を落としながら、先生が黒板に書いていく内容を黙々と写していく。
「気にしない方がいいよ…」
隣からそう囁いてくる声が聞こえて僕はそっと顔を上げた。
ルセリア=ラッシェさん。
栗色の長い髪を後ろで三つ編みにしている、細い銀縁の眼鏡をかけた女の子だ。
真面目な性格でこのクラスをまとめる委員長をしていて、何かと僕の事を気にかけてくれる優しい女の子だ。
僕があからさまに嫌がらせを受けていたり困らされたりしていると、こうして励ましてくれる。
「あ、ありがとう……」
僕はそれだけ言って何だかむず痒くなってしまい、すぐに黒板に視線を戻した。
本当に優しいなぁラッシェさんは。
「ふうむ…。確かに飛距離は重要とも言えなくはないがどれだけ遠くに飛ばせたとしても当たらなければ意味がないとは思わないかのぉ?」
顎鬚をさすりながらそう聞き返す先生の問いかけに飛距離と答えた生徒は返事に窮して「そう…だと思います……」と苦々しい顔で答えた。
はた、と先生と目が合った気がしたけど何事もなかったように話を続ける。
「威力と命中率、そして発動時間も確かに必要な要素であると言えるかも知れん。じゃがどれもそれだけがあれば優秀な魔法師という訳ではないとワシは思うのじゃ」
静かに傾聴する生徒をぐるりと見てから、先生は黒板にカツカツと音を立てながら文字を書いていく。
「威力がある魔法とは? 火魔法なのか水魔法なのか。どれだけ強力な火魔法を火蜥蜴に放ったとて効果は薄い。命中率がどれだけ高くとも岩人形に小石をぶつけたとて倒せはせぬ。最後に…どれだけ発動時間が短くとも当たらぬ事にはただの無駄打ちで終わってしまうのぉ」
じゃあ、全部重要なんじゃないか…。
先生の発言を聞いた僕は心の中でそっと非難の声を上げる。
「えぇ、じゃあ全部大事なんじゃあないですかー…」
と、一人の女子生徒が先生に聞こえる声で口をとがらせてぼやいた。
その発言を聞いて他の生徒達もうんうんと頷く。
今まさにこの女子生徒は生徒全員が抱いた不満を代弁してくれたのだ。
ありがとう、ええと……カーミ…? カメ…? 何て言う名前だったか思い出せない…。
「そうとも言えるかもしれん」
あっさり認めた先生に、皆の目が点になる。
「しかし、最も重要な能力はこれじゃと思う」
カッカッ! と音を立てて先生が黒板に文字を書き殴る。
分析力。
そう書いてから先生は黒板をバンッと叩いた。
「分析力。魔法師においてワシは分析力こそ最も重要な事であると君達に教えたい」
「何故、分析力と思われるんですか?」
赤髪の生徒……フレイアードが手を上げてから質問する。
「ふむ、フレイアード君か。そうじゃな……、もし仮にワシと君が魔法勝負を行うとしよう。ワシに勝てるかね?」
「無理だと思います」
即答するフレイアード。
「それは何故かな?」
「先生に比べて今の自分は魔法容量も攻撃手段も経験も少ないからです」
「ふむ…。では君とゴブリン一匹であればどうかな?」
「自分が勝ちます」
「そういう事じゃよ」
言われたフレイアードが俯いて考える。
良かった。理解できなかったのは僕だけじゃなかった。
「つまりワシの質問で君はワシの戦力とゴブリンの戦力を分析し、自分と比較した上で勝敗を予想した。ワシが重きを置いておるのはその分析力じゃよ」
「なるほど…」
なるほど。何となく分かった。
「自身の力量を的確に把握した上で敵を分析し、どう動けば有利に進むのか。どの属性、戦法で攻めれば相手に勝利出来るのか。それが自然と出来る魔法師は負けぬとワシは思う」
生徒達は熱心に先生の言葉をノートに書き記している。
「そして自身にとって足りないのは何なのかをしっかり把握した上で、それをどうやって補うのかと言う事も考えねばならん」
「先生」
一人の生徒が手を上げる。
「何かな?」
「しかしアノードル先生は「魔法にとって大事なのは破壊力だ」と言っていましたが、それは間違いという事でしょうか?」
生徒の質問に先生はふむ…と一言呟いて顎髭をさすった。
「間違ってはおらぬよ」
「え、で、でも先生は分析力が最も大事だと…」
潔い先生の返事を受けて質問した生徒が困惑する。
「ほっほっほ! ワシは分析力が大事だと思うとワシ個人の考えを伝えただけで、何も威力が大事ではないとは言っておらぬよ」
確かに。
上手い言い回しだけど、先生は一言もそんな事を言っていないよね。
「じゃ、じゃあ結局魔法師にとって何が一番大事なんですか!?」
先生の屁理屈のような、飄々とした態度に苛立ちを覚えたのか生徒の言葉にやや怒気が混じる。
先生は一度ため息をついて首を左右に振った。
「君は何か勘違いしておるが……、何が大事か? などというのは誰かに決められて、教えられてそれを盲信するものではないのじゃよ。魔法師にとって何が大事かなどと言うのは人によって様々じゃからのう」
「……」
「他の先生には他の先生が抱いている大事な事がある。一人一人のそれを聞き出して、自分なりに「分析」するのも自身の考え方を把握するいい勉強になるかも知れんのぉ」
といってホッホッホと先生は笑った。
分析、かぁ。
僕にとって足りないのは…もちろん飛距離だ。
それを補うにはどうしたらいいか…。
相手を分析して懐に潜り込んで殴る?
格闘術を学んで接近戦に持ち込む?
そうなったらもはや魔法じゃなく鈍器やナックルで殴った方が…?
先生の講義を聞きながら自己分析というか…色々な事を考えていたら授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
・ ・ ・ ・ ・
「せ、先生!」
先生が教室を出てからしばらく歩いた所で僕は声を掛けた。
クラスの近くで先生と話しこんでいるのを見られるのが嫌だったからだ。
「君は……アルベルト君だったかね」
振り返った先生が目を細めて柔らかに微笑んでくれる。
「は、はい! そうです…」
「どうしたのかね?」
「あの…先ほどの授業で、分析力という話がありましたが…」
「うむ」
「先生も知っての通り、僕は…魔法を飛ばす事が出来ません……」
「うむ…」
「自分なりに分析してみましたが身体を鍛えて接近戦で相手の懐に潜り込む、とかしか思いつかなくて…その…」
「うむ、うむ」
上手く伝えられない僕に、先生は呆れる様子もなくニコニコと笑って頷いてくれる。
「どうしたら…いいんでしょうか…」
言えた。
相談出来た。
「そうじゃのう…」
僕の言葉を受けて、先生はいつもの様に髭をさすりながら天井を見上げて思案に暮れる。
しばらく考えを巡らせてから先生は僕の目を真っ直ぐ見つめた。
「ワシはそれでもいいとは思うのじゃがの」
「え?」
「魔法師が何も遠距離だけであると決められている訳でもない。近接専門の魔法師、ワシは面白いとは思うがの? しかもお主は四属性持ちじゃからの。近接攻撃が得意な四属性使いは前代未聞の存在じゃぞ」
「そ、そうですかね……」
僕の考え付いた結論に先生が同意してくれた事に対して嬉しい半面、どこか落胆してしまった。
先生なら、僕が考えもつかなかった素晴らしいアドバイスをくれるかもなんて勝手に思って期待していたから。
僕の複雑な表情から心境を読み取ったのか、先生は眉を下げてしゅんとしてしまう。
「すまんのぉ…。アルベルト君が納得のいく答えが見つからなんだわ…」
「い、いえ! とんでもないです!! ありがとうございました!」
僕は一礼をすると踵を返してその場を後にした。
「あ! アルベルト君…」
「先生、今宜しいですか?」
「うん? 君は…」
先生に失礼な態度を取ってしまったな、と廊下を突き当たりまで進んでから振り返ると、先生は他のクラスの女生徒と言葉を交わしていた。
僕みたいな不発に対しても優しい先生だしやっぱり人気あるよねと心中で結論付けて僕は教室へと戻る事にした。
今日から。
ううん、明日から筋力トレーニングを始めようと決意を胸に秘めて。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる