16 / 23
第十五札 もにたりんぐ!! =監視=
しおりを挟む「私、帰りなさいって言ったわよね…?」
夕食時。
静流《しずる》が頬《ほほ》をヒクつかせた笑顔で椎佳《しいか》に肉薄する。
「や、いやぁ~!利剣とサキが「一緒に食べて帰ったら?」とか言うてくれてぇ…。据え膳食《すえぜんく》わぬは何とやらいうやん…?」
「貴女は男じゃないからそれには当てはまりません」
言いながら詰め寄る静流にじりじりと下がる椎佳。
「し、静流…? まぁ俺が食べて帰りなよって言った…みたいな……」
食堂の片隅に追い詰められそれ以上下がれない椎佳を見ていたたまれなくなり本日二度目の助け船を出してやる利剣《りけん》。
本当は食べて帰ったら? なんて事は一切言っていない利剣だったが「せっかく京都からはるばる来たっちゅーのに積もる話も出来へんまま実家に帰れとかひどいわぁ、ウチ泣きそうや…」という泣き落としと「そう思わへん?利剣ー!」といって腕に胸を当ててきたハニートラップの合わせ技で見事に籠絡されましたとは口が裂けても言えない。
ちなみに椎佳の腕に当ててきた二つの丘はこの館の女性の中でもトップクラスだったことを後述しておく。
「利剣さん……」
ゆらり…と振り返った静流の目からは手合わせの時に感じるそれと全く相違ない気迫を放っている。
その場にいたサキに助けを求めるべく視線を動かすが、それよりも早くサキは視線を逸らして壁に話しかけていた。
「最近壁の調子どう? そっかぁ、それはいいねえ」
「お前普段からそんな事してないだろ! ってかそんな能力ねーだろ!!」
「お前じゃないよサキだよー。ねー?」
「くっ……訂正を求めつつその壁と会話する姿勢を崩さないサキに負けたよ…」
「利剣さん…、お食事だって人数分しかないメニューとしたらどうなさるおつもりなのですか?」
椎佳から向き直った静流が今度はゆっくりと利剣に歩いてくる。
「え?あ、いやぁ……どうしようねぇ…?その時は俺、コンビニでも…」
「は?」
静流の一声。
それは苛立ちと怒りと不機嫌と殺意…とにかく負の感情全てが籠っている「は?」だった。
「ち、ちちちちなみに! 今日のメニューは……?」
「サラダにシチュー、パンですが?」
「し、シチューなら分け与えられるなっ!いやぁ、良かった良かった…」
「利剣さん! お優しいのは構いませんが今回の件は椎佳が無断で勝手に訪問してきてご迷惑をおかけしておりますので! 我が家がこんな失礼な家と思われては困りますし、私の妹ですので甘やかさずにこのまま帰らせて下さいませ!」
「ひ、ひぃっ!」
「ひぃっ!」
普段聞くことが出来ない静流のマシンガントークに、利剣と椎佳の二人の声がハモる。
「し、静流さんっ! えっとっ…久しぶりの妹さんとのお食事、良いじゃないですか~っ♪」
この一触即発の空気を一変させたのは流那の一言だった。
「そんなに毎日会える訳じゃないですしっ、流那は兄弟がいないので羨ましいなぁ~って…」
「うっ…」
静流は流那の生い立ちを少しは知っているのだろうか。
流那の何の気もない一言に、静流が言葉を詰まらせる。
それでも静流は持ち直して言葉を続ける。
「し、しかし流那さん…。私たちはこのお屋敷にはお給金を貰ってお仕事をさせて頂いている立場です。それを勝手な判断で親族をアポイントもなしにというのは勝手が……」
「あー、いや、うん。許可する許可する」
自分が雇用主である事を今更思いだし、片手を偉そうに上げて静流の発言を制止する利剣。
「利剣さん…」
流那の言葉に乗っかってそのまま静流の勢いを殺しにかかるため、利剣は言葉を続けた。
「それにほら、何というか雇用主と労働者! みたいな紙面とか契約で取り交わしただけの関係性はお互い疲れるし俺はイヤだなぁ……。出来れば家族? 友達? うん、そういう関係と雰囲気で毎日楽しく過ごしたいってのがあるかな。俺はここに住んでからそれを望んでいる」
この世界に利剣の本当の親族や親友はいない。
並行世界に来た事で自分に縁のある人間はゼロなのだ。
そんな中で静流と流那を雇い、サキと出会った。
「利剣さんっ…♪」
俺の言葉に流那が心底嬉しそうに微笑む。
「分かりました……」
よく分からないが悲痛な願いと重みを利剣の言葉から感じ取った静流はそれ以上反論することをやめた。
「どうしても静流がスッキリしないって言うなら静流の給料から一食分天引きしておくから」
「…ではそれでお願い致します。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
折れた静流が深々と利剣に一礼をする。
「ありがとー! 利剣ー!」
するりと静流の脇から抜け出した椎佳は嬉々とした表情で利剣の腕に絡みついた。
「お、おいおいーやめろってぇ~……」
「……本当にっ……!」
さっきまでの悲痛な言葉はなんだったのか。
口では制止しつつ顔は全く拒否していない利剣を見て静流の怒りは再燃しようとしていた。
「ふぅ……何事もなくてよかったよぉ…」
途中から壁に話しかける事に飽きて事の顛末を見守っていたサキが出てもいない汗を袖で拭った。
――――――
夕食後。
「私の部屋に来なさい」
と言われた椎佳は静流の部屋を訪れていた。
机と椅子、ベッドと本棚だけの味気ない部屋。
洋室なのに部屋の一部に三畳程の畳が敷かれており、そこには紫苑の手入れ具等が置かれていた。
殺風景な部屋。
実家でも静姉はこんな部屋やったなぁと椎佳は昔を思い出す。
「…で?」
椅子に腰かけた静流がベッドに座る椎佳を凝視する。
「ここに来た目的は何なの?」
「イヤやなぁ、ホンマにただ静姉の様子を見に来ただけやってば」
懐疑的になっている静流に対して椎佳はアハハと笑って手を左右に振る。
「京都も実家も、静姉が考えとるような動きには今のところなってへんよ」
「椎佳! 発言には気をつけて。この館にはサキさんが……」
「大丈夫やて。サキはこの部屋周りにはおれへんよ」
目をスゥ…っと細めて椎佳がニヤリと笑う。
「それなら先にそう言って頂戴。今はまだ色々調べている段階なんだから」
「難航しとるん?」
「そうね…。分かった事は逐一報告はしてるけど、どれも核心には至っていないわ」
「ふーん…。せやけど住み込みでメイドとか静姉も思い切った事するなぁ~!」
ニシシと笑う椎佳に、静流がため息をついてから椎佳を睨む。
「椎佳が家事が一切出来ないから私に白羽の矢が立ったんだけどね?」
「そんなん、他の人とかにさせたらええやん…」
「他は他でする事があるし、父さんが「静流なら適任だ! 社会を見てこい」って言うから……」
「あー、言いそう言いそう」
それからしばらくはお互いの近況と両親の様子などを語り合う二人だったが、一時間程話した頃。
「ウチは今日どこで寝たらええん?ベッド?」
「実家」
「ちぇー…」
ブレない静流に椎佳が不満を漏らす。
「ちゃんと父さんに事情を自分から話すのよ」
「死ぬわ、殺されるわ。遊びに来たとだけ言うとこ……」
「後、今度からは来る前にちゃんと連絡する事」
「へーい…。あ、でも近々またすぐ来る事になると思うで」
「やっぱり?」
「うん。 何か誰かが見とるっちゅうんかな…?変な感じがするわ」
そう言って窓の外を見る椎佳。
外は外灯も少ない為真っ暗だったので、何も見えはしなかったが。
「そう……。気をつけるわ」
「うん。ほなね」
「駅まで送るわ」
「ええって。ウチにはこれがあるし」
そう言って椎佳は疾女を地面にトンっと当てて不敵に笑った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる