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ベルフォール帝国編

野望 ー ヴィラアム ジー

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 湖上の館と呼ばれている城のとある塔の最上階に彼らはいた。
 眼下には青い湖が展望できる眺望の良い部屋である。
 穏やかな気持ちになるべく設計された部屋で彼らは謀略を練っている。
 今回は進捗の確認をしているようだ。
 
「・・首尾は?」

 坊主頭に長い顎鬚を蓄えた男が応じる。
 
「思惑通りに動いてくれています。拍子抜けする位ですな。逆に警戒する程でした」
「・・こちらの策を見抜いている可能性はあるのか?」

「そのご心配はございませんな。念のためカミッロに裏をとらせました。思っていたよりも野心家のようで」
「ならばもう少し欲張っても良いかもしれんな。どう思うか」

 問われた男は顎鬚を撫でながら暫し思考する。

「計画通りで宜しいでしょう。実行能力に些かの不安がございます。嗾け過ぎると想定外の行動を取るやもしれませぬ」

「であるか。仕方ないのか。思うままにはならぬのう」
「焦らずじっくり事の推移を見守りましょう。ここまで計画を進めたのです。不測の事態にならぬ限りはこのまま継続で宜しいでしょう。もどかしいでしょうがここは我慢です」

「ふむ。・・不測か。ボドワンの爺は先走らぬだろうな。アレだけは考えが読めぬ。先々代からの宰相を務めているだけはある。一種の怪物だ」
「問題ないかと。根は帝国を存続させる事が第一優先です。謀反等はあり得ないでしょう。その一点だけは嘘はないかと」

「ならば次の一手の準備を進めて問題なしか」
「ご安心を。準備は既に進めております」

「フフ。クルト。お前を腹心に出来たのが余の唯一の手柄であるな。自分を褒めてやりたいぞ」
「ご謙遜を。臣如きは羽虫のような存在です。閣下の教えがあればこその臣でございます」

 暫しの沈黙が訪れる。
 この二人に増長は無い。君臣の間柄ではあるが長年の同志のような結束力が二人にはある。
 満足感の沈黙であった。


「そういえばあの者はどうなったのか?」

「あの無謀なボロ雑巾の事ですな。あれは意外にも拾い物でした」
「ほう。お前が気に入るとは珍しい。余は使い捨ての駒に丁度良いと思ったのだが」
「駒も使い方次第でございます。使う局面次第では相当な大駒に化ける可能性がありますぞ」

「面白いな。本当に使えそうなのか?」
「どうにも暴れ馬でございましてな。止む無く首輪をつけました。多少の問題は目をつぶるしかございませんな」
「そこまで御せないものか?まあ良い。好きにせよ。他に・・ライムント家の小僧はどうした?」

 一拍の沈黙の後に返答がある。

「エーヴァーハルトの現公王ですな。現状まで攻めこむ隙が見つかりませぬ。父親のいいつけを固く守っているのが幸いしているようで。口実がなければ作ればいいだけです。なんとかなりますでしょう」
「ならば良いか。となると想定外はフォルカーめか。あの者はいつも想定外の動きをする。奴はこの企みに気づいていると思うか?」
「大将軍の思考は臣には測りかねます。あれ程身軽に魔物討伐に出るとは想像もできませんでした。代わりに飛将軍を拘束出来たのですが微妙な所ですかな。あのお方に自由を与えてしまったのは現状一番の失敗かもしれませぬ」
「フォルカーの追跡はしているのだろうな」
「勿論です。厄介な事にシュヴェルツァーズムフ高地に堅牢な砦を構築しております。既に大将軍の手勢は付近に陣を敷いているようで」
「なんだと?それではティフェブラウ湖の軍は自由に動けぬのではないか?」
「ご推察の通りで。帝都の北西を押さえられました。まさしく急所ですな。このままでは湖畔の軍は無駄駒になってしまいます。現在の所打つ手なしといったところで弱っております」

 机を叩く音。
 歯噛みする音が聞こえる。

「更に不穏な情報もございます。公国内での食料備蓄が心元ないようでして。このままだと翌年は厳しい状況になるそうです」
「何?それもフォルカーの策略か?」
「大将軍の策ではありますまい。かの御仁は戦略は得意としておりませぬ。ご存じの通り公国の食料は相当量を他国からの物資に頼っております。商人達の中で何かあったのではないかと。こちらは調査中です」
「商人共の増長を許すな。誰のおかげで商売ができているか知らしめろ」

 声のトーンが徐々に上がってくる。
 思うような状況になっている事に苛立ちを隠さなくなってきたようだ。
 クルトと呼ばれた男は数拍の沈黙の後に返事をする。
 
「承知しました。ですが、これだけはご承知ください。商人が寄らなくなれば食料が不足し民を飢えさせる事になります。軍の動員はもっと難しくなりますぞ。このままでは戦が継続できなくなります。つまり策は失敗という結果になりますな」
「・・他に食料を入手する手段はないのか?」
「ございませんな。公国が野盗をする訳にも参りますまい。帝国領域外の外国と取引を検討する必要があるでしょう」
「それができれば苦労はせぬ。帝国西域の国々は慢性的に食料が不足しているのだ。外国に弱みを見せるようなものだ」
「思わぬ所で商人の重要性が浮き彫りになりましたな。臣もこの件で調査して食糧事情を初めて理解しました。盲点でした」

 バキリと何かが折れる音がする。必死で何かを堪えているようだ。
 
「・・商人が企みを見抜き結託している可能性はないか?」
「現時点で断言するのは難しいですな。いずれにしても調査は継続します。繰り返しになりますが武器や装備、備品等幅広く商人達から購入しております。食料だけの問題では無い事御理解ください」
「なんと。商人がいなければ何もできぬという事になるではないか」
「仰せの通りです。帝国は広大でございます。物資の運搬含めて商人は切り離す事はできませんな」
「・・連中を取り込む事はできぬのか。条件は可能な範囲で受け入れても構わぬ」
「今回の計画を一旦保留にできますか?その覚悟が必要と献策します」

 沈黙が場を支配する。

「・・計画は変えられぬ。計画に影響が出ない範囲で商人達をなんとかせよ」
「承知しました。では計画を次の段階に進めます。現地への指示もございますので臣は一時下がらせて頂きます」

 立ち上がったクルトは退出していく。
 暫くした後に周囲に誰もいない事を確認する。
 そして呟く。
 

「一番の野心家であるのは・・・クルト。貴様だ。余も足元を掬われぬよう注意せねば・・な」
 
 
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