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ベルフォール帝国編

冤罪ですよ

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「え・・・?師匠が叛乱者に?なぜ・・」

 その内容をそのまま信じる事ができない。
 その事実を告げた人のブルーの瞳は悲し気だ。
 実際にボク以上にショックを受けている筈だ。
 実の兄が帝国に反旗を翻すという報せなのだから。
 ちょっと整理がつかない。

「その情報を奥様は信じておられるのですか?」

 ボクの隣に座っているクレアの声も心なしか上ずっている。
 クレア自身は師匠のパーソナリティには疑問があり好意的ではない。でも帝国のために行動している事は認めている。ボクだってそうだ。
 ・・いい加減な性格だけど。
 何があっても反乱という選択肢は絶対に選ばない人だ。見た目と違ってもの凄く高潔な人物なんだもの。
 それはこのお方も知っていると思っていたのだけど・・。微塵も動揺はないように見える。
 
「信じるも何も現在の皇帝がそのように布告したのです。事実はどうであれ公式な発表はされてしまいました。兄は反乱者となりその地位を奪われる事になるでしょう」

 ああ・・そういう事か。

「僭越ながら。姫様、その宣下は何日前にあったのでございますか?」

 クラウス爺が確認してくる。この件について師匠からは一切連絡が無いんだ。
 こっちからはある程度マメに報告は出しているのだけど。返信が無い事に実はちょっと気になっていた。
 嫌な感じがするから早く師匠の元に行きたかったんだ。
 クラウス爺も同じ事は感じていた。それでこの情報か・・って感じだ。
 クラウス爺はいつもよりちょっと怖い顔になっている。平常心ではいられないだろうな。何しろ長い間師匠の元にいたんだもの。
 一方のエリーゼ様は微妙な顔をしている。
 あれ?もしかしてクラウス爺が苦手?

「もう姫と呼ぶのは止して頂戴。そんな年齢じゃないのだから。それで宣下は十日程前かしら。あなた方がどこかの公国と戦っている頃ね。戦なんかしているから連絡が困難だったのよ」

 違った。そっちか。
 姫様か・・・。年齢を考えると確かにそれは・・。

 痛い!

 いって~。
 思わず体が動いてしまった。いきなり結構な力で脇をつまんだのはクレアだ。何なの一体。
 皆は突然ビクリと体を動かしたボクを妙におもったようだ。
 そりゃそうだ。突然怪しい動きするんだからね。
 エリーゼ様は何かに気づいたようだ。なんか不穏なオーラが漂いだした。
 いやいや・・クレアがやったんですよ。ボクは無罪です。
 早く自白しなよとクレアをみると・・・何故かじとっとした目をしている。
 え?
 何?このお二人のリアクションは・・。クラウス爺は視線を外しているし・・。
 何?
 これってボクが悪いの?
 
「・・コホン。御曹司はまだまだですな。それにしても我らが戦っている時の宣下ですか。何やら謀が巡らされている予感がします。如何思われますか?」

 理由も分からず宣下の話に戻る。
 ええ~。なんか一方的にボクが悪いの?
 不満を表そうにも話は進んでしまっている。
 もういいや。
 それにしても謀とは?
 
「わたくしもそのように思います。これは兄だけでないですね。エーヴァーハルト公王まで反乱者扱いです。他にもおりますがいずれも陥穽にはめられたと考えて良いでしょう」

「・・宮中でお館様を擁護される方はおらぬのですか?」
「今はいないようですね。四兄の崩御と同時に人事刷新があったようです。わたくしも知ったのは最近でした。相当周到に計画していたのでしょう。殆どが宰相に近い者達で占められています」
「なんと。それで宮中の反応が悪かったのですか。やっと合点がいきました」

 ん?
 ボクの分からないやりとりが行われている。クラウス爺は拳をきつく握っているみたい。何やら色々あったんだな。
 よくわからないけど。最近のなんらかの動きは偶然でなくて全て仕組まれていたという事なのか?
 その首謀者はオベール宰相。ボクは知らんけど。
 二人のやりとりを聞いているとそんな感じか。
 そんな冤罪は受けいれちゃいけない。主張しましょう。
 
「奥様。師匠は冤罪であると主張はできないのですか?口はとっても悪いですけど帝国のために動く人ですよ。ボクですら分かっている事です」
「ええ。そうですね。ですが主張は通らないでしょう。わたくし新しく即位されたと公表されている皇帝に面会を申し込んでいるのですが未だ返事はありません。何故か皇宮にも入れなくなりました」

 え?なんで・・。
 エリーゼ様の権限も制限がつけられているなんて。
 エリーゼ様ですら把握できていないんだ。ボクじゃ無理だ。
 でもこのままじゃ師匠は犯罪者扱いを受けてしまう。これは嫌だ。
 先程の説明だと既に捕縛のための軍隊が出発しているようだし。なんとかならないものか。
 師匠はこの事を知っているのだろうか?
 なんとなくだけどエーヴァーハルト公国に向かわされたのも宰相の策略なのかもと思ってしまう。
 迷惑になるかもしれないけど早く師匠の元に行かないと。何かの力になれる筈だ。

 それにしてもなぜエリーゼ様はボク達を帝都に呼んだのだろう?
 師匠の事を伝えるだけなら砦へ使いを出すだけで良かったはずだ。
 急ぎの件だと言われてボク、クレア、クラウス爺、ルーク達傭兵隊だけで来たんだ。
 師匠と合流するなら早く動かないといけない。帝都は近いとはいえ時間のロスはどうしても発生してしまう。
 今だってこの場で話を聞いている時間が惜しい。

 その疑問が顔に出ていたのだろうか。
 エリーゼ様がボクを見つめてくる。
 う・・。え?

「落ち着いて聞いてくださいね。現在の皇帝の名の元で反乱者扱いをされている方は複数名います。その中に何故かレイ君、貴方が含まれているのです。抵抗するなら殺害もやむを得ないとの事です」

 ・・・・。
 はい?
 いま・・なんて・・。
 ボクが反乱者?
 抵抗したら・・殺せ・・?
 え?
 突然クレアが立ち上がる。あんまりにも突然でビックリしてしまった。
 なんか・・凄い厳しい顔をしている。その表情を見てなんだかホッとする。

「奥様。ご存じの通りレイ様は閣下の直属の部下ではありません。弟子として扱われていますが、そのような契約は結んでおりません。そもそもレイ様は帝国に勉学にきているのです」

 そう。クレアの言う通りなんだ。
 なんでボクの名前が出てくるのか全く分からない。ちなみに欠片も反乱を考えた事もないし。そもそも学びにきているだけだし。
 師匠の関係者だから連座かと考えたけどボクは子供で歴戦の戦士じゃない。
 酷い言い方だけど師匠の関係者ならクラウス爺が候補になるんじゃないかな。
 今の話しぶりだと・・クラウス爺は対象になっていないようだ。
 それに、ボクはクラウディア様の婚約者なんですよ。母親が皇族だという血統だ。あ・・でも師匠も元だけど皇族か。
 そうなるとクラウディア様にも類が及ぶのだろうか。すごい心配になる。
 チラリと正面に座っているクラウディア様の表情を窺う。ニッコリと力強く頷いてくれている感じだ。一応信じて貰えているのかな。なんだか嬉しい。
 
「そうなのよね。わたくしにもアレの考える事は分からないわ。話をしようにも拒絶されているのよ。本当に困っているのよ。娘の婚約者が反乱に加担する訳がないと伝えているのだけどね」
「何があろうともレイ様はわたくしの婚約者ですわ。万が一の場合はわたくしも一緒に戦いますわ!」

 おお・・。
 本当に困った顔をされているエリーゼ様。上手くいってないんだ。
 隣のクラウディア様は憤慨しているようだ。まあ、ちょっと血の気多いかんじだし。

 ボクはどうしたらいいんだろう。
 いきなりお尋ね者になってしまったようだ。当然実感が湧くはずもない。理由も聞いていないしね。
 ちょっと腹がたってきた。

「そもそも反乱は実際に発生しているのですか?お話の内容ですとエーヴァーハルト公国が反乱の当事者扱いになっているように感じます。兆候はあったのですか?」

 そうだった。意外とクレア冷静じゃん。ボクも落ちつこう。

「捏造よ。ある筈がないわ。わたくしはエーヴァーハルト公王の性格を知っています。わたくしの甥ですからね。公国の重臣達も穏健派ばかりです。他は分かりませんがエーヴァーハルト公国はあり得ませんわね」

 捏造・・・。なんとなく無理な気がしてきた。
 火も無い所に火事を起こしているんだ。これがまかり通ってしまう程宰相は力を持っているんだろう。
 弁明は通用しないって事か。
 これは・・砦に籠って徹底抗戦したほうがいいのかもしれない。
 
「レイ君。砦に籠る事は悪手ですよ。捏造が事実になってしまうわ。武力で抵抗しても意味がないのよ。帝国の最大動員兵力は八十万よ。圧倒的な数の前では無力なのよ」
「八十万・・・」

 またもや見透かされてしまった。そんなに表情にでるのかな?ちょっと訓練しないといけないな。
 でも、八十万か。今更ながら帝国の強大さが分かる数だ。帝都周辺に駐屯している軍も相当な数だったけど。滅茶苦茶な数だ。敵いっこない。

「あなたをこちらに呼んだのは理由があるのです。わたくしからの提案を考えてもらいたいのです」
「提案ですか?それは師匠も救える提案なのですか?」
「残念ですけどレイ君に対してです。兄は大丈夫です。あれでも大将軍なのですよ。信じましょう」

 そうなんだ。
 ボク達を呼び出したのはこの提案を伝えるためだったんだ。
 確かにボクでは戦う事は難しい。
 それよりはボク自身の安全確保か。ボクが安全であれば師匠もボクの心配をしなくて済むかもしれない。・・心配してくれるかは心配だけど。面倒な性格だよなぁ。

 無理やりな犯罪者確定。
 なかなか理不尽な展開だ。
 抗う事もできない。
 選択肢は無い。
 ならば提案を受け入れるしか道はないだろう。帝国ではボクは無力だ。
 クレアとクラウス爺を見る。二人とも頷いてくれている。・・判断は任せてもらえたみたい。ちょっと嬉しい。

 道は一つだ。

「お気遣いありがとうございます。ボク達はエリーゼ様のご提案を受け入れます」
「あらあら。内容も聞かないで受け入れていいのですか?とてつもない提案の可能性もあるのですよ」

「はい、それでもかまいません。それが最善と信じます」

 ここで死ぬわけにはいかないんだ。
 自分で選んだ道ではないけど踏み出すしかない。

 
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