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11.姫巫女
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私は意識を保つのが大変でした。
それはやっとの事で着いた洞穴の中の出来事でした。
この洞穴にまさか魔物がやってくるなんて。
私は追手から逃げるのに必死で気づきませんでした。それに、これはあり得ない事なのです。
魔物は討伐できない生物といわれています。
邑の武家の戦士が何十人いても勝てないと伝わっています。それは書物による伝です。実際に遭遇した件としては私は聞いたことがありません。それ程稀なのです。
理由は単純です。人と魔物の生息区域が違うからです。
通常であればきちんと人と魔物は住み分けができているのです。今回の遭遇を想定する事は難しい事なのです。あり得ない事です。
でも遭遇してしまいました。
私は戦うする能力はありません。そのような訓練を受けた事が全くないからです。戦闘は護衛官の方がしてくれます。護衛官の方はとても強い方達です。
彼らのお陰で襲撃現場からは私はなんとか逃げてきたのです。
ですので、このような場所での魔物の出現は想定外です。この状態を回避する事は私だけではできないでしょう。
天命は私に生きている事を望んでいないようです。
仮に、この魔物までも家の者達の手順に組み込まれているとすれば。邑の外に出た時点で私の死は確定だったのです。
最後まで私を守ってくれた護衛の方々も亡くなる必要はなかったかもしれません。
そこまで私は憎まれていたのですね。そう思うと悲しさより虚しさが大きくなってきました。
一体何時頃から私は憎まれていたのでしょう。
目の前の絶望という名を背負った魔物が私に向かってきます。
私の今生はここまでのようです。不思議と悲しさはありません。このまま生きていても良い事がないからです。
魔物を見ながら色々な記憶が蘇ってきました。
私は祭家の長女として産まれました。
母は私を産んですぐに亡くなったそうです。私に命を与えて去っていったと長老のおばば様がおっしゃってました。
産まれた後に私には”巫女”の異能が宿っている事が分かったそうです。
祭家直系の女子であれば異能はほぼ確実に遺伝するそうです。亡くなった母も私を産むまでは巫女として活動していたそうです。
ですので本家の女子で”巫女”の異能を持つ者は生涯巫女として生きねばなりません。
そのお役目は通常三十歳になるまで続きます。三十歳以降は”巫女”の異能を宿す子供を産まねばなりません。
それまでは結婚は・・・いえ普通の生活もできない日々が続きます。辛い修練と学習の日々が続くのです。
幼い頃より巫女として生活していた私はそれが普通と理解していました。
数年後に別の母が妹を出産しました。妹も”巫女”の異能を持っていました。
祭家では通常巫女は二人以上存在する必要があります。
一人がなんらかの事態が発生し巫女を続けられなくなる事があればその一人が穴を埋めるのです。
表立って巫女の活動をするのは一名だけです。これを姫巫女と呼ぶそうです。
他の一名はただ待機しているだけなのです。姫巫女が健やかであれば活動する機会は無い存在となるのです。
私が十歳になった時に先代の巫女が隠居されました。そこから私が姫巫女として活動する事になりました。
毎日の修行は厳しいものでした。
その修行の合間に一日に訪問者の異能を判別する”啓示”を行います。
一日多くて三名程でしょうか。
”啓示”は希少価値が高い異能だそうです。ですから日に沢山の人を相手にするわけにはいかないそうなのです。
”啓示”は対象とする相手の隠れた異能を見つける能力。未だに異能を持たない方々にとっては巫女の能力は最後の望みなのです。
異能を持つか持たないかで邑での扱いに違いがでるのです。それは重要な意味を持つのです。
その少ない訪問者の中でも異能を持つ可能性がある方は百人に一人いれば良いほうなのだそうです。
実際に異能を所持されている方を私が視る事は殆どありませんでした。
姫巫女に就任してから何年も”啓示”を行ってます。
それでも異能持ちを判定できたのは片手で足りる程度です。その間に視た人数を考えるといかに異能を所持されている方が少ないかが分かります。
それどころか、仮に異能を持っていても発現できない場合もあります。これはご本人の努力や資質次第と聞きました。
巫女ができるのは異能があるのを見つけ教える所までなのです。
ですが異能を意識できるというのはとても大事な事なのだそうです。
異能所持の有無をお告げすると感謝されるのは嬉しい事です。反面異能が無いと告げた時の食い下がりや酷い言葉に傷つく事もあります。
巫女にはどうしようも無い事なのです。
ですが、、、私には他にも異能があるのです。
これは誰にも打ち明けていない内緒の能力です。公になると危険だと私が判断しました。この能力を使う気持ちは今の所ありません。あまりにも危険だからです。
幸い通常の”啓示”が使えれば巫女としての仕事は成り立ちます。
通常一人の人間には一つの異能しか授かりません。お陰で異能があるかの詮索を受けずにすんでいます。
修業は大変でしたが生活面ではなんとか継続できておりました。
私の立場が翳ってきたのは妹の母がまた別の妹を出産した時からです。末の妹です。
この妹も弱いながらも”巫女”の異能を持っているようでした。
弱いというのは”啓示”の異能には能力の強さによって段階があるのです。
天眼、地眼、人眼と三種類の位階に分けられます。
通常は天眼、地眼の位階の”啓示”の異能持ちが巫女として活動できる位階となります。
姫巫女と呼ばれるには諸条件が必要です。その中には最高位階である天眼持ちである事が必要とされます。
私の母も天眼持ちだったそうです。異能を私に渡して亡くなったのでは無いかとおばば様は言われていました。
産まれた妹は人眼ではないかと聞いています。残念ではありますがが人眼の位階では巫女は務まりません。
上の妹は地眼です。末の妹は巫女になる事はできないでしょう。
ですが妹の母はかなりの辣腕です。
そのあたりを上手く対処しているようです。末の妹は地眼扱いで将来の巫女候補となっているようです。
当代に巫女がいない場合は人眼でも巫女となる事は例外としてあります。ですが今は天眼の私、地眼の上の妹がいます。巫女は間に合っています。
末の妹が巫女になる修行をする必要は無いのです。ですが妹の母は末の妹を巫女にすると宣言したのです。
万が一露見すると祭家の名を貶める事になるのです。本当に大丈夫なのでしょうか?心配です。
末の妹の件について疑問は残りますが、これで巫女は三名となりました。
末の妹が控えの巫女となるそうです。私にはその理屈は分かりません。
妹の母は上の妹を姫巫女の座に就けたいと願ったのでしょう。それが産まれたばかりの末の妹を巫女候補にするという宣言だったのでしょう。
妹の母は亡くなった私の母の姉です。
私にとっては叔母にもあたる人です。二人の関係がどうだったのかは誰も教えてくれないので私には分かりません。
私の母が姫巫女を勤めていた事だけが私が知る事実です。妹の母にどのような気持ちがあるのかは私には測る事はできません。
この頃から私に対して事故を装った嫌がらせが多くなってきます。
姫巫女は体の穢れを禁忌としています。これは体に消えない傷を負っただけでも穢れとなります。うっかり怪我もできないのです。
穢れが認められたら姫巫女の座からは降ろされてしまいます。場合によっては祭家から除籍される場合もあるそうです。
私の実母は早くから亡くなっています。実はあまり良くない状況だそうです。
何の後ろ盾もない状態なのだとか。
気づいたら家の親族も殆どが妹の母が掌握するようになっていました。
妹の母は末の妹が生まれたため、上の妹を姫巫女の座に据えたいと考えたようです。
私の苦しみの日々は続きます。
ある日、待機所の中であり得ない出来事が起こりました。
誰が実行したのか私には分かりません。いきなり熱湯をかけられたのです。後から分かったのですが煮えたぎった油だったそうです。
それが私の左半身に重点的にかかったのです。
特に顔の火傷は酷かったのです。
邑には治療師はいたのですが妹の母が手を回したのか治療不可と診断されたそうです。
私は大した治療をされぬまま放置されました。表面だけでなく体の内部までも火傷をして呼吸するのも辛かったのです。
大きな火傷を負った私。即日巫女の座から降ろされました。
異議を言う人はいなかったそうです。
それを知ったのは何日も意識不明な状態から抜け出した時でした。
巫女の資格を奪われた私に居場所はありませんでした。厄介払いをされるように祭家セランネ家から追い出されたのです。
事実上の追放です。
邑の方々は最初は私を保護しようとしてくれました。
殆どが私の血が目当てだったと思います。私に子供を産ませ巫女として必要な異能を遺伝させようと考えたのだと思います。
その企みは誰も実行する事ができませんでした。当然のように圧力がかかったのです。祭家であるセランネ家に睨まれるのは皆好ましくないと考えたようです。
ましてや私の容姿はたいそう醜い火傷が残ってました。左目は潰れて見る事もできない状態なのです。
このような女を貰いうける家はなかったのでしょう。私も姿見を見るのが辛いのです。
何も知らない人であれば耐えられないでしょう。
邑には留まる事はできない。留まっていたら最悪殺されるでしょう。
私は決断しました。邑を出ようと。
以前聞いた話を思い出したのです。
ここから遠く離れた北の山を越えた所にどんな境遇の人も受け入れてくれる邑があるそうです。
そこを目指すことにしたのです。
幸い専属の護衛官や侍女は私の決意に快く同意してくれました。感謝しかありません。
効けば彼らもセランネ家には居れない事があったそうです。どうやら嫌がらせを受けていたようです。私に関わったばかりに申し訳ないと思いました。
それでも彼らは私が謝る事は全く無いと言ってくれました。
寧ろ今のセランネ家は腐敗しているようだからこのまま残ってもいずれ何らかの問題に巻き込まれると判断したそうです。
家の事情に疎い私には理解ができていません。でも、彼らがそう考えるのであればそれが事実なのだろうと思いました。
いずれにしても長居をしてはいけないのは分かります。
最低限の荷物だけを持って彼らと一緒に私は北に向かったのです。
二の鐘(5時)が鳴る時に邑を出ました。
おそらく四の鐘(12時)頃だったと思います。道を歩いている時にすれ違った人達は少し異様な集団でした。
それでも他の邑の交易の集団だと思う事にしました。でも、その方々が突然襲い掛かってきたのです。交易者を装った盗賊だったかもしれません。
突然の事に護衛官達は盗賊を防ぐことができませんでした。
私と侍女を逃がすので精一杯のようでした。私と侍女は力の限り走りました。
盗賊は強かったようです。護衛官達はおそらく亡き者にされたようです。盗賊は私達を追いかけてきましたから。
侍女はあらかじめ私の装束と自分の装束を取り換えていました。
囮となって私を置いて行ったのです。私は草むらに隠され十分に離れるまで動かないようにと念を押されました。
盗賊は囮となった侍女を追いかけて東の方向に走っていったのです。
私を逃がすために護衛官、侍女五名が犠牲になったのです。無力な私の為に。
世は無常です。
私の為に力を尽くしてくれた人達に何の感謝もしていないのです。
私は涙で曇った視界で必死に北に向かいました。ここで私が死ねば彼らの努力は無になるからです。
どの位の時間をかけたのか分からなくなったのですが私はようやく岩場に辿り着きました。
この場所はもともと休憩を予定していた場所でした。
ここで待っていればもしかしたら護衛官達が来てくれるかもしれない。生きていると信じたいのです。
そんな淡い期待を持ちながら私は隠れるための洞穴を見つけのです。
見つけた洞穴で隠れる事ができるか確認するために入りました。
中に入ってから魔物に追いかけられた事をやっと認識したのです。
思考が乱れていた私は何もできませんでした。意味もなく声を出した事だけ覚えています。
魔物は私に飛び掛かってきました。
そこで私の意識は途切れました。
私を守ってくれた彼らに謝罪を言う間も与えてもらえませんでした。
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