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5章 目標に向かって
5-12 決意と2人の夜
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次の日の放課後。
テニスコートには、鈍い打球音ではなく、掛け声と息遣いだけが響いていた。
大会前日。
ラケットは握らない。
駿はテニス部の部員達と共に、怪我を避けるため、筋力調整中心のメニューをこなしていた。
スクワットを繰り返すたび、太腿がじわりと熱を帯びる。
「大会前日に怪我しないようにする為とはいえ、実践形式の練習がしたかったな~」
「浅村の気持ちも分かるが、ここで怪我したら全部終わりだろ」
隆二が即座に返した。
「……それはそうなんだけどさ」
苦笑が広がる。
皆、同じ気持ちだった。
試合前特有の、行き場のない高揚。
しばらく続けていると、顧問の今江先生がやって来る。
「皆んな、筋トレお疲れ。今日は、後30分で切り上げようと思う。出場する部員達は大会をベストな形で迎える為に、この後の時間を過ごすように」
「はい!」
声が揃う。
胸の奥が、少しだけ引き締まった。
部室で着替えていると、隆二が声をかけてきた。
「たまには一緒に帰るか?」
「うん、いいよ」
スマホを取り出し、果奈へ短く送る。
『今日は部活が早く終わったから、先に帰る』
送信。
明るい夕方を並んで歩く。
「いよいよ地区大会か~」
「緊張してるのか?」
「……ちょっとな」
「大丈夫。浅村ならいつも通りやれば戦える」
「ありがと」
素直に肩の力が抜けた。
少し沈黙が続き――
「で、早川は来るのか?」
「!?」
思わず足が止まりそうになる。
「べ、別にそんなの――」
「図星だな」
隆二がため息をついた。
「2人で居るところを見ても、何も見なかったように、振る舞うから安心しろ」
「それは助かる」
「その代わり、中途半端な試合したら許さねぇからな」
真っ直ぐな声だった。
「……もちろん」
出場できない隆二の分まで。
心の中で、静かに誓う。
家に着く頃には、夕焼けは雲に隠れていた。
その夜。
ベッドに入っても、眠気は来なかった。
明日のコート。
対戦相手。
歓声。
失点。
勝利。
様々な光景が頭の中を巡る。
寝返りを打つ。
その時、スマホが震えた。
『大会頑張ってね』
果奈だった。
思わず笑う。
『ありがとう』
『全然寝れないんだけど、何かいい方法ある?』
送信。
すぐ既読がつく。
少しして、動画リンクが届いた。
『寝れない時これ流してる』
再生ボタンを押す。
静かな音が部屋に広がった。
水のような、風のような音。
呼吸がゆっくり整っていく。
『試してみる』
送ると、すぐ返信。
『私も今流してるけど、もう眠くなってきた』
自然と頬が緩む。
『俺も眠くなってきた』
送信。
既読。
――返信は来なかった。
(寝落ちしたな)
画面を見つめながら、小さく息を吐く。
同じ音を聞きながら眠ろうとしている。
それだけなのに――
距離が少し近くなった気がした。
『おやすみ』
最後に送る。
瞼が重くなる。
意識がゆっくり沈んでいく。
音も、思考も、境界が溶けていく。
――目を開けた時。
世界はもう、勝負の朝だった。
テニスコートには、鈍い打球音ではなく、掛け声と息遣いだけが響いていた。
大会前日。
ラケットは握らない。
駿はテニス部の部員達と共に、怪我を避けるため、筋力調整中心のメニューをこなしていた。
スクワットを繰り返すたび、太腿がじわりと熱を帯びる。
「大会前日に怪我しないようにする為とはいえ、実践形式の練習がしたかったな~」
「浅村の気持ちも分かるが、ここで怪我したら全部終わりだろ」
隆二が即座に返した。
「……それはそうなんだけどさ」
苦笑が広がる。
皆、同じ気持ちだった。
試合前特有の、行き場のない高揚。
しばらく続けていると、顧問の今江先生がやって来る。
「皆んな、筋トレお疲れ。今日は、後30分で切り上げようと思う。出場する部員達は大会をベストな形で迎える為に、この後の時間を過ごすように」
「はい!」
声が揃う。
胸の奥が、少しだけ引き締まった。
部室で着替えていると、隆二が声をかけてきた。
「たまには一緒に帰るか?」
「うん、いいよ」
スマホを取り出し、果奈へ短く送る。
『今日は部活が早く終わったから、先に帰る』
送信。
明るい夕方を並んで歩く。
「いよいよ地区大会か~」
「緊張してるのか?」
「……ちょっとな」
「大丈夫。浅村ならいつも通りやれば戦える」
「ありがと」
素直に肩の力が抜けた。
少し沈黙が続き――
「で、早川は来るのか?」
「!?」
思わず足が止まりそうになる。
「べ、別にそんなの――」
「図星だな」
隆二がため息をついた。
「2人で居るところを見ても、何も見なかったように、振る舞うから安心しろ」
「それは助かる」
「その代わり、中途半端な試合したら許さねぇからな」
真っ直ぐな声だった。
「……もちろん」
出場できない隆二の分まで。
心の中で、静かに誓う。
家に着く頃には、夕焼けは雲に隠れていた。
その夜。
ベッドに入っても、眠気は来なかった。
明日のコート。
対戦相手。
歓声。
失点。
勝利。
様々な光景が頭の中を巡る。
寝返りを打つ。
その時、スマホが震えた。
『大会頑張ってね』
果奈だった。
思わず笑う。
『ありがとう』
『全然寝れないんだけど、何かいい方法ある?』
送信。
すぐ既読がつく。
少しして、動画リンクが届いた。
『寝れない時これ流してる』
再生ボタンを押す。
静かな音が部屋に広がった。
水のような、風のような音。
呼吸がゆっくり整っていく。
『試してみる』
送ると、すぐ返信。
『私も今流してるけど、もう眠くなってきた』
自然と頬が緩む。
『俺も眠くなってきた』
送信。
既読。
――返信は来なかった。
(寝落ちしたな)
画面を見つめながら、小さく息を吐く。
同じ音を聞きながら眠ろうとしている。
それだけなのに――
距離が少し近くなった気がした。
『おやすみ』
最後に送る。
瞼が重くなる。
意識がゆっくり沈んでいく。
音も、思考も、境界が溶けていく。
――目を開けた時。
世界はもう、勝負の朝だった。
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