もう一度、やり直せるなら

青サバ

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6章 正念場

6-2 好きな人の初めて知った一面 2

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 駿がコートに立っている頃――
 果奈もまた、大会会場へと向かっていた。

 会場に近づく程、心臓が落ち着かなくなる。

 自分が試合に出るわけでもないのに、胸が妙に騒がしかった。

(なんで私がこんなに緊張してるんだろ)

 理由は分かっている。

 今日は――駿の大会だった。


 会場に入った瞬間、熱気に包まれる。

 あちこちで響く打球音。
 飛び交う掛け声。
 観客のざわめき。

 県大会とはまた違う、張り詰めた空気。

 観客席を歩きながら、コートを見渡した。

 数が多い。

 一面ごとに試合が行われていて、どこにいるのか分からない。

(どこ……?)

 視線を巡らせた、その時だった。

 ――いた。

 すぐに分かった。

 理由なんて説明できない。

 ただ、自然と目が止まった。

 駿だった。

 白線の内側に立つ姿。

 ラケットを構える背中。

 普段見ている駿とは、まるで違う。

 無駄な動きがなく、
 視線は鋭く、
 空気そのものが張り詰めている。

(……誰?)

 一瞬、本気でそう思った。

 教室で笑っている駿。
 昼休みに話している駿。

 それら全部が遠く感じる

 コートの中にいるのは――
 “選手”だった。


 そして。

 迎えた駿のマッチポイント。

 会場の音が、すっと遠のく。

 駿がボールを何度か地面に弾ませる。

 乾いた音だけが響いた。

 重い沈黙。

 見ているだけなのに、呼吸が浅くなる。

(頑張って)

 心の中で思った瞬間――

「駿、頑張れ!」

 声が出ていた。

 思ったより大きかった。

 周囲の視線が一瞬集まり、顔が熱くなる。

(やば……!)

 けれど。

 その声が届いたように――

 駿が顔を上げた気がした。

 次の瞬間。

 鋭いサーブが放たれる。

 相手は返すのが精一杯。

 浮いたボール。

 踏み込み。

 振り抜き。

 風を裂く音。

 ――決まった。

 歓声が上がる。

 試合終了。

 駿が拳を小さく握った。

 その姿を見た瞬間。

 胸の奥が、強く跳ねた。

 自分が勝った時と同じくらい――
 いや、それ以上に嬉しかった。

 思わず笑いそうになるのを必死に抑える。

 ここで目立つわけにはいかない。

 けれど視線だけは、どうしても離せなかった。

 団体戦も勝利し、選手たちが引き上げてくる。

 出迎えに行こうとして――足を止める。

(今は……邪魔しちゃ駄目だよね)

 まだ試合は続く。

 駿の集中を切らせたくなかった。

 果奈は静かに別のコートへ向かった。

 他校の試合を眺める。

 強い選手はすぐ分かった。

 球の速さ。
 動き。
 空気。

 どれも圧倒的だった。

(すごい……)

 正直に思う。

 駿より強い選手もいる。

 それは分かった。


 もう一度、駿達、上野高校の試合が始まる。

 自然とそのコートへ戻っていた。

 追い込まれた場面。

 あと1敗でチーム敗退。

 そこで――駿がコートに立つ。

 思わず手に力が入る。

 点を取るたび、小さく拳を握る。

「……よし」

 声にならない応援。

 心の中では、必死に叫んでいた。

 けれど。

 試合は、敗北で終わった。

 胸が痛む。

 自分の負けとは違う悔しさだった。

 それでも――

 ここまで、たくさんの試合を見た。

 強い選手もいた。

 圧倒されるプレーもあった。

 なのに。

 目を閉じると浮かぶのは――

 駿の姿だった。

 必死に走る背中。

 食らいつく表情。

 最後まで諦めなかった1球。

(……ああ)

 気付いてしまう。

 1番、心を動かされたのは。

 1番、目を離せなかったのは。

 駿だった。


 会場の外へ出る。

 夏の始まりを告げる強い日差しが降り注ぐ。

 眩しくて目を細める。

 ――でも。

 さっきコートで見た背中の方が、
 ずっと眩しく感じた。
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