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8章 願い
8-1 頭から離れない
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週末。
美生はキッチンに立ち、下ごしらえを進めていた。
今日は果奈ちゃんとの料理会の日。
作るのは、卵焼きとブロッコリーの和物。
まな板の上にはブロッコリー。
ボウルには卵。
手順はもう頭に入っている。
インターホンが鳴る。
玄関を開けると、果奈ちゃんがいつもの明るい笑顔で立っていた。
「今日もご指導よろしくお願いします」
「うん。でも、今日は前回よりも少しだけ難しくなるから、覚悟してね」
「……頑張る」
そう言って拳を握る姿が可笑しくて、小さく笑った。
最近の果奈ちゃんは、前よりも表情が柔らかい。
理由を聞かなくても、なんとなく分かってしまう。
キッチンに戻り、包丁を渡す。
「ブロッコリーは茎が硬いから、気をつけてね」
「気を付けてやってみる」
最初は恐る恐るだった手つきも、少しずつ安定していく。
包丁の音が、一定のリズムを刻み始めた。
「こんな感じで、どう?」
「うん、バッチリ」
電子レンジに入れ、次の準備に移ろうとしたとき。
ふと、視線が止まった。
果奈ちゃんの耳元。
見慣れないヘアピンが光っている。
「……そのヘアピン、可愛いね」
「え? あ、うん……ありがとう」
一瞬だけ視線が泳ぐ。
その反応で、すぐに分かった。
「駿君から?」
「えっ!?何で、分かったの?」
思わず笑ってしまう。
「果奈ちゃん、分かりやすいから」
ヘアピンに触れる指先が、とても大事そうだった。
「美生の言う通り、このヘアピンは駿からの誕生日プレゼント、駿の想いが詰まった宝物」
嬉しさを隠しきれていない声。
――よかった。
本当に、そう思った。
相談されたときの駿君の顔を思い出す。
真剣で、少し不安そうで。
ちゃんと届いたんだ。
なのに。
胸の奥が、ほんの少しだけ静かに沈んだ。
「駿君を喜ばせる為にも、美味しい弁当を作らないとね」
「うん」
理由を考える前に、手を動かし、ブロッコリーの和物を完成させた。
「じゃあ、次は卵焼きやろうか」
卵を溶き、調味料を混ぜる。
「見ててね。卵焼きはフライパンに広げた卵液を巻くように焼いていく工程を繰り返して、作るんだよ」
フライパンの上で卵が形を作っていく。
慣れた動き。
いつも通りのはずなのに、今日は妙に集中していた。
「難しそう……」
「大丈夫。慣れだよ」
果奈ちゃんが挑戦する。
卵液を巻いていくところで苦戦し、お手本とは程遠い卵焼きが出来てしまう。
「美生のやった感じは簡単そうに見えるのに、実際にやってみると難しい」
「最初はみんなそうだよ。感覚さえ掴めば、上手に出来るよ」
2回目。
3回目。
少しずつ形になっていく。
「うん、上手くなってる」
そう言うと、果奈ちゃんの表情がぱっと明るくなった。
「これなら、駿君も喜ぶと思うよ」
「……そ、そうかな」
安心したように笑う。
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥が、また小さく揺れた。
気づかないふりをして、味噌汁を作る。
食卓には卵焼きが並びすぎて、少し笑ってしまった。
「卵焼きパーティーみたいだね」
「私が失敗しすぎたせいだよ……」
「その分、ちゃんと上達してるよ」
夕食を終え、果奈ちゃんは帰り支度をする。
「今日もありがとう。また、駿にお弁当作ってみる」
「うん。きっと喜ぶよ」
「またね」
「またね」
扉が閉まる。
静かになった部屋に、洗い物の音だけが残った。
シンクに手を伸ばしたまま、動きが止まる。
さっき感じた違和感が、ゆっくり浮かび上がる。
嬉しいはずだった。
本当に、そう思っているのに。
――どうしてだろう。
水の音だけが流れる。
胸の奥に残ったその感情に、
まだ、名前をつけられなかった。
美生はキッチンに立ち、下ごしらえを進めていた。
今日は果奈ちゃんとの料理会の日。
作るのは、卵焼きとブロッコリーの和物。
まな板の上にはブロッコリー。
ボウルには卵。
手順はもう頭に入っている。
インターホンが鳴る。
玄関を開けると、果奈ちゃんがいつもの明るい笑顔で立っていた。
「今日もご指導よろしくお願いします」
「うん。でも、今日は前回よりも少しだけ難しくなるから、覚悟してね」
「……頑張る」
そう言って拳を握る姿が可笑しくて、小さく笑った。
最近の果奈ちゃんは、前よりも表情が柔らかい。
理由を聞かなくても、なんとなく分かってしまう。
キッチンに戻り、包丁を渡す。
「ブロッコリーは茎が硬いから、気をつけてね」
「気を付けてやってみる」
最初は恐る恐るだった手つきも、少しずつ安定していく。
包丁の音が、一定のリズムを刻み始めた。
「こんな感じで、どう?」
「うん、バッチリ」
電子レンジに入れ、次の準備に移ろうとしたとき。
ふと、視線が止まった。
果奈ちゃんの耳元。
見慣れないヘアピンが光っている。
「……そのヘアピン、可愛いね」
「え? あ、うん……ありがとう」
一瞬だけ視線が泳ぐ。
その反応で、すぐに分かった。
「駿君から?」
「えっ!?何で、分かったの?」
思わず笑ってしまう。
「果奈ちゃん、分かりやすいから」
ヘアピンに触れる指先が、とても大事そうだった。
「美生の言う通り、このヘアピンは駿からの誕生日プレゼント、駿の想いが詰まった宝物」
嬉しさを隠しきれていない声。
――よかった。
本当に、そう思った。
相談されたときの駿君の顔を思い出す。
真剣で、少し不安そうで。
ちゃんと届いたんだ。
なのに。
胸の奥が、ほんの少しだけ静かに沈んだ。
「駿君を喜ばせる為にも、美味しい弁当を作らないとね」
「うん」
理由を考える前に、手を動かし、ブロッコリーの和物を完成させた。
「じゃあ、次は卵焼きやろうか」
卵を溶き、調味料を混ぜる。
「見ててね。卵焼きはフライパンに広げた卵液を巻くように焼いていく工程を繰り返して、作るんだよ」
フライパンの上で卵が形を作っていく。
慣れた動き。
いつも通りのはずなのに、今日は妙に集中していた。
「難しそう……」
「大丈夫。慣れだよ」
果奈ちゃんが挑戦する。
卵液を巻いていくところで苦戦し、お手本とは程遠い卵焼きが出来てしまう。
「美生のやった感じは簡単そうに見えるのに、実際にやってみると難しい」
「最初はみんなそうだよ。感覚さえ掴めば、上手に出来るよ」
2回目。
3回目。
少しずつ形になっていく。
「うん、上手くなってる」
そう言うと、果奈ちゃんの表情がぱっと明るくなった。
「これなら、駿君も喜ぶと思うよ」
「……そ、そうかな」
安心したように笑う。
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥が、また小さく揺れた。
気づかないふりをして、味噌汁を作る。
食卓には卵焼きが並びすぎて、少し笑ってしまった。
「卵焼きパーティーみたいだね」
「私が失敗しすぎたせいだよ……」
「その分、ちゃんと上達してるよ」
夕食を終え、果奈ちゃんは帰り支度をする。
「今日もありがとう。また、駿にお弁当作ってみる」
「うん。きっと喜ぶよ」
「またね」
「またね」
扉が閉まる。
静かになった部屋に、洗い物の音だけが残った。
シンクに手を伸ばしたまま、動きが止まる。
さっき感じた違和感が、ゆっくり浮かび上がる。
嬉しいはずだった。
本当に、そう思っているのに。
――どうしてだろう。
水の音だけが流れる。
胸の奥に残ったその感情に、
まだ、名前をつけられなかった。
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