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1章
旅立ちの朝
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朝は、夜明けと共に起きる。
冬の参の月の最初の日。
今日からはもう、朝の港へは行かないのだけど、いつもの時間に目が覚めた。
マウリ家の朝は早いから、義兄さんはもう出た後だった。
昨日の晩の挨拶が最後だと思うと、もっとちゃんとしておきたかったけど、姉さんによろしく伝えてとお願いをした。
お布団の中のアランカに、レオリムと二人でいってきますをする。
むにゃむにゃと、寝ぼけ眼で、シーにぃに、レオにぃに、いってらっしゃいとご挨拶をしてくれた。
夏には帰ってくる予定だから、その時は赤ちゃんにも会えるね。
姉さんと赤ちゃんにも身体を大事にと伝える。
「大丈夫よ、歌謡いはみんな、海竜様の祝福があるもの」
そうか、そうだね、良かった。
海竜様、みんなをお願いします。
出立前、レオリムは、なにやらごそごそと荷物の中に詰めていた。
どうしたの、と覗き込めば、小箱を大事そうに仕舞っていた。
「誓いのフィアルクスを持っていく」
たしかに。僕たちの誓いの花を置いていくのも変だね。
「どこか良い店で、髪飾りにしてもらおう」
レオリムの手が伸びて、伸びた横髪を一房、僕の耳に掛けた。続けて僕の頭を愛おし気に撫でる。
「きっとよく似合う」
知らない土地へ向かうこと、ほんとは少し不安が残ってる。
だけど、レオリムが、自由に、やりたい事を一緒に探そうと言ってくれたから、怖くない。
わくわくと弾む心は、魂の合図。
この選択が、間違ってないって、思える。
いつも、迷いなく前を向いて進むレオが眩しくて、大好きで、ずぅっと目で追っていた気がする。
レオはそんな僕に、いつだって手を伸ばして、絶対に置いて行ったりしなかった。いつもそばにいてくれた。
君が僕を見詰める瞳が、僕に勇気を与えてくれる。
好き。レオリム。大好き。
「行くぞ」
父さんが、僕たちに声を掛けた。
僕は、急いでレオリムの唇へ、ちゅ、とした。
触れるだけのやつ。
むちゅむちゅするやつは、まだ待ってね。
「……シーラ!!」
逃げるように、僕は荷物を持って玄関へ向かった。
姉さんが、いってらっしゃい、気を付けてね、とハグしてくれた。
追い付いてきたレオリムにも。
僕たちは、姉さんのお腹をそれぞれ一撫で。
「姉さんも、身体に気を付けて、元気な赤ちゃんを産んでね」
「もちろんよ、あなたたちも元気で」
「「いってきます」」
一番寒い時期を越えて、少しだけ寒さの緩んだ朝の小径へ踏み出した。
澄んだ空気が海風に揺れて、潮の匂いが小径を通り抜けていく。
大好きな海の匂いと冷たい朝の空気を胸の中に吸い込む。
深呼吸をして、足を踏み出した時。
追い付いてきたレオリムが、僕の耳元でぼそりと言った。
「後で、覚えてろよ」
なんのことか、わかりません。
峠の駅所で、西森州の州都サンタナから、南海州の州都マリーアへ向かう街道馬車を待って、乗り込んだ。
今日は、朱塗りの南海州の街道馬車。
スーリア学園へ向かう前に、まずはマリーアの街へ寄る。
「すまないな、馬車を仕立ててやれたら良かったんだが」
馬車に乗り込んですぐ言われた父さんの言葉に、そんなこと思ってなかったから、びっくりした。
「街道馬車の旅も快適で楽しいよ」
そう言うと、父さんは、ほっとしたように、そうか、と笑った。
父さんこそ、普段一人でマリーアに用がある時は、馬車じゃなくて馬で行くでしょう。
レオリムと一緒に、馬をそれぞれ駆って旅をするのも、楽しそうだな。
僕は、幌の隙間から外の景色を眺めた。
冬枯れの木立はものさみしいけれど、ガタガタという車輪の音に、落ち葉を踏む乾いた音が混ざって廻っていく。
奥に広がる樹々は、常緑樹の深い緑が折り重なって、澄んだ空気の中遠くまでよく見渡せる。
街道沿いの木の、細い木の枝の先が目に入った。枝先に小さなこぶがいくつも見える。ふっくらとしたあれは、木の芽だろう。
入学試験のために通った時はなかった様子に、春の気配を感じた。
東河州の州都スーリアまでは、馬車で最短で10日ほど。
途中、マリーアへも滞在するから、スーリアへ到着するのは、15日くらいを予定している。
うちは準男爵家で父さんはマウリの街の領主をしているとは言え、元は平民で、生活は他のマウリの人々とそう変わらない。
領主館としての体裁もあって屋敷が広いため、家族だけでは手が回らず、家の中のことをするために、週に何度か街の奥さん方にお手伝いをお願いしているけど、その給金もそう高くはないらしい。
自分たちの家のこともあるのに手伝いに来てくれる奥さん方に、父さんも姉さんも義兄さんもいつも感謝している。
特に今は、姉さんのお腹に赤ちゃんがいるから、大事を取って回数を増やしてもらっている。
『お互い様よ、いつも街のために尽くしてくれるウルマーさんたちのためなんだから、ただ働きでもなんでもいいのに、わざわざお給金をくださるなんて、こちらこそありがたいわぁ』と、進んで手伝ってくれる。ほんとにありがたい。
それに。
今回は、マリーアでレオリムの父上のサンタナ侯爵と合流して、サンタナ家の馬車でスーリアへ向かう手筈になってる。
父さんは、それも申し訳なく思うみたい。
僕もその気持ちはすごくよく分かるんだけど。
「シーラの尻が心配だから、サンタナ家の馬車で」
父さんは、この言葉で余計な気遣いと遠慮を捨てたらしい。
レオリムがそう言うなら仕方ないんだって。
もう! なにそれ!?
冬の参の月の最初の日。
今日からはもう、朝の港へは行かないのだけど、いつもの時間に目が覚めた。
マウリ家の朝は早いから、義兄さんはもう出た後だった。
昨日の晩の挨拶が最後だと思うと、もっとちゃんとしておきたかったけど、姉さんによろしく伝えてとお願いをした。
お布団の中のアランカに、レオリムと二人でいってきますをする。
むにゃむにゃと、寝ぼけ眼で、シーにぃに、レオにぃに、いってらっしゃいとご挨拶をしてくれた。
夏には帰ってくる予定だから、その時は赤ちゃんにも会えるね。
姉さんと赤ちゃんにも身体を大事にと伝える。
「大丈夫よ、歌謡いはみんな、海竜様の祝福があるもの」
そうか、そうだね、良かった。
海竜様、みんなをお願いします。
出立前、レオリムは、なにやらごそごそと荷物の中に詰めていた。
どうしたの、と覗き込めば、小箱を大事そうに仕舞っていた。
「誓いのフィアルクスを持っていく」
たしかに。僕たちの誓いの花を置いていくのも変だね。
「どこか良い店で、髪飾りにしてもらおう」
レオリムの手が伸びて、伸びた横髪を一房、僕の耳に掛けた。続けて僕の頭を愛おし気に撫でる。
「きっとよく似合う」
知らない土地へ向かうこと、ほんとは少し不安が残ってる。
だけど、レオリムが、自由に、やりたい事を一緒に探そうと言ってくれたから、怖くない。
わくわくと弾む心は、魂の合図。
この選択が、間違ってないって、思える。
いつも、迷いなく前を向いて進むレオが眩しくて、大好きで、ずぅっと目で追っていた気がする。
レオはそんな僕に、いつだって手を伸ばして、絶対に置いて行ったりしなかった。いつもそばにいてくれた。
君が僕を見詰める瞳が、僕に勇気を与えてくれる。
好き。レオリム。大好き。
「行くぞ」
父さんが、僕たちに声を掛けた。
僕は、急いでレオリムの唇へ、ちゅ、とした。
触れるだけのやつ。
むちゅむちゅするやつは、まだ待ってね。
「……シーラ!!」
逃げるように、僕は荷物を持って玄関へ向かった。
姉さんが、いってらっしゃい、気を付けてね、とハグしてくれた。
追い付いてきたレオリムにも。
僕たちは、姉さんのお腹をそれぞれ一撫で。
「姉さんも、身体に気を付けて、元気な赤ちゃんを産んでね」
「もちろんよ、あなたたちも元気で」
「「いってきます」」
一番寒い時期を越えて、少しだけ寒さの緩んだ朝の小径へ踏み出した。
澄んだ空気が海風に揺れて、潮の匂いが小径を通り抜けていく。
大好きな海の匂いと冷たい朝の空気を胸の中に吸い込む。
深呼吸をして、足を踏み出した時。
追い付いてきたレオリムが、僕の耳元でぼそりと言った。
「後で、覚えてろよ」
なんのことか、わかりません。
峠の駅所で、西森州の州都サンタナから、南海州の州都マリーアへ向かう街道馬車を待って、乗り込んだ。
今日は、朱塗りの南海州の街道馬車。
スーリア学園へ向かう前に、まずはマリーアの街へ寄る。
「すまないな、馬車を仕立ててやれたら良かったんだが」
馬車に乗り込んですぐ言われた父さんの言葉に、そんなこと思ってなかったから、びっくりした。
「街道馬車の旅も快適で楽しいよ」
そう言うと、父さんは、ほっとしたように、そうか、と笑った。
父さんこそ、普段一人でマリーアに用がある時は、馬車じゃなくて馬で行くでしょう。
レオリムと一緒に、馬をそれぞれ駆って旅をするのも、楽しそうだな。
僕は、幌の隙間から外の景色を眺めた。
冬枯れの木立はものさみしいけれど、ガタガタという車輪の音に、落ち葉を踏む乾いた音が混ざって廻っていく。
奥に広がる樹々は、常緑樹の深い緑が折り重なって、澄んだ空気の中遠くまでよく見渡せる。
街道沿いの木の、細い木の枝の先が目に入った。枝先に小さなこぶがいくつも見える。ふっくらとしたあれは、木の芽だろう。
入学試験のために通った時はなかった様子に、春の気配を感じた。
東河州の州都スーリアまでは、馬車で最短で10日ほど。
途中、マリーアへも滞在するから、スーリアへ到着するのは、15日くらいを予定している。
うちは準男爵家で父さんはマウリの街の領主をしているとは言え、元は平民で、生活は他のマウリの人々とそう変わらない。
領主館としての体裁もあって屋敷が広いため、家族だけでは手が回らず、家の中のことをするために、週に何度か街の奥さん方にお手伝いをお願いしているけど、その給金もそう高くはないらしい。
自分たちの家のこともあるのに手伝いに来てくれる奥さん方に、父さんも姉さんも義兄さんもいつも感謝している。
特に今は、姉さんのお腹に赤ちゃんがいるから、大事を取って回数を増やしてもらっている。
『お互い様よ、いつも街のために尽くしてくれるウルマーさんたちのためなんだから、ただ働きでもなんでもいいのに、わざわざお給金をくださるなんて、こちらこそありがたいわぁ』と、進んで手伝ってくれる。ほんとにありがたい。
それに。
今回は、マリーアでレオリムの父上のサンタナ侯爵と合流して、サンタナ家の馬車でスーリアへ向かう手筈になってる。
父さんは、それも申し訳なく思うみたい。
僕もその気持ちはすごくよく分かるんだけど。
「シーラの尻が心配だから、サンタナ家の馬車で」
父さんは、この言葉で余計な気遣いと遠慮を捨てたらしい。
レオリムがそう言うなら仕方ないんだって。
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