水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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4章

凝り性の方向性?

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 泉のほとりの野営地を出て、里道を進む馬車は、途中、二股道を北の方へ向かった。
 東河州の州都スーリアと他の街を行き来する街道は、王都とスーリアを結ぶ街道と、北崚州の州都ホゥクルツトとスーリアを結ぶ街道の二つがある。
 僕たちは王都とスーリアを結ぶ街道を進んできたけど、最後はホゥクルツトとスーリアを結ぶ街道から、スーリアへ向かうことになった。

 北の街道へ合流する少し手前で、昼餉の為に野営地へ立ち寄った。

「風が吹いて来たな」

 馬から下りたツァォロンくんが、北の空を見ながら言った。その言葉につられて、北の空を見上げると、確かに、北の山々のあちこちで、雪煙が渦を巻いている。
 吹き下りる風が、冷たい。

「寒くなりそうだね」

 ラドゥ様も空を見上げて言って、それから騎士さん達に、昼餉の準備を急ぐように言った。
 途中通りかかった集落で、新鮮な牛乳と卵を分けてもらった。風除けに建てた天幕の中で、燻製肉とお芋のスープ、燻製肉ソテーと目玉焼き、麺麭といった食事を取って身体を温めながら、どうして北の街道を使うのか、訊いた。

「昨晩の野営地からの距離は、北を廻ってもそう変わらないからね。それに、北の街道の方が整備が行き届いていて走りやすいのだよ」

 ラドゥ様は、ツァォロンくんに笑顔を向けた。

「うちは土魔法が得意なのが多いし、スーリア侯にも任されているしな」
「おかげで、西北の街道も整備が行き届いているよ」
「サンタナ伯は森の管理がうまいし、あっちの街道は、秋に通るとすごいぞ」

 それが、どういう意味を持つか、北の街道を走ってよく分かった。
 元々、サンタナ家の馬車の乗り心地は抜群だけれど、北の街道に入ってからの快適さは段違いだった。
 まず、街道に敷かれた石畳に、穴も欠けもほとんどなかった。幅広で、大型の馬車と行きあっても、どちらも道を譲ったり待つ必要もなかった。北崚州を通る部分の多くは、山を切り開いているので、ここまで広いのは平地部分だけだと言っていたけど、ほとんど平地を通っている、王都とスーリアを結ぶ街道よりもずっと広く滑らかだった。
 後、街道には道標が立てられているけど、動物の彫像が一緒に建ててある場所があった。他の街道はただの石柱が多い。
 僕の中で、頑固で厳つい職人さんの印象が少し変わった。中には何の動物か分からない謎の彫像もあって、ちょっと混乱。

「北は、冬に雪と氷で道が荒れるから、なるべく丈夫に作るんだよ。他の土地は、ここまでの整備は必要ないし、補修整備を任されている領主によっては、補修を少々後回しにしてしまうこともあるね。まぁ、北の職人は仕事に対する責任感も強いし、凝り性が多いね。後ね、雪に閉ざされている間に、色々作ったりするそうだよ」

 街道と馬車の快適さに改めて感心していると、ラドゥ様が面白そうに笑った。

「スーリアも面白い街だよ。楽しみにしているといい。東の学者は、別の方向で、北の職人に負けず劣らず凝り性だからね」

 僕とレオリムは、顔を見合わせた。別の方向って、どんなだろうね?



 街道を東へ進むにつれ、風が更に強くなっていった。
 馬車の窓の景色に、風に飛ばされる白いものが混じり始めた。

「雪……」

 マウリを出てから好天が続いたけれど、最後に雪が降る中を進むのが不思議だった。
 外を行く騎士さん達や、ツァォロンくん一行が寒くないか気になったけれど、ラドゥ様は、彼らは鍛えているし、これくらいの雪は降っている内に入らないよ、と言っていたので、きっと大丈夫なんだろう。

「知っているかい? 雪は、浄化や、歓迎を意味するんだよ」

 ラドゥ様の言葉に、僕は魅入る様に馬車の外を見詰めた。
 白く塗りこめられた景色は、本当は寒さを感じる景色なんだろう。
 でも、僕の手を握るレオリムの手の温かさと同じくらい、僕の心の内を温めてくれた。



 陽が落ちる頃になっても雪は止まなかった。北の山々から吹き下ろす風は、夜になると勢いを弱め、花びらのような雪が、静かに街道に落ちては、道を濡らして消えていった。
 夜の街道は、降る雪で仄かに明るかった。

 雪明かりの先、青白く浮かび上がる塔がいくつも聳え立つ街が見えて来た。

 東河州の州都スーリア。智を求める者が集まる学園都市。
 
 高い塔のひとつひとつが、スーリアにある学園や学校の学園塔であり、この街を護る結界塔だよ、とラドゥ様が教えてくれた。街の中心に聳える、一際高く立派な塔が、僕たちの目指すスーリア学園の学園塔。

 塔自体が青白く発光し、半円状の薄い膜がいくつも、塔とその周辺を覆い、街全体が青く光る結界都市。

「街門がない……?」

 大きな街は、高い外壁に護られているものと思っていたけれど、スーリアにはそれがなかった。街門はないけれど、通行所があって、そこで衛兵さんが通行証の確認をしていた。

「強い結界が張られているからね。通行所以外は通り抜け出来ないのだよ」
「通行所以外は通れないんですか? 通れるけど、禁止ということですか?」
「通行所以外を通ろうとすると、結界に阻まれる。無理に抜けることが出来ないわけじゃないが、お勧めしない」
「無理に通ろうとすると、どうなるんですか?」

 ラドゥ様は、右手の指を一本立てると、声を潜めた。

「……雷に打たれる」

 ごくりとみっつの喉が鳴った。
 雷に?

「雷撃に打たれたように痺れる仕組みになっていると言っていたね。少なくとも、普通の人間はしばらく動けない」

 気を付けるんだよ、と微笑まれて、父さんと、僕とレオリムは、素直にこくこくと頷いた。

 凝る方向が、物騒では……!?
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