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5章
自由気ままな風のような
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風の天人、トフレミマルク様に、愛称で呼ぶように言われたものの、スーリア侯セイールジエル様は、その言葉を聞いて、切れ長の目を眇めてトフレミマルク様を見た後、額に手を当てて大きな溜息を吐いた。
躊躇っている僕を見て、セイールジエル様は、溜息を吐きつつも、厳しい表情を弛めて、トフレミマルク様を諫めた。
「トーレ、戯れが過ぎるぞ」
「そうか? 俺は、コイツらに“トフレミマルク様”なんて呼ばれる方が気持ち悪いけどな」
「……我々のような立場にある者を、年少者が気軽に愛称呼び出来るようなものでないだろう」
しばらく眉間を揉んでいたけど、セイールジエル様は顔を上げると、僕とレオリムを真っ直ぐ見て、こくりと頷いた。
「この男の不躾は詫びる。だが、ラドゥの身内であれば、私たちの身内も同然だ。私的な場所では、セイールと」
トフレミマルク様が急に提案したことに関しては顔を顰めつつも、セイールジエル様も愛称で呼ぶことを提案してくれた。
とってもありがたいけど、い、いいのかな?
にこにこ(にやにや?)と笑うトフレミマルク様は、ほら、トフレミマルクと呼ぶより簡単だろう? と、愛称で呼ばれるのを待っている。
一介の学生(予定)に過ぎない僕やレオリムが、これから通う学園の学長先生や州侯様を愛称呼びしてもいいもの? ラドゥ様はレオのお父さんだし、身内だから別として。
父さんを見ると、顔が引き攣っていて、ラドゥ様は、小さく肩を竦めて、トフレミマルク様とセイールジエル様に小さく会釈をして、僕たちを見て頷いた。
構わないよ、というように。
でも、トフレミマルク様を見て、ちょっと苦笑している。
それはそうだと思う。やっぱり、身分や礼儀というのは大事だし。
なんとなくだけど、トフレミマルク様は、こういう方なんだろう。
気さくで気取らない人柄そうだけど、同時に、人が戸惑ったり、困ったり、驚いたりするのが好きって言うか。
隣のレオリムを見る。
僕の視線に気付いて、にこっとする。あ、これ、愛称呼びとかどっちでもいいやつ。
「と……トーレ学長と……セイール様と、呼ばせて頂きます」
トーレ学長は、器用に片眉を上げると、杯に口をつけた。
セイール様は、うむ、と頷いて微笑んだ。
意外……と言うと失礼かもしれないけど、怜悧な美貌を裏切る優しい笑みで、この方は、厳しいけれど、心根は優しい方なんだと感じる。
「様もいらんがなぁ……遠慮されると調子狂うなぁ……」
トーレ学長はしばらく唸っていたけど、杯を煽って飲み干すと、近くの給仕さんへ杯を渡し、僕の傍へ近付いた。
「ちょっと失礼」
長い腕を伸ばすと、顎を掴んで顔を持ち上げた。
「んんっ?」
「なっ……!! は、離せ!!」
レオリムが、僕の顎を掴んだトーレ学長の腕を掴もうと動くと、反対の手で、僕にしたのと同じようにレオリムの顎を掴んだ。
「レオ!?」
「シーラ!! 離せ!! トーレ!!」
騒ぐレオリムには構わず、トーレ学長は、僕の瞳を夜空色の瞳で覗き込んだ。顎を掴む力は強くはなく、痛くもない。軽く掴んでいるように見えるのに、でも、縛られたみたいに動けない。僕はトーレ学長の瞳を覗き返すしかなかった。
星の瞬きに吸い込まれるよう。
本当に、星空のような瞳。
トーレ学長の瞳から魔力の気配がして、包み込まれるように全身へ流れていく。
身体の中を、風が通り過ぎていくような感覚。
頭の天辺から、足の爪先まで、風が全身を撫でていく。
そわりと首の後ろが逆立つ感じがする。全身観察されているみたいな、探られているような、居心地の悪さ。ぎゅ、と目を瞑る。
レオリムも、僕と同じように、トーレ学長の手から逃れられないみたい。
僕の名前を何度も呼んでいる。
レオ、だいじょうぶ、僕、平気だよ、不思議と拒否感はないんだ。妙に腹立たしいけど。
魔力の気配が薄れたのに気付いて、目を開くと、トーレ学長の顔が横を向いていて、レオリムを覗き込んでいるのが見えた。
顎を掴まれたまま身体も動かなくて、視線だけ、レオリムの方を見る。
トーレ学長の目から、魔力が今度はレオリムの目に向けて流れるのが見えた。
レオリムからは、それに抗うように、ぱちぱちと魔力の気配が陽炎のように立ち昇った。
レオリムが怒っている時の魔力の揺らぎ。
レオ、こんな挑発、乗らなくていいよ……! こんなの、相手にする方が……
そう思った時、すぱーん! と小気味よい音が晩餐室に響いた。
途端に、顎を掴む手が離れる。
僕はすぐにレオリムに抱きかかえられた。
「貴様は!! そういうことを軽率にするなと言っているだろう!!」
「シーラに勝手に触るな!!」
セイール様の手には、扇子が握られていて、頭を押さえて蹲るトーレ学長に、びしりと突き付けられていた。その姿は、剣を構える騎士のよう。
「あ~すまんすまん。ちょっと気になったんで、つい、な?」
つい、で顎を掴まれたら堪ったもんじゃないけど、僕より怒る二人に圧倒される。
「ちょっと魂の状態を視ようとしただけだろ~」
「それならそうと、手順を踏め!」
「へいへい」
頭を摩りながら立ち上がったトーレ学長は、すまんな、と、僕とレオリムに向かって軽く手を上げた。
セイール様は、今夜一番の大きな溜息を吐いた。
「相変わらずだなぁ」
「風のような方だからねぇ……」
少し離れたところで、ツァォロンくんが、骨付き肉をかじりながら呟いたのに、ラドゥ様が溜息を吐きながら返すのが聞こえた。
父さんは、うん、固まってた。
躊躇っている僕を見て、セイールジエル様は、溜息を吐きつつも、厳しい表情を弛めて、トフレミマルク様を諫めた。
「トーレ、戯れが過ぎるぞ」
「そうか? 俺は、コイツらに“トフレミマルク様”なんて呼ばれる方が気持ち悪いけどな」
「……我々のような立場にある者を、年少者が気軽に愛称呼び出来るようなものでないだろう」
しばらく眉間を揉んでいたけど、セイールジエル様は顔を上げると、僕とレオリムを真っ直ぐ見て、こくりと頷いた。
「この男の不躾は詫びる。だが、ラドゥの身内であれば、私たちの身内も同然だ。私的な場所では、セイールと」
トフレミマルク様が急に提案したことに関しては顔を顰めつつも、セイールジエル様も愛称で呼ぶことを提案してくれた。
とってもありがたいけど、い、いいのかな?
にこにこ(にやにや?)と笑うトフレミマルク様は、ほら、トフレミマルクと呼ぶより簡単だろう? と、愛称で呼ばれるのを待っている。
一介の学生(予定)に過ぎない僕やレオリムが、これから通う学園の学長先生や州侯様を愛称呼びしてもいいもの? ラドゥ様はレオのお父さんだし、身内だから別として。
父さんを見ると、顔が引き攣っていて、ラドゥ様は、小さく肩を竦めて、トフレミマルク様とセイールジエル様に小さく会釈をして、僕たちを見て頷いた。
構わないよ、というように。
でも、トフレミマルク様を見て、ちょっと苦笑している。
それはそうだと思う。やっぱり、身分や礼儀というのは大事だし。
なんとなくだけど、トフレミマルク様は、こういう方なんだろう。
気さくで気取らない人柄そうだけど、同時に、人が戸惑ったり、困ったり、驚いたりするのが好きって言うか。
隣のレオリムを見る。
僕の視線に気付いて、にこっとする。あ、これ、愛称呼びとかどっちでもいいやつ。
「と……トーレ学長と……セイール様と、呼ばせて頂きます」
トーレ学長は、器用に片眉を上げると、杯に口をつけた。
セイール様は、うむ、と頷いて微笑んだ。
意外……と言うと失礼かもしれないけど、怜悧な美貌を裏切る優しい笑みで、この方は、厳しいけれど、心根は優しい方なんだと感じる。
「様もいらんがなぁ……遠慮されると調子狂うなぁ……」
トーレ学長はしばらく唸っていたけど、杯を煽って飲み干すと、近くの給仕さんへ杯を渡し、僕の傍へ近付いた。
「ちょっと失礼」
長い腕を伸ばすと、顎を掴んで顔を持ち上げた。
「んんっ?」
「なっ……!! は、離せ!!」
レオリムが、僕の顎を掴んだトーレ学長の腕を掴もうと動くと、反対の手で、僕にしたのと同じようにレオリムの顎を掴んだ。
「レオ!?」
「シーラ!! 離せ!! トーレ!!」
騒ぐレオリムには構わず、トーレ学長は、僕の瞳を夜空色の瞳で覗き込んだ。顎を掴む力は強くはなく、痛くもない。軽く掴んでいるように見えるのに、でも、縛られたみたいに動けない。僕はトーレ学長の瞳を覗き返すしかなかった。
星の瞬きに吸い込まれるよう。
本当に、星空のような瞳。
トーレ学長の瞳から魔力の気配がして、包み込まれるように全身へ流れていく。
身体の中を、風が通り過ぎていくような感覚。
頭の天辺から、足の爪先まで、風が全身を撫でていく。
そわりと首の後ろが逆立つ感じがする。全身観察されているみたいな、探られているような、居心地の悪さ。ぎゅ、と目を瞑る。
レオリムも、僕と同じように、トーレ学長の手から逃れられないみたい。
僕の名前を何度も呼んでいる。
レオ、だいじょうぶ、僕、平気だよ、不思議と拒否感はないんだ。妙に腹立たしいけど。
魔力の気配が薄れたのに気付いて、目を開くと、トーレ学長の顔が横を向いていて、レオリムを覗き込んでいるのが見えた。
顎を掴まれたまま身体も動かなくて、視線だけ、レオリムの方を見る。
トーレ学長の目から、魔力が今度はレオリムの目に向けて流れるのが見えた。
レオリムからは、それに抗うように、ぱちぱちと魔力の気配が陽炎のように立ち昇った。
レオリムが怒っている時の魔力の揺らぎ。
レオ、こんな挑発、乗らなくていいよ……! こんなの、相手にする方が……
そう思った時、すぱーん! と小気味よい音が晩餐室に響いた。
途端に、顎を掴む手が離れる。
僕はすぐにレオリムに抱きかかえられた。
「貴様は!! そういうことを軽率にするなと言っているだろう!!」
「シーラに勝手に触るな!!」
セイール様の手には、扇子が握られていて、頭を押さえて蹲るトーレ学長に、びしりと突き付けられていた。その姿は、剣を構える騎士のよう。
「あ~すまんすまん。ちょっと気になったんで、つい、な?」
つい、で顎を掴まれたら堪ったもんじゃないけど、僕より怒る二人に圧倒される。
「ちょっと魂の状態を視ようとしただけだろ~」
「それならそうと、手順を踏め!」
「へいへい」
頭を摩りながら立ち上がったトーレ学長は、すまんな、と、僕とレオリムに向かって軽く手を上げた。
セイール様は、今夜一番の大きな溜息を吐いた。
「相変わらずだなぁ」
「風のような方だからねぇ……」
少し離れたところで、ツァォロンくんが、骨付き肉をかじりながら呟いたのに、ラドゥ様が溜息を吐きながら返すのが聞こえた。
父さんは、うん、固まってた。
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