天使サマみたいな死神サマに出会ったら魂抜けて、魔界で悪魔に一目惚れされた元ニンゲンのボクの話

井幸ミキ

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1章

大寒波の夜・2

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 どうやったらあんな風に笑えるのかしら。
 みんなはずいぶんと簡単そうに笑うけれど。

 シャルルは、あの笑う、という事を上手く出来ない。声を立てて笑ったりしたら、まして大きな声を上げる事は、怖くないのだろうか。叩かれたら痛いだろうに、と思う。シャルルは、声を上げなくても、何か物音を立てただけでもよく叩かれるので、できるだけ静かにしているのが常だった。
 教室の片隅で、みんなの事を静かに観察する内、シャルルは、ある日気が付いた。みんなの父親や母親は、もしかしたら大きな声を出しても叩かないのかもしれない、と。

 パパにあれやそれを買ってもらったとか、誰のママのパンケーキが一番おいしいか、競い合うように言い合い、うちのママのが一番だよ! だっていつもイチゴたっぷりのジャムとあま~い生クリームとハチミツをつけてくれるもの! と大きな声で自慢気に話す声を聞いた。
 それを聞いた時、シャルルは、酔った父親に叩かれた時よりも衝撃だった。
 彼らの父親や母親は叩かないのだ。欲しいと物をねだっても良く、買ってももらえる。あまりのひもじさに怖々お願いしなくても、甘く美味しい食べ物を与えてくれるのだ。そして、音を立てても殴らない。
 ジャムは知ってる、給食で出るから。あれはパンにつけて食べると、じゅわっと美味しい味がする。あの美味しいのがあまい? 生クリームとハチミツはジャムよりあまいのかしら、ハチミツって、どんな風にあまいの?

 子ども同士で喧嘩が起こり、誰々が誰々を叩いた、とすぐさま先生へ言い付けがなされ、叩いた子は、叩かれた子に謝るように言われる様子を見て、どうやら叩くのはダメな事なのだと、シャルルは知った。
 いつも静かにしているから学校では叩かれないのではない。そもそも、叩くのはダメなのだ。
 では、シャルルを叩く父親と母親は。
 その先を考えるのは、どうしてだか頭が痛くなって、シャルルは怖くなった。その事を考えるのは今はやめている。
 それよりも、学校では少しくらい音を立てても叩かれないのだ。学校であれば、あんな風に声を上げて笑っても良いのだ、とシャルルは気付いた。自分もしてみても良いだろうか。すごい発見をした気がして、学校からの帰り道に、一度、声を出して、あはは、と言ってみたけれど、全然みんなと同じようにはならなかった。

 コツがいるんじゃないかしら、いつか誰かと仲良くなれたらコツを聞いてみたい。

 仲良く。
 その言葉を思い浮かべると、シャルルの胸の奥は疼くような、くすぐったいような感じがする。
 先生は、みんな、仲良くするように、とよく言う。みんなはシャルルみたいに思い悩むこともなく仲良く出来るようだ。先生の言う通りに、みんなと仲良くしてみたい。
 先生に聞いてみる事も考えたが、出席の確認をする程度で、先生もシャルルにはほとんど注意を払わない。たまに、家でシャワーを浴びるように言われたり、封筒に入った手紙を親に渡すようにと手渡されるだけ。
 シャワーは寒くなるまでは、数日に一回浴びていたが、寒くなってからはまだ浴びていない。シャルルの家のシャワーは、母親が出て行って以来お湯が出なくなったので、浴びたいとは思うが、冷たいのはイヤで浴びる事が出来ない。それに、恐らく父親が機嫌を悪くする気がする。
 手紙は、最初の数回は直接父親に渡そうと試みた。しかし、父親は、興味なさそうに、食べ残しや物で溢れかえった机の上に放り投げただけだった。その内、手渡しても、机の上の手紙の方を顎で差すだけになり、シャルルもそこへ置くしかなかった。シャルルの父親が読んだ形跡はない。
 シャワーも浴びていないし、先生からの手紙が読まれるという“言い付け”も果たされない。それらが果たされない限り、先生に質問をするのは憚られる気がして、聞く勇気が出ない。
 父親が手紙を読んでくれたら、冷たいけどガマンしてシャワーを浴びて。そうしたら聞いても良いんじゃないかと、シャルルは思い、毎日家に帰ると、封筒が開けられていないか確認しているが、まだ手を付けられた様子はない。

 いくつもの苦痛と発見と疑問が散りばめられた学校ではあるが、授業の時間と、給食はシャルルの命綱だ。
 授業は、シャルルに新しいことを知る喜びを与える。他の子どもたちの楽しそうなおしゃべりや笑い声、笑顔を、休み時間よりも見聞きしないで済むので、何故かは良く分からない胸の痛みもあまり感じなくて済む。
 給食はもちろん、シャルルの命を繋ぐ砦だった。

 元々、いさかいいの絶えない両親ではあったが、小学校へ入学してしばらくの頃までは、母親は仕事を終えると帰宅し、食事の用意や家事、シャルルの世話をしてはいた。
 シャルルは、酒を飲む父親の視界に入らないように小さくなり、母親の機嫌を損ねないように気を張って食事を摂り、部屋の片隅でひっそりと眠った。大きな声を上げて言い争う両親を刺激してはいけない。怖くて声を上げて泣けば叩かれたので、ここ数年は小さく小さく丸くなって、部屋の中が静かになるのを待つというのが日常だったが、今は父親の事だけ気を付けて過ごしている。
 シャルルは、母親に帰ってきてほしいと思っているが、どこにいるか分からないので、ずっと途方に暮れている。
 叩かれるのは、声を出したり、父親の気に食わない物言いや行動をしたからだと思っていたのだが、母親が帰ってこなくなってからは、何もしなくても叩かれる時があるので、帰って来てくれたら、せめて前と同じくらいになってくれるんじゃないかしらと思う。だから、帰ってきてほしい。

 それに、最近は、部屋が暖まる事がなく、毎日凍えて過ごしている。去年の冬までは、寒くなると母親が、ストーブで部屋を暖めてくれた。父親はそれをしてくれない。ふらりと出掛け、酒を買って帰り、飲んで寝てしまう。母親が帰ってこないので、ほとんどシャルルは家で食事をしていない。父親が酒と一緒に買ってきた食べ物を気まぐれにシャルルに与える事はあったが、最近はそれもない。
 これからもっと寒くなっていくのだけど、もっと寒くなったら、父親はストーブをつけて部屋を暖めてくれるだろうか。シャルルは寒いと感じるが、父親は平気なのだろうか。本当は、家でご飯も食べたい。寒さと飢えを、どうにかしてもらえないだろうか。父親に聞きたい事、お願いしたい事はいくつもあるが、あの大きな手が振り下ろされるのが怖くて、結局は何も言えないままだった。

 小さく溜息を吐いて、シャルルは今日も、あちこち彷徨い歩いてなるべく時間を掛けて家路につくしかなかった。
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