天使サマみたいな死神サマに出会ったら魂抜けて、魔界で悪魔に一目惚れされた元ニンゲンのボクの話

井幸ミキ

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1章

大寒波の夜・3

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 シャルルは、重い足を引きずって、冷たくて重い戸の前に立った。息を潜めて、そぅっとドアノブに手を伸ばした。
 その時、お腹が、くぅ、と鳴って、慌てて手を引っ込めた。そして、これ以上音が鳴らないように、お腹に手を当てた。
 ぐ、と抑えて、腹の虫がこれ以上暴れないように、祈った。手の平の下で、きゅる、とお腹が動いたが、その後は静かになった。ほっと息を吐いて、今度こそドアノブに手を掛けて、音を立てないようにゆっくり引いて、小さく開けた隙間から、するりと部屋の中へ入り込んだ。
 向きを変えて、戸をゆっくりと引き、音を立てないように閉める。パタリ、カチャリと戸が閉まり、シャルルは背中の方へ神経を向け、何も音が聞こえない事にほっとして、はぁーと静かに息を吐いた。
 その息を吐き切ってから、もう一つ、小さく息を吐いて、肩を落とした。
 明日の学校は休みになった。
 “大寒波”が来るからだ。
 大寒波は一日で去るだろうか。明後日は、学校へ行って、給食を食べられるだろうか。
 今日は、パンを持ち帰れなかった。
 シャルルは、お腹をそっと撫でた。

 シャルルは、先生が言った“大寒波”が何か、じつのところ、分からなかった。
 先生は『明日はダイカンパが来るので、学校はお休みです』とだけ言って、宿題を配った。
 クラスの他のみんなは分かっているようだったが、シャルルが声を掛けても、嫌がられるのを知っているので、そのまま学校を後にした。
 それが何か分かったのは、ふらふらと街を彷徨っていた時だった。

 シャルルは、今日も、少し大通りの方へ時間をつぶしに向かった。
 街頭テレビに人が群がっていて、行く当てもなく彷徨っていただけのシャルルは興味を惹かれた。大人たちの林をくぐり、テレビの見える場所まで進んだ。小さなシャルルに注意を払う大人はいなかった。
 テレビの中では、サッカーの試合が行われていた。大人たちは、それらを夢中で見ていた。
 シャルルは、その周りの様子を観察する。大人たちは、サッカーボールを追う選手たちの動きの一つ一つに、歓声を上げたり、野次を飛ばしたり、大騒ぎをしている。大きな声は苦手だが、誰もシャルルに注意を払わない事に、ほっとしながら、シャルルも時折、テレビの中のサッカーボールを目で追った。

 シャルルの通う学校の子どもたちも、サッカーが大好きだと思う。休み時間に、運動場で毎日のようにサッカーをして遊んでいるからだ。クラブチームに入り、サッカー選手を目指している子もいる。シャルルは、誘われたことがないので、いつも見ているだけ。一人では出来ない遊びだ。

 ピピー! という大きな笛の音が聞こえて、周りの大人たちの半分が喜びの声を上げ、残りの半分は、ブーブーと唇を鳴らした。それから、わいわいと、誰々のパスは良かったとか、あのシュートが決め手だったとか、監督がどうとか、多くの会話が聞こえた。テレビの中では、選手へのインタビューが始まり、段々と大人たちがテレビの前を去って行った。
 シャルルは、出来るだけゆっくり家に帰るつもりなので、まだその場にいたが、画面が切り替わり、ニュース番組になった。そしてシャルルは、ダイカンパが何かを知った。
 今夜から明日に掛けて大雪の予報で、街の混乱が予想されると、天気図を見ながらテレビの中の人は説明した。まだ冬の始まりで、こんな雪が突然に降るのは珍しい事で、温かくして寒波に備えるようにと、繰り返していた。
 風が吹いて、シャルルの首や頬を、刺していった。周りの大人たちも、コートの襟を立てたり、マフラーに顔を埋めたりして、テレビの前から足早に立ち去って行った。林のようにたくさんいた人はもう、ぽつりぽつりと、数人になった。
 そうして、重い気持ちのまま、シャルルは自宅へと向かった。大寒波が何か、今のシャルルはもう知っている。

 部屋の中は、冷えて暗いままだった。
 シャルルが吐いた息は、白く闇に溶けていく。
 居間を覗くと、強いお酒の匂い。ソファがこんもりしている。ぐぁーという、父親の大きなイビキの音。
 シャルルは、居間を見渡して、食べ物が何もない事を確認すると、台所の、いつもの場所へ座り込んだ。シャルルの場所の上には、小さな明かり取りの窓があり、その薄明かりの中で、宿題を済ませた。
 ノートをカバンへ戻し、シャルルは身体を丸めた。
 大雪って、どのくらい降るんだろう。今よりもっと寒いのかな。明後日は学校あるかな。街灯テレビで聞いた大寒波のことを、一つ一つ思い出しながら考える。

 風が、ガタガタと窓を揺らす。
 くしゅんと、我慢できずに音を立ててくしゃみをしてしまった。
 口と鼻を抑えて、居間の気配を探る。動きはない。また、ぐぁーという大きなイビキの音。
 ひた、とした冷たい空気が、シャルルの鼻先を打つ。ぶるりと身体が震えて、シャルルは、音を立てないように動いて、玄関を入ってすぐの台所と反対側にある風呂場へ向かった。洗濯機の前に積まれた布の山の中から、何枚か引っ張り出して、身体に巻き付けた。
 台所のシャルルの場所へ戻り、手に取った一枚を頭から被り、膝を抱えた。
 寝てしまおう。
 大寒波がいなくなるまで。
 そうすればきっと、寒いのも、お腹が空いて切ないのも、感じない。
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