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1章
大寒波の夜・4
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ビュー、ぐぉー、ゴー、ガタガタ、ぐぉー……。
窓の外からは、激しい風の音がする。シャルルの住む部屋だけでなく、建物全体がガタガタ、ギシギシと嫌な音を立てて、シャルルは、眠ることができなかった。
こんなにすごい音がするのに、パパはこわくないのかな……。
いつもは、怒鳴られたり、叩かれたりしないので、寝ていてくれたらほっとするばかりなのに、怒鳴られてもいいから、起きていてくれたらと思う。近頃は特に、酒を飲んでいるか、寝ているかばかりだが、母親が帰らなくなるよりも前の頃、ほろ酔いで機嫌の良い時は、一緒にご飯を食べることもあった。
寒さとひもじさと、得体の知れない大寒波が襲う大きな音だけでも怖いのに、居間のソファで眠る父親の大きなイビキの音が、余計にシャルルを不安にさせた。
キィキィという金属音が、風の音に紛れて聞こえてくる。建物全体が、震えている気がする。
かいだん、だいじょうぶかな? おうち、とばされちゃわないかな?
こわい、さむい、おなかすいた……巻き付けた服が落ちないように握りしめて、シャルルは少しだけ、うとうとした。ふわふわと、夢の世界に漂う間、シャルルは、不安も、恐怖も、空腹も忘れられる。このまま、大寒波がいなくなるまでそこにいられたら。
パチンと夢が弾けて、シャルルは目が覚めた。
ぶるりと身体が震える。
睫毛の先に、白い粒が見える。それを数えながら、朝を待とうと思ったが、ふと、辺りがしぃんと静まり返っていることに気が付いた。
パチパチと瞬きをする。白い粒が、ひとつ、ふたつ、はらりと落ちた。
あさ? パパは……?
布越しに、朝の光は感じないが、風の音もしない。父親のイビキの音も。
まるで、世界から取り残されてしまったよう。
シャルルは、被っていた布から頭を出した。パパ、と父親を呼ぼうとしたが、歯の根が合わず、声が出ない。ずりずりと布を巻き付けたまま台所を這って、居間を覗いた時、不思議な光景が飛び込んできた。
雑多なものに溢れた部屋が、真っ白になった。真っ白の空間の真ん中に、父親が正体なく寝ている。その上に、ふわふわと白い影が浮かんでいた。白い影は揺らめいて、人の形になった。
その白い人は、ふわりふわりと部屋の真ん中で回り始めた。
おどるように、まわって、ふわりと浮き上がって、またまわって。
とってもキレイだった。
ひらひらとした白い服に、背中には白い大きな羽根。
そして、白い肌に、黒い髪。
白い人の動きに合わせて、ポロンポロン、ときれいな音が頭の中に響く。きれいな色のビー玉が零れて弾けて、白の世界を音の輝きで満たしていく。
今まで聴いた音の中で、一番素敵な音に聴こえた。
美しい仕草で、黒髪の人は、静かに踊り続ける。
掲げた腕、蹴り上げた脚、撓る背中、揺れる黒髪……見惚れるばかりの美しい動きに合わせて、たくさんの光と音の煌めきが、シャルルの蒼い瞳の中に雪解けの奔流のように流れ込んできた。
せつない。
さびしい。
かなしい。
とても美しい踊りなのに、シャルルの胸は、ぎゅうっと締め付けられた。
その痛みを、知っている。
シャルルも、せつなくて、さびしくて、かなしい気持ちを知っている。それらが、辛くて、苦しいことを。
目の前で踊るきれいな人も、辛いことがあって、それで悲しんで泣いているのじゃないかしらと、胸がぎゅうっとなった。
それで、心配で仕方ない気持ちになったが、それ以上に、シャルルの心をぽかぽかと温め、同時に切なく締め付け、シャルルの内側を満たしていった。
踊りというものが、こんなにも美しく、心を満たすものだと、シャルルは初めて知った。
シャルルは、凍てついたように見つめ続けた。
そして、唐突に分かった。分かってしまった。
美しい踊りが、シャルルの内側で美しい旋律を奏でる。
旋律が奏でる音を、シャルルは知っていた。
あれは、シャルルの中でずっと響く音だ。
街で。学校で。家で。
シャルルの胸の奥を苦しくする、あの音の正体。
ああ、とシャルルは嘆息した。独りぼっちの音だったんだ。気が付いてしまった事実に、胸の奥から留めどなく音なき音が溢れ出てきた。
世界に取り残されている。
あの人も独りぼっちだ。独りぼっちを知っている。
シャルルはあの人と同じだ。そう感じた時、ずっと痺れるようにシャルルの内側に巣食っていた氷結が瞬時に融けた。
天使サマだ。
きっと、ぜったい。天使サマ。
シャルルは、呼吸も忘れて見つめ続けた。
天使サマが、腕を交差して、自らを抱き締め蹲り、それから大きく腕を広げて天を仰いだ。
音が静かに重なっていき、天使サマの動きが柔らかく、より美しいものへ、変わっていった。
シャルルは、息を呑んだ。
同じ孤独だった。でも、今は違う。
ああ、天使サマは今、独りぼっちじゃないんだ……。切なくなる程、誰かを求めている。あなたが愛し、あなたを愛してくれる人がいる。
天使サマの周りには温かいものがたくさんあるんだ。
いいなぁ、良かったなぁ、とシャルルは思った。
シャルルは今も独りぼっちだけど、天使サマは今は独りぼっちじゃない。
今目の前で踊る天使サマは一人だけど、一人じゃない、まるで誰かと寄り添って踊っているよう。
最初からそこにあるものに、ふと気が付いて、手を取るように。
包み込む温かいものが、傍にあるように。
天使サマ、とってもキレイ。
息をするのも忘れて見惚れていたら、天使サマが、父親の顔をひと撫でした。
窓の外からは、激しい風の音がする。シャルルの住む部屋だけでなく、建物全体がガタガタ、ギシギシと嫌な音を立てて、シャルルは、眠ることができなかった。
こんなにすごい音がするのに、パパはこわくないのかな……。
いつもは、怒鳴られたり、叩かれたりしないので、寝ていてくれたらほっとするばかりなのに、怒鳴られてもいいから、起きていてくれたらと思う。近頃は特に、酒を飲んでいるか、寝ているかばかりだが、母親が帰らなくなるよりも前の頃、ほろ酔いで機嫌の良い時は、一緒にご飯を食べることもあった。
寒さとひもじさと、得体の知れない大寒波が襲う大きな音だけでも怖いのに、居間のソファで眠る父親の大きなイビキの音が、余計にシャルルを不安にさせた。
キィキィという金属音が、風の音に紛れて聞こえてくる。建物全体が、震えている気がする。
かいだん、だいじょうぶかな? おうち、とばされちゃわないかな?
こわい、さむい、おなかすいた……巻き付けた服が落ちないように握りしめて、シャルルは少しだけ、うとうとした。ふわふわと、夢の世界に漂う間、シャルルは、不安も、恐怖も、空腹も忘れられる。このまま、大寒波がいなくなるまでそこにいられたら。
パチンと夢が弾けて、シャルルは目が覚めた。
ぶるりと身体が震える。
睫毛の先に、白い粒が見える。それを数えながら、朝を待とうと思ったが、ふと、辺りがしぃんと静まり返っていることに気が付いた。
パチパチと瞬きをする。白い粒が、ひとつ、ふたつ、はらりと落ちた。
あさ? パパは……?
布越しに、朝の光は感じないが、風の音もしない。父親のイビキの音も。
まるで、世界から取り残されてしまったよう。
シャルルは、被っていた布から頭を出した。パパ、と父親を呼ぼうとしたが、歯の根が合わず、声が出ない。ずりずりと布を巻き付けたまま台所を這って、居間を覗いた時、不思議な光景が飛び込んできた。
雑多なものに溢れた部屋が、真っ白になった。真っ白の空間の真ん中に、父親が正体なく寝ている。その上に、ふわふわと白い影が浮かんでいた。白い影は揺らめいて、人の形になった。
その白い人は、ふわりふわりと部屋の真ん中で回り始めた。
おどるように、まわって、ふわりと浮き上がって、またまわって。
とってもキレイだった。
ひらひらとした白い服に、背中には白い大きな羽根。
そして、白い肌に、黒い髪。
白い人の動きに合わせて、ポロンポロン、ときれいな音が頭の中に響く。きれいな色のビー玉が零れて弾けて、白の世界を音の輝きで満たしていく。
今まで聴いた音の中で、一番素敵な音に聴こえた。
美しい仕草で、黒髪の人は、静かに踊り続ける。
掲げた腕、蹴り上げた脚、撓る背中、揺れる黒髪……見惚れるばかりの美しい動きに合わせて、たくさんの光と音の煌めきが、シャルルの蒼い瞳の中に雪解けの奔流のように流れ込んできた。
せつない。
さびしい。
かなしい。
とても美しい踊りなのに、シャルルの胸は、ぎゅうっと締め付けられた。
その痛みを、知っている。
シャルルも、せつなくて、さびしくて、かなしい気持ちを知っている。それらが、辛くて、苦しいことを。
目の前で踊るきれいな人も、辛いことがあって、それで悲しんで泣いているのじゃないかしらと、胸がぎゅうっとなった。
それで、心配で仕方ない気持ちになったが、それ以上に、シャルルの心をぽかぽかと温め、同時に切なく締め付け、シャルルの内側を満たしていった。
踊りというものが、こんなにも美しく、心を満たすものだと、シャルルは初めて知った。
シャルルは、凍てついたように見つめ続けた。
そして、唐突に分かった。分かってしまった。
美しい踊りが、シャルルの内側で美しい旋律を奏でる。
旋律が奏でる音を、シャルルは知っていた。
あれは、シャルルの中でずっと響く音だ。
街で。学校で。家で。
シャルルの胸の奥を苦しくする、あの音の正体。
ああ、とシャルルは嘆息した。独りぼっちの音だったんだ。気が付いてしまった事実に、胸の奥から留めどなく音なき音が溢れ出てきた。
世界に取り残されている。
あの人も独りぼっちだ。独りぼっちを知っている。
シャルルはあの人と同じだ。そう感じた時、ずっと痺れるようにシャルルの内側に巣食っていた氷結が瞬時に融けた。
天使サマだ。
きっと、ぜったい。天使サマ。
シャルルは、呼吸も忘れて見つめ続けた。
天使サマが、腕を交差して、自らを抱き締め蹲り、それから大きく腕を広げて天を仰いだ。
音が静かに重なっていき、天使サマの動きが柔らかく、より美しいものへ、変わっていった。
シャルルは、息を呑んだ。
同じ孤独だった。でも、今は違う。
ああ、天使サマは今、独りぼっちじゃないんだ……。切なくなる程、誰かを求めている。あなたが愛し、あなたを愛してくれる人がいる。
天使サマの周りには温かいものがたくさんあるんだ。
いいなぁ、良かったなぁ、とシャルルは思った。
シャルルは今も独りぼっちだけど、天使サマは今は独りぼっちじゃない。
今目の前で踊る天使サマは一人だけど、一人じゃない、まるで誰かと寄り添って踊っているよう。
最初からそこにあるものに、ふと気が付いて、手を取るように。
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