ホテル・ニュー・カリフォルニア

藤原雅倫

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【第6章】援助交際

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 私は途中大分酒を飲んでから
待ち合わせのセンター街へ向かった。
渋谷駅前の交差点は相変わらず人だかりですれ違う人の殆どが子供ばかりだ。
もっとも仕事で相手にしているアーティストの殆どが十代から二十代前半の子ばかりなので、
わりとこういう街を歩くことにも馴れていた。

 この数日続いていたプレゼンも一段落し、
やっと今日は夕方に会社を出る事ができた。
それにタイミングよく
数週間前に会った女子高生のモモ子が連絡をくれた。
友達も一緒だと言う事で即行オッケーしたのだ。

 彼女と知り合ったのはとある出会い系サイトだ。
遊び心で会員登録したつもりが今ではすっかりハマってしまっていた。
殆どの子は金めあてと割り切っているので
適当な店で御馳走してやり
カラオケで歌ってサワーでも飲ませれば大概はそこで思うように事がすすむ。
以前、歌舞伎町で待ち合わせした女子高生と歩いていたところを
警官に職務質問された事があったが
仕事の内容を説明したら簡単にすり抜けたりもできた。

モモ子とは
もう少しのところで私の酔いがまわってしまい
何もする事なく金を渡してしまった。
今日はその分も楽しませてもらおう。
約束の店の前に辿り着いた時、
既に彼女が待っていた。

「柳沢さ~ん! ひさしぶり~!」豊満な胸を押し付けるようにモモ子は抱きついてきた

「友達も一緒なんだ。彼女、同級生の舞ちゃんって言うの。」

見ればモモ子の後ろに彼女は静かに佇んでいた。
最近の遊んでいる女子高生らに比べたら
おとなしそうな雰囲気で見た目もわりと普通な感じが逆に好印象をあたえた。
私たちは公園通りのカラオケ店を目指した。


 平日だと言うのに受付はごった返し
予約のサインをしてしばらくの間近くのゲーセンで時間を潰した。
彼女らはすぐにUFOキャッチャーを夢中ではじめ
手際良くいくつものお菓子や景品をすくいあげた。
 その後方にあるベンチで煙草を吸いながら
私は彼女らの短いスカートからすらりと伸びた生々しい足を眺めた。

 カラオケ店に入った彼女らはその広い店内を見て大声をあげた。
偶然空いていたのだろう。
どう見ても十人くらいは入れそうなスペースだった。
二人はカバンを投げ出してすぐにメニューを開いた。
とりいそぎ私はビールを、
彼女らはサワーを注文した。

すぐに届けられたそれらを手にし
モモ子の元気一杯な合図で私たちは乾杯した。
一気に流し込んだビールがたまらなく美味しい。
私のテンションもあがりすぐにカラオケのメニューを開いた。

彼女らはインターフォンで
ありとあらゆるものを注文しはじめた。
店内にすぐ私がリクエストした曲が流れ始めたものの
二人は不思議そうな顔で見合い首をかしげた。

まさにジェネレーションギャップだ。

「知らな~い。なにその曲!?」

「え~、知らないのかよ! 昭和の名曲だぞ、名曲!」

私の最近の十八番を歌っている間、
二人はあれこれとはやし立てながらノリノリで手拍子をした。
続いてモモ子が流行のダンス系を踊りながら歌った。
そうして立て続けに歌っている途中に
恐ろしい数の料理が運ばれてきた。
一体この女子高生という生物はどれだけ飢えているのだろうか?
歌っている途中も誰かが歌っている時も
片時も休む暇なくテーブルに並べられた
パスタに唐揚げ、フライドポテトにエビグラタン、
挙げ句の果てに焼きオニギリなどと次から次へと胃袋の中へおさめていく。

 いい感じで酔いがまわり始め、
私が小気味良いリズムのロックを歌い始めた時、
モモ子が耳障りなタンバリンを馬鹿のように叩き出し
それを見た我々は吹き出して大笑いをした。

「なによ~!」っと彼女が覆いかぶさってきた時にソファに横になった私は隣の舞を押しつぶすような形になった。
「重い! おも~い!」私たちは何もかもが笑えて声が枯れるほど大声を出して笑った。するとモモ子が笑いながら私のベルトを外しはじめた。

「舞ちゃん! 脱がせちゃおうよ! 早く、早く!」

私はなすすべもなく
彼女らのいいように弄ばれ、
ゲラゲラと響く笑い声の中で勢いよく射精した。


   ***


 目が覚めた時、
舞が独りでカラオケの画面をぼんやりと眺めていた。
私の横には酔い潰れたモモ子が寝息を立てている。
私は急に恥ずかしくなり慌ててズボンを履いた。
時計の針は深夜一時を廻っていた。

「明日、学校じゃないの?」

「休み。土曜日だから。」彼女は気まずそうに私を見ずに答えた。

「モモ子が言ってた歌手になりたがってる友達って舞ちゃんだろ? 歌上手だからビックリしたよ。」

「はぁ、別になりたいって言ってる訳じゃないけど。CD聞いたりするくらいだし。モモちゃんが勝手に言ってるだけですから。」

「ふぅん。でもいいじゃん。キッカケみたいなもんだしさ。こうして会ったのも何かの縁だしね。冷たいものでも飲もうか?」私はビールとウーロン茶を注文した。

さっきまでワイワイやっていたので
こうして舞をゆっくり見たのもその時が初めてだった。
顔立ちも服装も地味ではあるがスタイルはよさそうだ。

「君もよくこんな事するの?」舞はこっちを見てキッパリ言った。

「しないよ。今日がはじめて。モモちゃんが勝手に約束したから着いて来ただけ。」

ドアをノックして入って来た店員は
怪訝そうな顔つきで飲み物をテーブルに置き、
モモ子のあらわになったパンティをチラッと見てすぐに出て行った。
私は彼女の捲り上がったスカートをなおしてビールを喉に流し込んだ。

「聞いたと思うけど、俺、音楽プロデューサーやってるんだよ。」

「それってホント?」

「あ~、嘘っぽいかな? でも残念ながらホントなんだよね~!」舞は少し笑ってからやっと自分から話しだした。

「さっきはビックリしちゃた。急にモモちゃんあんな事するんだもん。」

「俺だって驚いたよ! 女子高生に襲われるなんてはじめてだし。ま、おかげさまでいい思いさせてもらったけどね~。でもさ、まさか薬とかやってないよな? あまりにもテンション高かったから心配しちゃったよ。」舞は驚いた表情をした。

「やってないよ! そんな事。モモちゃんだってここ来るまで普通だったし。」

「そっか。じゃぁよかった。ところで舞ちゃんはどんな音楽が好きなの? やっぱり流行モノ?」彼女はしばらく考え込んでから答えた。

「ん~、正直よく分かんない。特別好きな歌手がいるわけでもないし、、。」柳沢は腕を組みなおして聞いた。

「でも、歌手になりたいって事?」

「だからそれはモモちゃんが勝手に言ってるのよ。興味がないわけじゃないけど、、。さっきも言ったけど特別、音楽が好きなわけでもないの、、。」私は煙草に火をつけながら彼女の脇へ寄り小声で囁いた。

「セックスしようか?」舞は呆れた顔をして溜息をついた。

「あのね、そういう事しないから。モモちゃんとすればいいじゃん。」

彼女は思っていた以上にしっかりしているのかもしれない。
もっとも、
最近出逢った子達に於いてのレベル範囲ではあるが。
柳沢はふざけた調子で戯けモモ子のスカートを捲った。

「ところで最近は何、聴いてるの?」舞はカバンからCDウォークマンを取り出してみせた。

「これかな。誰だかよく分かんないけど音楽の先生がくれたの。でも結構気に入ってるよ。お母さんは知ってたみたいだけどね。昔のバンドの人だと思うけど。」

「へぇ~バンドか。いいね。意外だけど。でもね、やっぱりバンドがいいよな~。俺も昔ちょっとやってたけどさ、最近はすっかりソロばっかりでガツンとしたロックとか無いし。見せてよ。」

舞はウォークマンごと渡した。
私はそのふたを開けてマジマジとラベルを眺めた時に驚いて声をあげた!

「これ知ってるの!?」私は嬉しくて何度も頷いた。

「知ってる知ってる! いや~何だか嬉しいな~。こいつと仲良かったからさ。今でも時々だけど一緒に仕事もしたりするよ。音楽の先生もファンだったんだろうな。もうこいつらも辞めちゃったけど、このアルバムは俺もよく聴いたよ!」舞は嬉しそうな顔で私を見つめた。

「凄い! やっぱり知ってるんだ。私その中のバラードがお気に入りなんだよね。」

「あぁ、知ってる。あれはいい曲だった。歌詞がまたいいんだよな。」

「それお母さんも言ってた! 私が大人になったらいつか分かるだろうって。」

「確かに、複雑な大人の恋愛っぽい感じだからね。なんだっけかな、歌詞を思い出せないな~。」

彼女は静かに歌いはじめた。
私はそのあとを追って歌詞の断片を思い出しながら一緒にその曲を歌った。
すると舞はカバンからアルバムジャケットを取り出して渡した。
それを手にした私は懐かしさを感じながらページを捲った時に
そこに記されてあるサインに釘付けになった。

「このサイン、、。先生って何て言うの? 何て名前なの?」舞は不思議そうな顔で私をみつめたが、すぐに楽しそうにいった。

「時田先生だよ。時田美樹子先生。」

柳沢は驚いてしばらく黙り込んだ。
こんな偶然があるなんて。
すると舞が信じられない事を言った。

「それ先生の形見なんだよね。」私は驚きを隠せずに口を開けて唖然とした。

「死んだの? それって死んだって事?」

彼女はぬるくなったウーロン茶を飲みながら歌い続けていた。

「そうみたい。学校で噂流れてたし。確か十月くらいだったかな。今も信じられないけど。」

私は言葉を失い、
この奇妙な偶然な出来事を目の当たりに
二人の女子高生の間で呆然とした。


   ***


 ミーティングを終えやっと会社を出て家に着いた時、
既に深夜の零時を過ぎていた。
マンションの鍵を開けリビングのソファに身体を投げ出し
テレビにスイッチを入れた時、
彼女からのメールが届いた。
返信するのも面倒だったのですぐに電話をしたものの
しばらくコールしても出る気配はない。
五分ほどたった時に着信音が鳴った。

「ゴメンゴメン。六本木にいたんだけど今からそっちに行くね。」少し酔った感じで彼女は用件だけを伝えてすぐに切った。

私はシャワーを浴びてゆっくりと風呂に浸かった。
だらしなく伸びた無精髭もそのままに
下半身にタオルを撒いただけの姿で冷蔵庫から冷えたビールを取り出して飲んだ。
その冷たい喉ごしが一気に身体を冷やし
すぐにトレーナーを着た。

しばらくするとベルが鳴り
彼女は真っ赤なダッフルコートを玄関で脱ぎ寒々そうに部屋へ入ってきた。

「も~最悪よ。友達がオープンしたギャラリーの打上げだったんだけど疲れたわぁ。ただの酔っぱらいばっかりでさ。途中で逃げ出してきたわよ。」

エリ子は冷蔵庫からビールを取り出し
旨そうに飲みながら寝室へ行きパジャマに着替えた後に私の横に座った。

 彼女とは昔一年ほど付き合っていた時期があった。
それがエリ子の一時的な感情の起伏だったとしても
私は昔から彼女に惹かれていたこともありすんなりと受け入れる事ができた。
英司との三角関係もままならない状態で続いた彼女との関係に
嫌悪を抱きつつも私は彼女に溺れていった。

別れた後もこうして時々訪れてはいたが、
以前のような恋愛感情は全く彼女にはなくただ都合のいい時だけ私を求めた。
それでも彼女の訪問を喜び受け入れる自分は
ただ繰り返される毎日を呑気に過ごしていた。

「ねぇ、そう言えば何か話しあるって言ってたよね?」

私はその言葉に身体を硬直させた。
しばらく考えた後、
それが私たちに降りかかる災難になる訳ではないと判断し
押し迫る圧迫感に耐え切れずについ口にだしてしまった。

「美樹子ちゃん、死んだんだってさ、、。」

彼女は眉間に皺をよせしばらく黙り込んだ。
リビングには重い空気が漂い私は自分の発言を後悔した。
それでも僅かながらの英司に対する優越感に浸った自分も確かにそこにあった。
しばらくして彼女は呟いた。

「そうなんだ、、。」

長い沈黙をおいて彼女はビールを一口飲みながら私を見た。

「なんでそんな事知ってるのよ? それに何でそんな事を今更私に言う訳?」

私は黙り込みソファに身を埋めたものの
諦めて先日の出来事を仕事で会った女子高生というシチュエーションで話して聞かせた。
その間彼女は静かにテレビを見つめたままた
微動だにせず缶ビールを握りしめていた。

エリ子は足を組み直し私を見ずに語りはじめた。

「彼女、英司と別れた後に北海道に越したの。新しい彼氏と一緒に住むって言ってたわ。あの当時、確かに彼女を憎んだけど、それ以来私たちは同じ境遇だったって気づいたのよ。だから私も英司と別れる事にしたの。」

私は、明かりを間接照明に変えてテレビを消した。
いつもとは違う雰囲気が続きそうだったので
久しぶりにグラスを取り出しスコッチを注いだ。

「実は、一度だけ彼女と二人で話した事があったのよ。全くの偶然だったんだけど。たまたま帰りの電車で一緒だった時があって声をかけてきたの。私たちは途中下車して喫茶店に入ったわ。まだ英司が迷っていた時だったから少しは強気にならなきゃって思っていたんだけど、彼女は自分が身を引くって言ってきたわ。その時、よく分からないけど彼女に同情さえ感じちゃってさ、私に英司の事を宜しくって頭を下げたのよ。そんな姿見たら彼女より英司に対して腹が立ってきたのよ!」

私は氷が溶けて薄くなったボウモアを口にして
大袈裟に頷きながらぼそりと呟いた。

「それで俺に電話してきたってわけか、、。もしかしてまだあいつの事、好きなんだろ?」

彼女は立ち上がり二杯目のスコッチを注ぎながら溜息をついた。

「そんなの分からない。きっと彼女の英司に対する愛情の方が私より強かったんじゃないかなって思う時もあるし。でも、だから彼女はきっと自分から身をひく事も出来たのよ。」

エリ子の悲しそうな顔を見て私は静かに抱き寄せた。
無音の部屋の中でグラスの氷が溶け微かに乾いた音がした時、
彼女は急に思い出したように天井を見上げた。

「満月が嫌いだって言ってた! 彼女、満月の夜になると自分が自分でいられなくなるからって。そして言ってた。言っていたわ、、。」

私は彼女の見開いた瞳を見つめて聞いた。

「満月? 一体何を言ったんだ?」

エリ子はしばらく考えてからやっと思い出したように語った。



「ベルリンの壁、、。そう、、もうすぐあの壁が崩壊するって、、。」



彼女はしばらく私に抱きついてかすかに泣いた。
その涙の意味が、
美樹子に対してなのか、
それとも英司に対してのものかは定かではないが、
確かに私に流されたものではないことを受けいれるまでには幾分かの時間を要した。

私はぼんやりと
一九八九年の十一月に崩壊した
あの忌まわしい東西を隔てた壁を思い描いていた。
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