月とガーネット[上]

雨音 礼韻

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■Ⅵ■TO EUROPE■

[3]懸け橋の終焉 → 初めての笑顔

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「ワタシもまだ若かったのよねぇ~捕獲するつもりがちょっと手ぇ滑らせちゃって……まぁでもアナタにとったらむしろラッキーだったのでショ? あーでもまだ面倒なヤンデレ息子がいるのだっけ!? アナタもとんだ人生ヨネ……このまま処女ヴァージンで終わる前に、一度くらいクーに可愛がってもらったら? このヒト意外にテクニシャンなのヨ」

「「……!?」」

 メリルは既に理解の出来る範疇はんちゅうを超えていて、クウヤは後半セシリアがヒソヒソとメリルの耳元でささやいたために聞き取れなかった。

 ともかくセシリアがあのディアーク医師を手に掛け、クウヤをおとしめ、今此処で二人の進路を阻んでいるという事実──彼女は一体何者なのか──問いただしたいことが多すぎる。

 まずはハリボテロボットからメリルを取り戻し、セシリアを捕縛するには……クウヤは脳ミソをフル稼働させたが、結論が出る前にメリルが仕掛けた!

「「──チィッ!!」」

 どうやら動力部にオン・オフを繰り返すリモートを仕掛けておいたらしい。メリルはこっそり起動して、四人の足元が震え、一気にバランスが崩された。『ムーン・シールド』には影響を及ぼさない程度の揺らぎだが、明らかに形勢を変えることは出来たようだ。セシリアと大男が舌打ちをしながら膝を突く間に、メリルは大男の圧迫から手首を逃がし、自分が弾き飛ばしたセシリアの銃を拾ってクウヤの元へ駆け出した。

「クウヤ様! お戻りください!!」

「あぁ~? でもっ!」

 セシリアから真相を訊き出したいクウヤは一瞬渋ったが、メリルの必死な表情に諦めざるを得なかった。仕方なく二人に背を向け格納庫入り口を目指す。グラグラと波乗りみたいに揺れる地面を走りながら、案の定後ろから弾丸の雨が襲ってきた。が、あちらも照準が定められないため、弾はあらぬ方向へ軌道を描いた。

「あぁん、もうっ! ワタシは退却するわヨ! ドルフ、やれるだけやって!」

了解ラジャー

 マザーシップの左手に、ステルスで消し去っていたのであろう『ムーン・フォース』が突如姿を現わし、アームとおぼしき形状が伸びてきて、セシリアはそれに飛び移ってしまった。

「先に飛んでください!」

 メリルは援護しながらクウヤに催促した。ドルフと呼ばれた大男も足元がおぼつかないため、銃を諦め二人の背後に近付いている。マザーシップはついに動力が停止したらしく、ふいに機体が下がり始めた。庫口に飛び上がったクウヤがすぐに両腕を下ろし、ジャンプしたメリルの右腕を捕まえた。

「メリルっ!!」

「クウヤ様!!」

 メリルは口縁こうえん下部の凹みに左腕を伸ばし、自力で格納庫へ上がろうとしたが、

「うああああっ!!」

 メリルの右腕を掴むクウヤの左手首に、ドルフのごつい右手が食い込んだ。

「これさえ壊せばこっちのものだ」

「放しなさい!!」

 胸の谷間に突っ込んでおいたピストルを左手に取り、大男へと向けて発砲する。ドルフはその大柄な身体を器用に捻ってかわし、右手はクウヤの手首を握りしめたまま、左腕をメリルの腰に巻きつけ締め上げた。

「「あああああっ!!」」

 クウヤとメリルの悲鳴が重なる。そしてついに──

 ──……パリンッ……──

 幽かにそんな音を立てて──「硝子ガラス」──が、割れた。

「う、そ……だろ……!?」

 見下ろす視界に透明な硝子の粒がはらはらと飛び散って、クウヤは呆然と呟いた。ドルフが握り潰したのは、左手首に装着していた腕時計型の『ツール』であったのだ。

「これでお前はもう『上』へは行けまい」

 ドルフはニヤリと嗤い、その手を放してメリルの腰を両腕で抱え込む。クウヤのおもてが二人分の体重で苦悶に歪み、メリルは咄嗟に左手を凹みに戻したが、ウエストを圧迫する大男の腕力に今度はメリルの表情が険しくなった。

「メリル……!」

「クウヤ、様……残念ながら、限界でございます……わたくしに、もしものことがありました時には、「ミスターK」がクウヤ様の元へ、駆けつけてくださる、手筈に……なって、おり、ます……」

「ミスター……K?」

 後半メリルの声は苦しむように途切れた。

「んなことイイからっ! メリルっ、俺絶対放さないから、左手でそのハリボテ引き剝がせ!!」

 メリルは息苦しそうに唇を引き結んだが、何故だかその口角は微笑むように上がっていった。

「あっ、そうだ……右手! 右手なら……シドが増幅させる機械、今でも残してないかっ!? シド! シド!! 聞こえるならメリルの右手に力入れろっ!!」

 クウヤのこめかみに汗が滲む。それは両肩・両腕・両手への負担によるものなのか、はたまた人生最大の焦りによるものなのか、もはやクウヤ本人でさえも分からなかった。分かっているのはこのままではメリルが落下するか、ドルフの腕圧で壊れるかだ。そしてクウヤの両手も二人の重みで徐々に痺れ始めていた。

「ハリボテ! メリルを放せ!! お前、エレメント搭載してないのか!?」

「放せと言われて放すバカが何処にいる? 残念ながらオレは捨て駒だ。幾らだって量産出来るからな……ならばこいつを道連れにするまでだ」

「だったら俺を道連れにしろって! だからメリルを放せ!! もう一度、俺の手首を掴め!!」

「クウヤ様、いけません……命の、保証が、出来、ません……」

 メリルはまるで意識も絶え絶えのように瞳を閉じていた。幾らアンドロイドとて、『エレメント』なしにこんな上空から落下したら微塵みじんだ。けれど『エレメント』を宿した自分なら──そして最悪命を落としたとしても。どうせ価値もない人間なのだからと、クウヤは刹那に割り切れていた。

「もう『ツール』もないんだ……万が一俺が死んだら、『エレメント』の回収も簡単だろ?」

「そのようなこと……!」

「『エレメント』……そうだな、お前と落ちた方が色々都合が良さそうだ」

 なかなか落ちないメリルに愛想が尽きたのか、ドルフも考えを改めた。

「──ぐっ!!」

 しかしその時いち早く動いたのはメリルだった。左手を壁面から放したため、一気に腕を引っ張られたクウヤがあえぐ。メリルもクウヤの提案を受け入れ、庫口へ上がる気になったのかと思われたが、メリルの左手は自分の左耳を飾る涙型のピアスに伸ばされていた。

「……メリル……?」

 重みに耐えながら、クウヤはメリルと瞳を合わせた。

「クウヤ様、わたくしは……」

 ピアスを包み込んだ左手が、クウヤの腕の間へ割って入る。

 クウヤの握り締める自分の右手へ、メリルはピアスを手渡した。

「わたくしは、最後に……」

 ドルフが右手をクウヤへと伸ばし始めたが、メリルの左手がそれを阻止する。

「メリル……? おいっ、やめろ!!」

 クウヤは察した。メリルがドルフ諸共、堕ちるつもりであることを!

「い、まの、クウヤ、様に……」

「メリルっ! よせって!!」

 クウヤは痺れる両手に、何とか力を込めようとするが、

 ──……カチッ……──

 メリルの右手首内部から、微かに響く機械音。

「お逢い、出来て……」

 アンドロイドだと知らしめられたバンコクの宿。あの時のように手首が外れ、クウヤは慌てて片手を伸ばしたが、

「本当に、幸せ、でした……──」

「メ……メリル──っ!!!」

 まるでスローモーションのように、ふわりと離れていくメリル。

 クウヤを見上げたまま堕ちてゆくそのおもてには、今まで見たこともない優しい微笑みが宿されていた──。



 第六章・■Ⅵ■TO EUROPE■・完結

 [下巻へ続く]



□いつもお読みくださいまして、誠にありがとうございます(^人^)
 
(飽くまでも前向きでございます☆)色々考えまして、今作を『上巻』と位置付け、ここまでで一旦(前編の)『完結』とさせていただきます<(_ _)>

『下巻』につきましては、近日中に活動報告にてお知らせ致しますので、どうか懲りずに今後共お付き合いを宜しくお願い致します!!

   雨音 礼韻 拝


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