黒き翼を持つ者は不幻の夜の闇に踊る

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ゴルイニチ13

12、Lnner Voice

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 ロシア南西部クルスク基地 
 モスクワ標準時間 17時04分

 灰色の空に向かって二機のSu-25攻撃機が離陸していく。
 一基でビルを吹き飛ばせる威力を持つFAB-500爆弾を搭載し、パイロットは特別命令を受けていた。
 目標は国内の秘密都市ゴルイニチ13。
 世界破滅スタートの可能性のある街であった。

          §

 同時刻
 ソビエト連邦・スヴェルドロフスク州
 ウラル山脈北部の実験都市“ゴルイニチ13”

 研究施設を包囲する部隊の中、装甲車の中で暖を取っていたスミルノフ大佐は腕時計を見た。
 時間を確かめると現地部隊を指揮する大尉に声を呼びつける。

「大尉、回収状況は?」
「リストの八割がたの回収は済みました。あとは大物の特殊容器なのですが、幾つかの運び出しに手間取っているようです」
「時間がなくなってきた。やむを得ない。残り5分で運び出せない残りはあきらめて撤収だ」
「上階に向かった突入部隊との連絡が途絶えていますが」
「生き残っていれば5分で撤退。でなければ全滅したものと見なす」
「しかし、応答が……」
「三度は言わんぞ、大尉。5分後に撤収させろ。でなければ全員が爆撃に巻き込まれることになる」
 
 スミルノフ大佐はそう言うと装甲車の中に戻っていった。
 命令を受けた大尉は茫然とした。
 この上官は突入した自分の部下を見殺しにしろと言ってるのだ。

          §

 ヴィクター・インユシン博士にコントロールされたヴィスナとエリータの二人の能力者は虚ろな表情で博士の指示に従っていた。
 ミッシェルはM1911の銃口をその元凶であるインユシン博士に向けた。だが博士は向けられた銃口も気にせず装置を動かし続けた。

「吸血鬼という素材はじっくり研究してみたいが、今はお前には構っていられないのだ。そのまま、そこで大人しくしていろ」

 ミッシェルは構わず銃の引き金をひいた。
 だがM1911の銃弾は博士を逸れ壁に当たってしまう。ヴィスナがテレキネシスが防御しているのだ。
 それならばとミッシェルは博士に飛びかかろうとしたがテレキネシスバリアに弾き飛ばされた。
 壁に叩きつけられた倒れたミッシェルはよろめきながら立ち上がった。

「……邪魔するな! ヴィスナ」
「無駄だね。この小さな能力者は私の支配下だよ」
「ヴィスナ、あんたはこのままでいいの? こんな奴の言われるがまま?」

 ミッシェルはヴィスナに呼びかけたが返事はない。

「無駄だと言ってるだろ。ああ、君は本当に仕事の邪魔だな。では、君の相手は勇敢なる赤軍同志諸君に頼もうか」

 博士が指をはじくとライフルを構えたまま立ち尽くしていた兵士たちが今度はミッシェルに銃口を向けてきた。
 博士に操られた兵士たちは無表情で射撃を始め、無数の7.62mm弾がミッシェルに向かって飛んでいく。

 ああ、もうっ!

 吸血鬼のミッシェルの目には銃弾の軌道がはっきりとわかる。
 脳が高回転しているのかそういう能力を持つ眼球なのかは彼女にも仕組みは分からない。だが彼女には弾丸の軌道が分かり、それを避けることのできる身体能力もあった。人間サイズの大きさで戦闘機並みの速度を叩きだすのだ。弾丸を避けるくらいは容易なことだった。
 ミッシェルは楽々と弾丸を避けると兵士たちの背後に回り込んでいく。

 無駄な殺しはしたくないな……

 彼女は、兵士の影に触れた。すると彼女の身体が影に沈み込み始める。
 ミッシェルの沈み込んだ影は大きく伸び始め、他の兵士の影に繋がっていった。同時に兵士は硬直し、ライフルを構えたまま動けなくなっていく。その様子に気付いた博士も眉を顰める。

「魔力というやつか? 忌々しい吸血鬼め……!」博士は吐き捨てるように言った。

 動けない兵士たちの間を通りゆっくりと近づいていくミッシェル

「博士。私が思うに、あんたはの今の能力は、さっきから首に打っているその薬で生み出したものね……」

 彼女は何かを嗅ぐような仕草をした。

「それは、ただの薬品じゃないわね。血……何かの血。能力者……動物? 違う。何かすごく邪悪な生き物の血……よくわからないけどどちらかというと私に近い存在の血だわ。あんた、一体、何者の血を使っているの?」 

 ミッシェルは博士を彼女の赤い瞳で睨みつけた。

「……奇妙な眼の色だ。何かの遺伝子疾患なのかな……まったく、君は興味が尽きないよ」

 博士はミッシェルの赤い瞳を見つめて言う。

「百五十年前は、青かったの」
「後天的なのか。益々興味深い。だが私は忙しいんだ。作戦を実行しなければならないんだからな」
「作戦って?」

 ミッシェルは囁くように訊ねる。
 意外にも博士は彼女の質問に答え始めた。

「……ここにある装置を使って74(エリータ)のマインドコントロール能力を増幅させる。増幅されたマインドコントロール波は人工衛星を通してアメリカ合衆国のミサイル基地にピンポイントで放たれるんだ。目標は基地のミサイル発射に関わる兵士たち。彼らを操ってアメリカ合衆国の国内都市に向けてICBMを発射させるんだよ。相互確証破壊(※)も成りえずアメリカは自滅。わがソ連は世界を制するのだ!」

「なんて馬鹿げたことを……」

 そんなに簡単にいくものか、とミッシェルは思う。だが博士は自信満々だ。

「最初のプランを立ち上げた当初は党員幹部にも軍の将校にもそう言われたよ。だがこの私が現実にした」

 博士の言葉にミッシェルは笑う。嘲笑いだった。
 博士はその意味が分からず、眉を顰める。

「あんたは、いい気になって自分の思いつきのように語っているけど、それは本当にあんたの考えだと思う?」

 その言葉が気になったのか博士は作業を止めてミッシェルの方を見た。

「私は……吸血鬼。そのせいか人とは違う存在を感じ取れる。はっきりとは分からないけど、あんたは人間以外の何かに操られてる」

 博士はその言葉に反応して怖ろしい形相でミッシェルを睨みつけた。いや、博士というより博士の中に潜む別の何かがだ。

「お前は、どうやって中に彼の中に入った?」

 ミッシェルは博士の中に潜む何かに言った。そして操作盤の上に置かれたアンプルケースを見る。

「その薬ね……」

 博士はアンプルケースを取ると注射器に差し込み、首筋に注射した。

「ウラル山脈北部のホラート・シャフイル山で1959年に発見したの血液と幾つかの合成物質を調合して私が作った」
「それに混ざりこんでいる血というのがあんたの中にいる者の正体ね」

 博士はその通りとばかりに笑ってみせる。

「不思議だったよ。この血液は凝固もしないし腐敗もしなかった。解析に行き詰ったある時、関連の調査をしていたKGBがある書物がすべてを解決したんだ」

 博士は横に資料やファイルと一緒に置いてあった分厚く古びた本を手に持ってみせた。

「この本さ」

 それは貨物用エレベータの中で博士と出会ってからずっと彼が大事に抱えていたものだった。

「この四百年前に書かれた本は……俗っぽい言い方をするなら魔導書だ」
「魔導書?」
「ああ、そうだ。錬金術師が書いたものらしいが、錬金術師というのは今でいう科学者のようなものだからね。この本にはこの血の正体や応用方法も書かれていたんだ。とにかく私はこれの利用方法を見つけたん。ある成分を混ぜることで様々な効果がある事を知った。分量や成分の種類によって用途は様々だ。その製法の一部の結果が地下にいる失敗した実験体。それと彼女たち成功した実験体」

 博士は無表情で立ち尽くすヴィスナと椅子に座ったエリータを指さす。

「そしてこの私だ。それにこれは、ちょっとしたLSDだよ。信じられないほどインスピレーションが沸くし潜在的に私が持っていたマインドコントロール能力も引き出した。今まで思いもつかなかった方法や理論が次々に浮かんでくるんだ。誰かが囁くんだよ。頭の中でね。最高さ。それで今回のアイデアを思いつい……まてよ? 何故わたしはこのような事をお前に話しているんだ?」

 博士は、はっとしてミッシェルを睨みつけた。

「まさか、お前……マインドコントロールで?」

 ミッシェルは赤い瞳を妖しく輝かせてニヤリとする。

「マインドコントロールは、あんただけの能力じゃないってことね」

 ミッシェルは博士の意識を経由してヴィスナの意識に語りかけていた。

 ヴィスナ……聞こえる? ヴィスナ

 意識の外から響いてくる声にヴィスナは顔を上げた。

 生意気なジェーヴォチカ女の子。聞こえてる?

「……ミッシェル?」

 早く起きな! 

「駄目だよ……博士には逆らえない。ここまでやってきたけどやっぱり駄目。勝てないよ」

 あきらめないで! あんたは強い! こんな奴に縛られたままの子じゃないはずよ。 

「……でも、博士に抵抗するのはすごく辛い……何も考えず従うのが一番楽なの。今までずっとそうしてきた。きっと逆らえばひどい目に合う。だからこの先だってずっとこのまま……」

 ヴィスナの意識が遮断されそうになる。ミッシェルはそれを必死で繋ぎとめた。

 違う! 違う! 違う! あんたは大きな思い違いをしてる。
 あんたは変われる!
 そうあんたが信じればあんた自身も未来も変えられるんだよ、ヴィスナ!

          §

 北米防空司令部NOMADでは混乱が起きていた
 突如、自国内のいくつかの核ミサイル基地との連絡が途絶え、同時にミサイルが発射準備に入ったのだ
 目標はロサンゼルス、ニューヨーク、ハワイ、コロラド、そしてワシントン。
 最強の兵器がアメリカ合衆国自身を破壊しようしていた。
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